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Nora
01話.[それでいいなら]
「
「え」
そんなありえない言葉の前に固まることになった。
本来であれば「馬鹿」と言って歩いていってしまうぐらいなのに。
それが何故かこうなっている。
もしかしてこれはと嫌な予感がして頬を引っ張ってみたら、
「いたっ」
やはりそうだ、夢に決まっているのだ。
それにしても初めての体験だった。
夢が夢だと分かるような内容のものだったのは。
「……お姉ちゃんどうしたの?」
「ごめんなさい、少し怖い夢を見たのよ」
「そうなんだ、忘れられるといいね」
「ええ、ありがとう」
早く起きれたのをいいことに走りに行くことにした。
冬だから寒いものの、だからって走らない理由にはならない。
「おはよう」
「おはようございます、早起きですね」
「おう、学校に行く前に散歩をするのが日課だからな」
相馬
とはいえ、年を越したらもうすぐにお別れみたいなものだから少し寂しい。
寒いのがそういう思いを強くさせる。
留年したくはないけれど、もっと一緒にいたいという気持ちがいっぱいあった。
「静」
「なんですか?」
「いや、行かないのか? ここら辺りを走るんだろ?」
「あ、行ってきます」
「気をつけろよ、いきなり飛ばしたりすると心臓に負担が大きくなるからな」
そんなことを言ってもらいたいわけではない。
名前で呼んでくれているんだから一緒に行こうとしてほしかった。
多分、先生は鈍感だ。
学生時代とかもその鈍感さで女の子を困らせていそうだ。
ああいう人を好きにならない方がいい。
そもそもの話、教師を好きになったところで関係の前進はありえないからだ。
「ふぅ、今日はこれぐらいにしておきましょうか」
あまり張り切りすぎても午前中に眠くなるだけだ。
今日も普通に学校はあるのだからほどほどでいい。
別にマラソン選手を目指しているわけではないのだから。
「よ、お疲れさん」
「え……」
「ほら、これをやるよ」
「あ、ありがとうございます」
温かい飲み物を貰ってしまった。
留まっていたら寒いのに待っていてくれたのだろうか?
「すぐに受験がくるな」
「はい」
「緊張、しているか?」
「いえ、特にはしていないです」
大学に合格できたらバイトを始めて少しずつ自分の力だけで生活できるようにしていきたいと考えている、もちろん少しずつお金も返していくつもりでいた。
家族と仲が悪いわけじゃない。
妹の学費とかもこれからいっぱいかかってくるわけだから楽をさせてあげたいのだ。
まあ、結局のところはすぐに大金を用意することはできないけれど、気持ちだけでも返したいというところだろうか。
「相馬先生」
「なんだ?」
「頑張りますから」
「はは、そうか」
先生は「じゃ、ちゃんと学校に来いよー」と残して歩いていった。
いつまでも外にいても仕方がないからこちらは家に帰ることにする。
「おかえり」
「ただいま」
父はあくまで元気そうに、妹はまだまだ眠そうな感じでリビングにいた。
「今日も相馬先生に会えた?」
「ええ」
「よかったね」
……別にそこまで重要視しているわけではない。
ただ先程も言ったように時間がもうないから一回一回大切にしているのは確かだけれど。
「もうご飯もできてるよ」
「ありがとう」
「ほら、
「はーい……ふぁぁ」
ご飯を食べ終えたら二階に戻って学校へ行く準備をする。
準備を終えたら外へ――とはならず、その前に両親の寝室に移動。
「お母さん、早く起きて」
「ん……?」
「もう七時前よ」
「えっ!? お、起こしてくれてありがとう!」
まだ六時半だということは黙っておく。
忙しなくならなくていいように早めに行動しておくべきだ。
朝から慌てていると無駄に疲れるからその方が絶対にいい。
私は意味もなくこれぐらいの時間から出るのが好きだった。
丁度学校に着く時間ぐらいから朝練の時間になるからだ。
それをなんとなく見て時間をつぶすのが日課だと言える。
「お姉ちゃん私も行く」
「そう? それなら行きましょうか」
先程まで眠そうだったのにあくまでいつも通りの歩がいた。
誰かと登校できるのは幸せだ。
大学に進学したらこれもできなくなる。
社会に出ても一緒に通勤、とはならないだろう。
「あ、今日前で発表しなければならないんだった」
「大丈夫?」
「うん、ちゃんと調べたからね」
「偉いわね、自慢の妹よ」
