エピソード26 イラショナルビリーフに溺れて

「この複雑な社会で、僕たちは皆、何らかの形で他人に依存していることは確かに事実だよ。だけどね、他人に自分の選択や思考を決定してもらうような依存性や要求を極大化してはいけない。協力関係を持ちながら、他者に依存しすぎないようにしてみようよ」


「でも私にはそれしかできないから」


「他人に頼れば頼るほど、自分のやりたいことを諦めて、強力な助けを必要としてたちが君にさせたいことを行うことになるよ?」


「いいんです、愛ってそういうものじゃないんですか?」


「依存性は個人主義や自立の対極にあるものなんだ。つまり、君は自分自身である事が難しくなって、同時に他者への依存も大きくなっていくという仕組みなんだよ。果たして本当の意味での『自己満足』を得られるのはどっちだと思うかな」


「自己満足はいけないって、何も私だけの気持ちじゃないですよね」


「確かにいきすぎてはいけないね。だけども、指導や援助を他人に依存する人は、自分自身で遂行することも少なくなりその結果、それから何かを学ぼうとする姿勢も減っていくことになる」


「別に私は何かを極めたいとかいうような目的もないですし。彼といれるだけで本当に幸せなんです」


「もし、間違いを犯すこともないし、非難されることもないという安心感を得る為に他人に依存するのだとしたら、君は基本的な安心を得る機会を自らに放棄していることになるんだ」


「なんですか、基本的な安心って」


「私たちが持っている唯一の真の安心は、どれほどミスを犯したとしても自分は決して無価値な存在ではなく、たんに失敗に陥りやすい人間なのだと知る事にあるんだ。依存性は、その悪循環のなかにおいて達成の自信を減少させ、不安を大きくしていく。依存するということは、見つかるはずのない自己受容と安心感を求めた、果てしない追求をしていくことになる」


「今、なんて」


「果てしない追求かい?」


「もうちょっと前から」


「見つかるはずのない自己受容と安心感を求めた、果てしない追求」


「素敵…………!」


「ちょっと、これは良いことでは」


「ううん、そう。私は愛のために永遠に彷徨っている。でも、彼についていけば、彼と一緒なら」


「いいかい、君は現在も、あるいはこれからも基本的にはこの世界にただひとりなんだ。それ故に、自らの決定には責任を持たねばならないことを受け入れなくては。君が友好的に、もしくは協力的に他者と接するのはいいことだけどもね、いざという時、自分の基本的な欲求や主張を自覚できるのも自分の生活上の問題に向き合うことができるのも自分だけなんだよ」


「それって理屈ですよね。もしかして、『愛』を知らないんですか?」


「君の愛は依存なんだよ」


「依存は愛じゃないかもしれませんが、愛は依存ですよね」


「オーケー、君がどれほど『強い』か、いかに自立しているか、を証明するために、反抗的に他人からの援助を拒絶するのはやめよう。時には気軽に助けを求めたり受け入れたりするのが、君のような賢い女性のやり方なのではないだろうか」


「嫉妬してるんでしょ、私たちの愛に」


「いくつかの目標の達成に失敗することは、恐ろしいことではない。人間は失敗から多くのことを学ぶのだからね。たとえ僕自身が君の目指すホンモノの愛を欲していて、なおかつそれが手に入らなかったとしても、僕は嫉妬しない。なぜって、失敗は人間としての基本的な価値をまったく損なうことはないからね」


「口癖なんですか、『基本的な』って」


「そんな事は今は関係ないよ。いいかい、人生のなかで何かを得る為に努力し続けても、それを手に入れることのできるチャンスは滅多にない。そうだよね?しかし、人生の長期的にみた楽しさの多くは目標を達成しようと試みることから生じるもので、最終的な達成そのものからではないことが多い。

 それはだよ、目標を達成しようと努力することや、しばしばリスクを負うことも拒まない人生哲学を持ち、自分の選択にミスがあることも受け入れることによって生まれることが多く、他人に『必要な』援助を得る為に良心に恥じることをすることからは生まれないんだ」


「お話は以上ですか?じゃ、サヨナラ」


 メンタルをロジックで解決するために僕はとうとうと語ってみせた。それが彼女自身の今後に必ずや意味があると信じて。

 だがそれも、非合理的信念イラショナル・ビリーフに基づく行動だったのか?


 現実は『愛』に勝てない。介入できない。

 しかしあるいは………


「私が仮に、彼に依存してたとして、それに首を突っ込むってことは、の矛先になるってことでしょ?バカみたい」


 彼女に向かって、初めて伸ばした手は赤かった。


「血って、結構ベタつくんだね。つくづくキモいや」


 僕らが反対の立場だったら、僕も彼女の――――

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