第48話 ヴュルツブルクの戦い(4)
目の前にいる女、リヴリーは不吉に笑っている。
「魔素は魔力が高い人に効くようにしているから…あなたはつまり雑魚ね。もう一人はそもそも魔法も使えない人形かしら?」
リヴリーはそう言うと…一瞬で俺に近づいてきた。
「はっ……!?」
何かをするときには遅く、俺は宙に浮いていた。いや腹を蹴られた勢いで宙に浮かされたのだ。その一撃は鳩尾に入っていた。まともに息ができない。
リヴリーは続いて、ヒカルを一瞥すると薙ぎ払うかのように左腕を蹴る。ヒカルは吹き飛ばされた後、壁に激突する。壁にもたれかかっており、頭からは血が流れ、左腕は本来曲がらない方向に曲がっていた。
俺が地面に叩きつけられる頃には、リヴリーはアナリスの目の前に立っていた。支えを失ったアナリスはかろうじて立ててはいるが、歩けないという状態だった。
「本当は強いままでいてほしかったのだけど、それじゃあ面倒くさいのよ、悪いわね。今は歩けるのもままにならないのでしょ?楽にしてあげるから」
「…クソが」
アナリスは短くそう言うと、突如リヴリーの姿がなくなる。吹き飛ばされたようだがその方向を見ると、白色のミニバンが壁に激突していた。普通にぶつかってはいないという証拠にそのミニバンは地面についていない。
「ひっ…ひっ…」
鳩尾を蹴られてうまく息ができない。死ぬぞ、これは…
アナリスを見ると、同じく息ができないのか荒い息遣いをしており、手を地面についている。
その時、カノンがこちらへと近づいてくるのが見える。その足取りは酔っぱらいのようだが。
「こ…から離れましょう…大丈夫…すか?」
「あ…息が…」
「落ち着…て…」
カノンにそう言われ、なんとか呼吸を戻すがアナリスはそうはいかないようだ。膝はガクリと崩れ落ちており、その目の焦点は合わず、先程から唾液を垂らしながら動いていない。
「私が…アナリスを運ぶから…キルア…」
「あ…分かっ…た」
カノンが言葉の全容を言う前に俺がキルアに駆け寄ろうとした時だ。
ガーンという音と共に先程のミニバンが弾ける。そして凹んだ壁の部分からは先程の妖しい様子からはうって変わり、背中から5本の触手を生やし、顔にはどこかの民族のような赤い模様が浮かび上がっていた。
「痛いわよ、痛い。でももう動けないわねぇ…あら、殺すつもりで蹴ったけど死ななかった人形がいるわね。でも次はそうはいかないよ~」
リヴリーはそう言うと触手を俺の方へと向ける。その時、遠くの方で爆発が起き、その爆音がこちらまで響く。リヴリーは一瞬それに気を取られる。
俺はその隙をついて、キルアの方に駆け寄る。だがリヴリーも気を取り直したのかすぐにまた標的を俺に変えるが、その前にカノンがリヴリーへと斬りかかる。胸のあたりを狙った攻撃だが5本の触手に阻まれる。
「あなた魔力の流れがすごいわぁ。なのによくそこまで動けるわね」
「…っ…!」
リヴリーは2本の触手を突き立てるかのようにカノンへと伸ばす。カノンはそれを躱すことができずに吹き飛ばされる。
「予想外、全てが予想外。こんなに強いのねぇ。でも楽しいわぁ」
リヴリーはそう言うと、先程吹き飛ばしたカノンを標的にする。そこは先程までヒカルがいた場所だ。
一方でキルアはまともに動けないほど衰弱していた。体が小さいからなのかもしれない。
どんな状況かと振り返るとヒカルも同じくこちらへと近づいている。腕を押さえながら。
「…アナリスもカノンもやばいぞ。キルアは
?」
「キルアも動けない。あぁ、どうすれば」
ヒカルの後ろでは触手をカノンに向けるリヴリーがいる。リヴリーは俺の方を見ずにカノンへと近づいていく。車線4つをまたいで弾き飛ばされたはずだが、リヴリーは一瞬でカノンの目の前まで移動する。カノンは咳き込むだけで動いていない。
俺はカノンの死を悟る。そしてヒカルも同じように悟ったのかもしれない。咄嗟にだが俺はリヴリーの方へと走っていた。そのことに気づいたリヴリーも俺を見ると、カノンに向けていた触手を俺の方へと向ける。オークの剣と触手が当たる時に俺は走馬灯のように考える。
俺は死ぬのか。このまま。触手は目の前にきている。鋭い。そして太い。カノンでも斬れなかった触手、それにアナリスの車アタックでも死なないほど本体もタフだ。下位魔法しか使えない俺にはどうすることもできない。無理だ。何も結果は変わらない。
そして目の前が真っ赤になる。一瞬自分の体が朽ちたのかと思う。痛みを感じない。この世界に転生した時、俺は痛みを感じた。それに比べると本当の死というものは案外楽なものだと思っていた。
だが後ろの方で嗚咽じみた声がしたことで俺は目を開ける。目の前にリヴリーの姿はなかった。そして俺が手に持っていたオークの剣の先は折れたのかなくなっていた。
そして声のした方に振り返ると、そこには5本の触手、その全てが地面にポトリと落ちていたリヴリーの姿があった。
違和感は他にもある。彼女の体には本来あるはずの右腕と左腕。それが肩の部分からまるで斬り落とされかのようになくなっていた。
いやなくなってなどいない。彼女の両腕もまた醜い触手と同じようにコンクリートの地面に無残に転がっていた。
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