「私もお姉ちゃんの妹でよかった」
可愛げがある。
私もこのような感じでいられたら多少は先生だって……。
そんなありえないことを考えている内に歩と別れることになった。
歩幅を合わせていたから時間を消費できたのはいいことだ。
「おはよう」
「珍しいわね」
「今日は日直だからさ」
それこそ日直で一緒になって、というところだろうか。
「
「ええ、静かな感じが好きなのよ」
「確かに賑やかなときとはまた違ったよさがあるよな」
こんなことを繰り返した結果、もう三年生の冬になってしまった。
受験を終えて合格できたらもう終わりみたいなものだ。
受験までにも色々なイベントがある。
今年こそはなんとか活かしたいところだけれど、相手は教師だからと引っかかっている。
「そうだ、安齋は相馬先生のことが好きなのか?」
「えっ?」
「もしそうなら応援するぜ、年が変わって卒業になれば別にいいだろ」
え、別に表に出しているつもりはないのにどうして……。
いや違う、そもそも好きだとかそういう変な感情はないのにどうしてなんだと困惑。
「あ、その前に受験だよな、頑張れよ」
「あ、ありがとう」
彼は就職活動を終えているから気が楽かもしれない。
内定取り消しの可能性もゼロではないからまだまだ油断はできないだろうけれど。
「お、相馬先生だぞ、行ってこい」
「ちょ、ちょっとっ」
二十メートルぐらい距離があるのに押されても困る。
向こうも普通に気づいていないし、これじゃあ躓きそうになって損としか言えない。
「よう」
「お、おはようございます」
「濱田と来たんだな」
「はい、入り口のところで会いまして」
外で見ておくつもりが気づいたら中にいた、それでも開いているからありがたい話だ。
「濱田はどうしてこんなに早く来たんだ?」
「日直ですからね」
「それにしても早すぎだろ、まだ七時ぐらいだぞ?」
「そうやって油断していると八時になりますからね」
「ああ、冬は怖いよな」
私は夏と冬だったら冬の方が好きだ。
汗をかかなくて済むから学校前にシャワーを浴びる必要がなくなる。
……聞かれてもいないのにそんなことを考えていて恥ずかしくなった。
恥ずかしくなったから挨拶をしてから教室に移動する。
椅子に座ってのんびりとしていればいい。
お昼休みになったら父が作ってくれたお弁当を食べて、放課後になったら長居しても仕方がないから家に帰るという毎日だ。
ただそれだけでも幸せだと思えるのは頭がおかしいからだろうか?
「あっ」
「どうしたの?」
「課題をやってくるの忘れた……」
「教えてあげるわよ」
「いいのかっ?」
それぐらいはなんてことはない。
実は手持ち無沙汰感があるのも本当だからだ。
結局早くに来て時間をつぶしたいと感じるぐらいならゆっくりでもいいと思うけれど、まあそこは私という人間的に変わることのないところだから諦めている形、かもしれない。
「ありがとなっ」
「どういたしまして」
それ以外は特になにもなく時間が経過してSHRの時間になった。
こうやって前で先生が話をするところを見られるのもあと少し。
……いまの目標はクリスマスを一緒に過ごしたい、というところだろうか。
「濱田君」
「お、どうした?」
「あ、廊下で……」
「分かった」
いちいち誰かに聞くまでのことではないのは分かっている。
だって断られることを覚悟してぶつければいいだけのことだ。
その際、断られても悲しそうな顔をしたりしないようにするというだけ。
「え、クリスマスに相馬先生を誘いたい?」
「しーっ」
「あ、悪い。んー、それだったら言ってみるしかないんじゃないか?」
そうだ、誰が聞いても同じことを言うと思う。
いいのだろうか? 自分の気持ちを優先して相手に迷惑をかけてしまうのは。
そうでなくてもこれまで散々お世話になって大変な思いをさせてきているというのに。
「よっしゃ、行くか!」
「え、きゃっ!?」
彼に言ってしまったことをすぐに後悔した。
他の女の子と話をしていた先生の腕を掴んで廊下まで連れてきてしまった。
困惑といった感じの表情、当たり前だ、理由も説明されずに引っ張り出されたら誰だってそうなることだろう。
「じゃ」
空気を読んだつもりなのか彼はそこで離脱。
先生は彼の方を見てから「な、なんだ?」と聞いてくる。
「すみません、私が頼んでしてもらったんです」
「そうなのか? それで、なにか用でもあったのか?」
うっ、こんなところで言うのは絶対に無理だ。
