▽24.礫帝、エルフを保護する。


 魔王軍と異なり、この世界における人間の国はいくつもある。

 魔族たちは少数精鋭だが、対して人間はそれより数が多く、民族ごとで各地に散らばっているからだ。

 その中でも俺たちの領土に近い人間の国は三つ。


 ハシュバール。

 アルマフィア。

 イザルキスタン。


 そして、この時遭遇した男たちは、浅黒い肌と甲冑の下の紫色の布から見て、ハシュバール国の兵士たちだと思われた。


「……フィーネさん、手短に答えてくれ。こいつらは敵か?」


 もはや一見しただけで明らかだったが、俺は確認のため、小声でフィーネに問う。


「ええ、そうよ。彼らはハシュバールの兵士たち。もとはエルフと不可侵の関係にあったのに、つい先日、急に攻め入ってきたの。逆らう者は容赦なく殺し、問答無用で略奪する……。私たちは里を焼かれ、逃げる途中だったのよ」


 フィーネは口惜しそうに唇を噛んで言った。


 通常なら、一方だけの意見を鵜呑みにするのは良くないが、状況が状況だ。

 それに彼女とは深い仲ではないにしろ、悪人じゃないことは知っている。

 ならば、目の前の男たちこそが敵。

 フィーネたちエルフは被害者と考えるのが妥当だろう。


「なら……助けは要るかい? もっとも、この間はこっちの素性を明かさなかったけど、実を言うと、俺たち──」


「──魔王軍なんでしょ。それはあなたたちの装いを見ればわかるわ。……そうね、たとえ魔族の助けを借りることになっても、ここで辱めを受けるよりはずっとマシでしょう。庇護してくれるのなら、ぜひ頼みたいところね」


 フィーネはその言葉に続けて、「クロノ君なら信用できそうだし」と付け足した。

 それはこちらとしても同じだった。

 彼女なら信用できると思う。

 俺はうなずき、声を張り上げ、自軍の兵たちに命令を下す。


「全体、密集体形! ここは俺たち上級士官が応戦する! それ以外の者は、エルフたちを守って後方で備えよ!」


 部下たちは即座に号令に応じ、素早く後ろに退がる。

 フレイヤとアストリアは剣を抜いて前へ出ると、人間たちに向けて構えを取った。


「おおぅ、出会い頭で刃を向けるたぁ、さすが悪名高い魔王軍だな」


「ハハッ、とはいえ、むやみに恐れることはねぇ。こいつら見たところ、ほとんどが人間じゃねえか。今の俺たちが裏切り者なんかに負けるわけがねえよ」


 ハシュバールの男たちは下卑た笑みを見せながら、こちらを嘲り笑った。

 ただ、『今の俺たち』という言葉、そのどこかおかしな物言いに違和感を覚える。

 そもそも彼らは三十名ほどしかいない。それなのに、数で勝る俺たちを前に、恐れる様子がないのはあまりにも妙だ。


「クロノ君、気をつけて! 竜鱗を着込んだこいつらには魔法が効かないの!」


「──竜鱗?」


 フィーネが杖を構えながら言う。

 彼女は警戒態勢のまま、俺たちに説明する。

 いわく、ハシュバールは北方に拠点を持つ竜の国と同盟を結び、竜たちの支援を受けるようになったのだという。

 同国の兵には竜の鱗で作られた甲冑が支給された。その甲冑は攻撃魔法を通さず、しかも身体能力が何倍にも跳ね上がる代物らしい。

 目の前の男たちを見やると、なるほど全員が蒼緑色のそれらしき鎧に身を包んでいた。


(少数なのに妙な自信の根拠はそれか……。でも、こっちとしても、それがわかれば対処のしようはある)


