◇39.二代目魔王、強く想う。


 雲よりも高い空の上で、ビュウビュウと強風が頬を打ち付けていく。

 私たちは今、魔王軍領から見て南西の空を飛行している最中だ。

 移動用の大型翼獣が百数十羽。魔王である私を含めた精鋭部隊は、それに乗って徒歩の部隊に先んじて進軍していた。


 これによってクロノが通告した場所へと向かい、都から逃げ出してきた民たちと合流する。

 当然、追手が来るだろうから、遭遇した場合は撃退し、皆を保護する。それが私たち先行部隊に課せられた役目だ。


「悪いな、ロゼッタ。こんな前線に連れて来ちまって。でも、ここぞという時には、トップが前に出て気概を見せつけることも必要だと思うんだ」


「いえ、平気です。クロノの言っていることもわかりますし、皆を助けたいと言ったのは私ですから。これは魔王として当然のことです」


 そう返すと、クロノは嬉しそうに私の頭をポンポンとなでる。

 こんな時に不謹慎かもしれないけど、翼獣の背は狭いので、くっつき合ったこの距離はちょっとした役得だった。


 それに言葉には出さなかったけど、私が前線に立つ理由はもう一つあった。

 それは、彼のため──クロノの役に立つということ。

 自分自身は人間だというのに私たち魔族のことを考え、皆を助けるために動いてくれるクロノを、私は少しでも手伝いたいと考えていた。


 そしてありがたいことに、そのための力が今の私にはある。

 魔石の指輪。

 正確には魔石ではなく、ただのおもちゃの指輪なのだけれど、この指輪が私の限界以上の力を発揮してくれるのだという。

 解析魔法でそれを知ったクロノは、その指輪に彼自身の魔力によるコーティングの加工を施してくれた。


 ……嬉しい。

 胸の奥がキュッと締め付けられるような気持ちになる。

 何が嬉しいって、この指輪を私がずっと大切にしていたからこそ、これがクロノの助けになるということ。

 対象物への思い入れが強いほど魔力の上昇率は高くなるらしいのだけど、そもそもこれを大事にしていたのは、何よりもクロノがこれをくれたからだ。

 それが巡り巡ってクロノの力になるなんて、なんだかちょっとした運命みたいなものを感じずにはいられない。


 私はクロノにお願いして、彼自身の手で私の指にその指輪をはめてもらった。

 場所は、左手の薬指。

 人間のフィアンセは、婚約の証としてこの場所に指輪を付けるのだという。

 クロノがそのことを知っているかはわからないけど……それをお願いした時、彼は微かに赤面して「ああ、いいよ」と応じてくれた。

 そうして手ずから付けてもらったその指輪を、私はうっとりとながめる。

 

 それを傍で見ていたフレイヤたち三人は、「やっぱりロゼッタ様にはかなわないわね」と、なんだか意味深な言い方で褒めてくれた。


「何か……そんな安物のおもちゃを気に入ってもらうってのも悪いというか……申し訳ない気分だな……」


 クロノはそう言って、困ったように頭を掻く。


「それじゃあ……今度はもっとちゃんとした指輪・・・・・・・・を、ロゼッタ様にプレゼントしてあげないといけないわね?」


 すると、クラウディアが楽しげにクロノへと釘を刺した。


「え、ちゃんとしたって……」


「ちゃんとしたはちゃんとした、よ」


 わかってるんでしょうねと言いたげに、クラウディアは少し圧を込めた口調で繰り返す。


「え、いや、クラウディア。ええと、その、なあ……」


 いつも鈍感なクロノだけど、この時ばかりはその言葉の意味を理解したらしく、ちらりと私の方を見ると、さらに顔を赤くした。


 私はそんな彼の様子を愛おしく、そして可愛らしいなと思うのだった。

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