そもそもの話、先生は複数の子と仲良くしているから決して私だけというわけではないし。
「い、悪戯……ですかね?」
「安齋が?」
「は、はい……」
「はははっ、それはまた面白いことをしてきたもんだな!」
恥ずかしすぎて死にそう。
無駄に敵視されないためにも学校では避けたいところだ。
だからことこういうことに関しては相談することはやめようと決めたのだった。
「お姉ちゃん、お買い物に行きたい」
「分かったわ」
妹ともなるべく一緒に過ごすことにしている。
いつ姉離れをしてしまうのかが分からないからだ。
単純に私が一緒にいたいというのもあった。
「お姉ちゃんは先生が好きなの?」
「違うわよ、もちろん好きだけれど」
「私は同級生の男の子が好きだよ」
「そ、そうなの? 格好いい子?」
「ううん、可愛い子っ」
濱田君もテンションが高いときは可愛くなるから結果的に言えば格好いい子なのかも。
そういう子は多かった、私も昔は恋を……していなかったと思い出す。
読書と勉強と、ただそれだけを繰り返してここまできてしまったのだ。
「服も買いたいなあ」
「お小遣いで買えばいいじゃない」
「でも、お高いですよね……」
そう、お洒落をしたくても中々手が出ないこともある。
まあ、私はそれを有効活用することができないから買うつもりもないけれど。
私は見ているだけの方がいいのだ、その方が遥かに自然だから。
「そういえばクリスマスはどうするの?」
「その子と過ごせることになったんだ」
「へえ、大胆ね」
「来年はもう無理かもしれないから」
それは私だ、来年はもう会えないのに勇気を出せないでいる。
情けないとしか言いようがない、中学生の妹が勇気を出せているというのに。
「あれ、安斎か」
「ん? あ、濱田君」
妹が興奮しだしたから同級生の友達だと説明しておく。
そのまま何故かぐるりぐるりと彼の周りを歩き始めて、謎の行動を見せてきていた妹。
「イケメンさんですね!」
「あ、ありがとよ」
「というわけで一緒に行動しましょう!」
えぇ、どうしてそうなるのか。
彼にだって用事があるのだからきちんと考えて発言、行動した方がいい。
「濱田君、無理なら無理と断ってくれればいいから」
「いや、ただ適当に見に来ていただけだからな」
「そうなの? それでもごめんなさい」
そうでなくても弱みを握られている状態――ではないけれど危うい状態なんだから勘弁してほしかった。
自分にできることならなんでもするからなるべく平和に終わらせたいところ。
「いいって、あ、なんて名前なんだ?」
「歩です! 歩いています!」
「ああ、歩くって漢字なのか」
「そうですっ、あ、手を繋いで歩きましょう!」
もうやだ、いますぐにでも帰りたい。
妹が暴走すると結果的に私になにか悪いことが起きる。
ソースは中学生時代の私だ、そのせいで私が恨まれることになったぐらい。
「どこに行こうとしていたんだ?」
「えっと、本屋さん、服屋さん、家電量販店、花屋さん――というところですかね」
「いっぱい行きたいんだな、じゃあまずは本屋から行くか」
店内なら静かにしてくれるから助かる。
一応、常識のある妹なのだ、……きっと大丈夫なはずだ。
「お姉ちゃん見てこれ」
「な、なにかしら?」
「ほら、年上の男の子と恋をする作品なんだよ」
好きな男の子がいるという話ではなかったのだろうか?
それとも、上書きしたくなってしまうぐらい彼がピンポイントで魅力的だったと?
妹はよく分からないところがある。
いい点は常識があるということだ、お勉強もきちんとできるし。
あとは私と違って明るいところだろうか? その力があれば私だって……。
「翔吾君は好きな子いないの?」
「俺か? そうだな、いないな」
もう名前呼び、しかも敬語じゃない……。
常識がある――ある、大丈夫、他のところでは問題はない。
「えー、もったいないじゃん」
「と言われてもな、もうすぐ卒業だし」
「あ、そっか、私も何気にそうだからなあ」
「ちゃんと高校生になれるように受験勉強頑張れよ?」
「翔吾君が手伝ってくれたら頑張れるかも」
ああもうちゃっかりして。
好きな子が本当のところは彼なんじゃないかと思えてくるぐらいだ。
「別にいいぞ、のんびりと過ごすだけだとあれだし手伝ってやるよ」
「ありがとう!」
そして断ってくれればいいものを彼も受け入れてしまったと。
……これぐらいのずる賢さがあれば私も先生ともっと仲良くできるのだろうか?
