1965年(15)

-ソビエト社会主義共和国連邦 モスクワ市内 総合病院-


アメリカ人、資本主義の観点から見て社会主義国家のソ連に一つ関心した点がある。


ソビエト連邦には無料の医療支援が存在していること、そして設備が整った病院が大都市以外にも存在していることだ。


それを知った時はアメリカの田舎、ワイオミング州やモンタナ州、生まれ故郷のアラバマ州にも導入してほしいと思えた。


問題のアラスカ州も発展途上であるわけでアメリカの制度には多少なりとも問題を感じてはいた。


さて、かなり施設の整った大きい総合病院に私達は遂に来ている。薄暗く、白い廊下が迷路のように広がっている場所に私達は来ていた。


彼はこの病室の一角、すぐ目の前の部屋で入院しているらしい。


その病室のドアの前にジョーヒンが立つと、ノックを3回して、そのドアをゆっくりと横にスライドさせて開ける。


「……彼が例の」


「そうだ。会う機会がそもそもなかったから俺も初めて会う。俺以外の奴も見舞いにはそうそう行かない」


受付に彼との面会を望んだ時、あっさりと済んだからもしかしから他の人物がよく見舞いに来るのかとは思ったが、そうではないらしい。


彼、フェリック ステパーシンは寝ているのか目を閉じていた。その姿は50歳後半とは思えないほどやせ衰え、頭髪はほとんどなくなっている。


シワだらけの手には点滴が刺さり、もはや老人と言っても差し支えはないだろう。


「ステパーシン大佐…私はソ連軍機密捜査部門のミハイル ジョーヒンです。こっちはセルゲイ ナワリヌフ」


「……ぁぁ……」


ステパーシンが発したであろう小さなうめき声、だがよく聞こえる。周りには他に6つのベットがあるが、そこには誰もいないからだろうか。


「…話せますか?」


「…あぁ、同志よ、何用だ?」


今度ははっきりと低い、しわがれた声が聞こえた。


「驚かれるかもしれませんが、この男はCIAです。ですが…今はそれを指摘する暇はありません」


「…そうか、大丈夫だ…続きを…」


「…あなたが…危惧されていた世界大戦が…起きようとしています」


「…………」


「それを止めれる人物…あなたに手を貸していただきたくここに」


「…………」


「…大丈夫なのか?この人は?」


私は思わず横で口を挟んでしまう。


「この人なら大丈夫だ。俺が説明するからナワリヌフは少し喋らないでくれ」


「あ、あぁ、すまない」


私は謝りの一言を言うとステパーシンは口を開く。


「彼は…何故ここにいるんだ?」


「ナワリヌフのことですか?」


「…そうだ」


「彼も私と同じ、戦争を望まない者だからです」


「…………」


ステパーシンは何も言わない。


…私とジョーヒンはモスクワに向かう道中、お互いに自身の境遇のついて話した。


ジョーヒンの父親は第二次世界大戦のソ連軍の高官であり、ステパーシンとの繋がりもあったと言う。幼い頃に既に亡くなった母の代わりに育てていたが、その後の独ソ戦により命を落としている。ジョーヒンは戦争そのものを知る、もっと言えば互いの思想、文化、秩序について知るために軍に入ったと言う。なんとも奇妙な考え方をしているなと思った。


「彼…ナワリヌフも…あなたと同じです」


私も自らの話をした。カシヤノフ…彼以外の人物に話すことは初めてだった。


私の両親は生きている。だが父は第二次世界大戦中、米軍の兵士だった。


彼が戦争に行った日、戦争に帰ってきた日の姿は随分と違っていた。その後の診断は戦争後遺症、PTSD。


PTSDは死に直結する出来事や極度のトラウマによって発症する精神疾患であり、ベトナム戦争時に多くの兵士がPTSDを発症している。


父は第二次世界大戦が終わった後、PTSDをきっかけに軍を除隊した。父の場合、発症したきっかけは後者、極度のトラウマが原因だった。


父はB-29のパイロットだった。当時、枢軸国の代表とも言えたイタリアとドイツが降伏し、残された日本攻略の為、毎回B-29に乗っていたらしい。


父は焼夷弾を積んでは落とし、焼夷弾を積んでは落としを繰り返していた日、ふと地上では何が起きているのか気になったと言う。


父は薄っすらと自分が何をしているかは知っていたようだが、それを直接目のあたりにするのが怖く、見ていなかったと言う。


その日、父はB-29の機体が旋回するために斜めになった日、地上を見たという。


彼は燃え広がる日本の大地と家屋、そして人々の姿をガラス越しに見ることになった。 


焼夷弾で焼かれる人々、それが父のトラウマになったと言う。その日は対空砲火を喰らいながらも、基地へと帰ったと言う。


その日から父の心は壊れて言ったのだろう。彼は今も時折入院する程、心の傷はいまだに治っていない。


父はCIAの諜報員になることを快く思っていなかったようだ。だが私は国の為に働きたかった。


あの日父はこう言った。


「あの日が忘れられないんだ…実際には聴こえない悲鳴があの日、俺ははっきりと聴こえた…」






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