【連作】『病みがちな元カノに福祉的なアイを』参

「私は魅力的じゃないですか………?」

 こうもあっけらかんと恥ずかしげもなく本質をついてくるのは、いつだって元カノである青樹あおき美奈みなだった。でも目の前にいるのは同じくヒトであり、かつまたカワイイ女子、貞本さだもと千里ちさとさん。

 質問の答えは『魅力的ですよ』だが、仮に今、そう答えた場合、文字どおりの賛美ではなく、への回答になる。

 いや、美奈との恋人関係はとうに終わったので、ここで受け入れるのもアリではあるが、会うのは今日が初めて、というのがいただけない。


 ******


 きっかけは美奈による通称『監禁の変』のしばらく後だ。

 結局、僕らは恋人的な依存関係から上手く脱することが出来ず、その上に余計に気を張る羽目になったのもあって、当初の計画とは反対に成績が向上することはなかった。それと何故か、美奈の方は進路を定め、それに合わせて面接に行き始めるなどの状態もあってか、焦燥感は募るばかり。

 これでは何も良いことがないじゃないか、と僕自身、夜な夜な悩む習慣がつき始め、とうとう気づいた時には、匿名チャットで愚痴っていた。


 そこで知り合ったのが、ハンドルネーム『ちーちゃん』さん。受験に対する不満が一緒だったので、二人で連絡を取るようになると、なんと同い年で、その上、彼女の方から住所を打ち明けてきたし、しかも近いしですぐに意気投合。本名を教え合い、そしてついに、今日、勉強会という名のオフ会を決行した訳だ。


 念のために、『ネカマ』やヤバい奴対策にカッターナイフをポケットに忍び込ませてはいる。いや、僕は危険人物ではないが。それにきっと、あっちも何かしらの対策はしてるはずだし。これも一つの文化だ。


 そして対面してみると、ある意味では写真詐欺。つまりめちゃくちゃ可愛かったのだ。

 初めてのオフ会という、どこかイケナイ事のようなテンションの高鳴りを感ずかれないように、黙々と僕はテキストに取り組んだ。あらかじめ、美奈には勉強に集中する、と言っておいたので、福祉的な愛情を与えるお仕事はお休みだ。


 でも夕方に図書館にくるものじゃないな。どでかい窓ガラスからこの席は西日が凄まじい。おかげでせっかくの機会なのに、あまり表情が見て取れない。

 集合場所もここだったので、正直、漠然とした記憶しかない。

 髪はロング。眼鏡をしていて、出会ったときは面通しのためにマスクを外していたけど、今はまた付け直している。でも可愛かった。


 そして訪れた閉館時間。告げられる想定外の想い。突如迫られる愛の試練。

 全てがセンセーショナルでアバンチュールなのに、それなのに、どうして未だに僕の脳内にはこうも美奈が登場するんだ!

「私、ネットで仲良くなるのも、その人に会うのも初めてなんです。それに……告白するのも」

「う、うん」

「急に言われても気持ち悪いですよね。それに、勉強のために彼女さんと別れたって言っていたし。でも、もしよければ、これからも一緒に勉強したいんです!そして………二人とも合格した時に、付き合ってほしいんです」

 言わせてしまった。彼女の想いの全てを。

「ぼ、僕も………!」


 ******


「やっほー」

「は?」

 まばたきくらいの一瞬間の暗転。次に目に入ったのは、告白真っ最中の千里さんではなく、絶賛元カノ中の美奈だった。

「え?千里さん?」

 阿呆みたいにキョロキョロしても、そこには夕暮れのベンチと美奈しか存在していない。デモクリトスの見抜いた通り、やはりこの世は原子アトンと空虚しかないのだろうな。


「お化けでも見てたの?」

 勇気は損気だ。

「そうみたい、だね」

「好きな人でもできた?」

「いいや」

 しらじらしい。

「私って、存在してるよね?」

 バカバカしい。いくらカワイイとは言え、もし分かれていなかったら、受験勉強のストレスと共に、発狂してただろう。でも、なぜか、そう、僕は彼女をまっすぐ見つめていたんだ。

 いつからか、既に街灯が点灯しており、ハッキリと美奈の顔が見えている。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花。上着は後ろでに隠しているし、髪型は美奈のポニーテールをほどけばきっとあれくらいだ。


「ジキルとハイド、どっちの方が好きだった?」



END[心因性アムネジア]

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