もし仲良くできたらあの夢のようなことだって、いや、あくまで健全でいいけれど。
「あ、これを買ってくるね」
「おう、外で待ってるぜ」
羨ましい、私もあのように行動したい。
でも、やっぱり相手は教師だしって考える自分がいるんだ。
それで言い訳をして、ただ勇気が出なくて動けないだけだというのに勝手に羨んでいるというところだった。
「歩は元気だな」
「そうね」
ふたりは当たり前のように手を繋いで歩き始めた。
私はその後ろを歩いてはぐれないように付いていくだけで精一杯だ。
もし、先生が誰かとこうしているところを目撃するようなことになったら……多分吐く。
だから仮にそうなっても一切気にしていません的な態度を装わなければならない。
それぐらいの強さがないと駄目だ、会得できるのかは分からないけれど。
「翔吾君的にはこれとこれ、どっちがいい?」
「俺ならこっちかな」
「ほほう、シンプルがいいということですね?」
「結局、それを着る人間に似合っているのが一番だけどな」
「じゃあこっちでもいいの?」
「歩にはシンプルなやつの方がいい、派手なのはいらないよ」
「そっかっ」
私も数着買っていこうかと悩んだ。
センスがないから似合っているかどうかなんてどうでもいい。
ただ外に行く際に同じのばかりだと微妙だからというだけで。
「お姉ちゃんにはこれかな」
「あ、可愛いわ」
「うん、絶対似合う」
値段は……三千五百円か、いや、そこそこ高くても必要な物だからと割り切ろう。
結局、服選びは歩に任せることになった。
私が嫌がることをしないのがいいところだと思う、あと単純にセンスがある。
選んでくれた物はどれも可愛くて少しだけテンションが上がったぐらいだ。
「すごいな、この店だけで一万以上も消費するなんて」
「服とか文房具ぐらいにしかお金を使わないから」
「俺なんかすぐに飯を買っちゃうけどな」
「ふふ、いいじゃない、どれにお金を使おうがその人の自由よ」
犯罪行為というわけではないのだから気にする必要はない。
私だってなにか趣味ができればそれにばかり使うようになるだろうし、いまはただ使い道がそれぐらいしかないというだけで――あ、たまに両親になにかを買ったりもするけれど。
「さ、次は花屋だったよな? どうして花屋なんだ?」
「パンジーが好きなんだ」
「ほう」
でも、別に家で育てている、なんてことではない。
ただ見たいだけなのだろうか? それとも、プレゼントがしたいとか?
「バラは格好いいな」
「お花に格好よさを求めるのは違うよ」
「いいだろ、なんでこんな形になるんだろうな」
「確かに面白いよね、種の状態からこうなるんだから」
「だろ?」
散ってしまうかもしれないし、散らずに長く残れるのかもしれない。
その点は人間によく似ている気がする。
「よし、これを買お」
「あ、本当に買うのね」
「うん、育てたいって思っててさ」
枯れると悲しい気持ちになるから私は買うのをやめた。
昔、全部枯らしてしまってからどうしてもそのときのあれが消えないのだ。
「あ、今更だけど持つぞ」
「え、いいわよ」
「そうか?」
「ええ、歩の物を持ってあげてちょうだい」
とはいえ、挙げられた場所にはこれで全部やって来たことに――したい。
まだ遊びに行きたいのなら付き合うつもりではいるけれど……。
「どうするんだ? まだ遊びたいのか?」
「翔吾君のお家に行きたいっ」
「あ、こら、歩っ」
「いいぞ、特になにもないけどそれでいいなら」
「行きたい行きたーい!」
なんか気恥ずかしいからこちらは遠慮することにした。
お礼と謝罪と、どちらかと言えば謝罪を多めにしてから別れる。
いいことばかりではないことが分かった。
とにかく自由すぎて私にはついていけなくなるときがあるからだ。
「ただいま」
今度お詫びをしようと決める。
男の子はなにをどうすれば喜んでくれるだろうか?
あまり関わってこなかったからなにも分かっていない。
「お肉……かしら?」
お弁当なら私でも作れる。
男の子が好きそうな物を詰め込んで持っていってみようか。
仮に食べてもらえなくても自分が食べればいいわけだし。
いきなり手作りの物を渡されても普通は警戒するだろうから傷つく必要もないし。
よし、そうしよう、そうと決まればスーパーへGOだ。
というわけで、帰ってきたばかりなのに家を出ることになったのだった。
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