「フレイヤ。あいつら『乞食鶏こじきどり』にしてやろうと思うんだが。タイミングを合わせて、火球をぶち込んでくれるか」


「……ふぅん、わかったわ。そういう戦法ね」


 俺がフレイヤに作戦を伝えると、彼女は口角をあげてうなずいた。

 それとは対照的に、フィーネは俺の言葉を聞き、慌てたように声を上げる。


「ちょっと、今の話を聞いてなかったの!? こいつらに魔法は──」


「おらあぁっ!」


 その言葉が終わらないうちに、ハシュバールの兵が斬りかかってきた。


「クロノ、危ないっ!」


 フレイヤが応撃し、剣を交えると男を蹴り飛ばす。

 そのタイミングで俺は土魔法を発動させる。


「『守りの土壁よ、在れランド・アンデュレイション』!」


 土の壁が盛り上がって男たちを足止めした。

 続いて俺はその壁を円状に曲げて包囲させ、土壁の円柱によって敵を一点に閉じ込める。


「なめやがって! こんな土くれなんざはね飛ばして──……うおっ!?」


 男の一人が体当たりをしかけるが、土壁はびくともしなかった。

 それもそのはず、前のウォドムとの決闘でやったように、壁の中には防御結晶を仕込んでいたからだ。

 こいつらの甲冑が魔法を受け付けないとしても、物理的な堅さまで無効化するわけじゃない。


 そして、それは他の魔法でも同じだ。


「──フレイヤ!」


「わかってるわ、『灼熱の果実よ、在れファイアバレット』!」


 『炎帝』フレイヤの火炎魔法が発動する。

 無数の火球は上空から土壁の輪の中へ。

 しかし、狙いはハシュバール兵そのものではない。

 火の玉は兵たちに直接当たることなく、そのまま地面へと吸い込まれていく。


「これで仕上げだ──『収束せよジェイリング』!」


 俺は唯一空いていた天井部分を、土壁を流動させて蓋をした。

 それによって土壁はドーム状になり、中は完全に密閉空間となる。

 この戦法の肝はそこにある。フレイヤの火炎球は超高熱の特別製。一見、地面に吸収されたかに見えるが、その熱は魔力のおかげで失われることはない。


 すなわち、『乞食鶏』とは土で蒸し焼きにする調理法のことであり、ここでは高温と酸素不足による殲滅を意味する。


「こんな戦い方が……」


「魔法そのものが通じないとしても、熱を全部遮断できるとは限らないだろ」


 呆然とするフィーネに向けて俺は言った。

 壁が破られることはなく、兵たちは中から突破するため体当たりを続けていたようだが、しばらくするとその音も聞こえなくなる。

 数分の後、解析魔法で土塁の中の生命反応を見ると、男たちは全員が息絶えていることが確認された。


「土塁のおかげで断末魔が聞こえなかったのはラッキーだったな。野郎のうめき声なんて聞きたくもないし」


「……やっぱり、ただものじゃなかったのね、あなたって……」


 フィーネは畏怖を伴った表情で、こちらへ感嘆の言葉を述べた。


「ま、種族は人間だけど、俺も魔王軍だからな。そこらへんの死生観は、普通の人間よりシビアなんだろうと思うよ」


「いや、そうじゃなくて……。強さっていうか……まあいいわ」


 彼女は何かを言いかけて、そこであきらめたように言葉を切った。

 俺はフレイヤとハイタッチを交わした後、全員に警戒態勢を解くよう通達する。


「さて、村を焼かれたっていうんなら、休めるところが必要だよな。どうせうちの部下たちを収容するつもりだったし。少しばかり増えたって変わらないだろう」


 俺は「来るかい?」と、親指を立ててフィーネに尋ねる。

 彼女はエルフたちを見やった後、その同族たちを安心させるように笑みをつくると、「お願いするわ」と俺に答えた。


 こうして俺たちは、人間の兵だけを連れていくつもりが、何の因果かエルフたちも保護下におくことになったのだった。




「……ところで、今日はロゼッタちゃんはどうしたの?」


「自宅で留守番してるよ。さすがに魔王がほいほいと外を出歩くわけにはいかないからな」


「……え、魔王?」

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