▽13.礫帝、悪漢を掃討する。
「魔王様と四天王のお二人が揃って密談。しかも、そのような内容とは……捨て置けませんなぁ」
諜報員の一人、デーニッツという名の男が下卑た笑みとともに言った。
この男のことは知っていた。
王都にいた頃、元帥たちからの伝達役として何度か話したことがある。
上層部直轄の諜報機関。
それは、監視、尋問、拷問、暗殺などを引き受ける、魔王軍の中でも影の機関と言われる部門である。
彼らは軍部から独立している。
それゆえに、法に縛られない活動を保障されており、情報収集能力においては並び立つものがないと言われていた。
「お前たち……どこから入った。いつからここにいる」
にらみつけて問うが、答えはない。
というか、答えを聞かずとも、このタイミングからしてクラウディアの後をつけてきたことは確実だった。
(
俺は心の中で眉をひそめる。
デーニッツは俺を無視してクラウディアに言った。
「雷帝様。どうぞ魔王様を説得して、ともに王都へお帰りなさいませ。今ならば、先ほどの会話も聞かなかったことにしてさしあげますゆえ」
力の差など気にも留めていないようだ。
そして、それは彼らの次の動作で確実なものとなる。
デーニッツは体を横にずらして、彼の後ろにいた者を俺たちの眼前にさらす。
あらわになったその者の姿に、クラウディアは目を見開いた。
「……ドロシー!?」
「お母さん!」
「おおっと、動かないで下さいよ。手もとが狂うと危ないですからねぇ」
そこにいたのは、クラウディアの娘のドロシー。
彼女はもう一人の諜報部員に肩を押さえられ、首元に短刀を突き付けられていた。
俺たちが屋敷に入る前、ドロシーは外で遊んでいたいというので、彼女一人で庭先で自由にさせていた。
だが、まさか人質に取られるとは。
(うかつだった……! いや、同じ軍の仲間がそんなことをするなんて、そもそも考えつくはずもない! こいつら、どこまで……!)
「困ったものですねぇ。戦士たるもの常在戦場。いかなる時でも気を抜いてはいけないと教えられなかったのですか?」
「娘を放しなさい! 同じ魔王軍として恥ずかしくはないの!?」
「それはこちらの台詞ですよ。あなたも魔王軍四天王なら、軍を辞めるなどという不義理は撤回して、王都に戻るべきです。無論、魔王様もご一緒にね」
デーニッツはそう言って、ロゼッタを見る。
少女だと侮っているのか、彼はロゼッタに対しても怯まず脅しをかけてきた。
(本気なのか、こいつら……)
国主たる魔王に対し、畏敬の念はないのか。
本気であるなら、どこまで愚かなのかと思う。
たとえ人質によって俺たちを従えたとしても、これでは元帥たちとの仲は完全に決裂してしまう。
真に国を思うなら、内部に亀裂を生じさせるようなことは避けるべきなのに。
「お前たち、一つ聞くが……この行動はお前たちの独断でやっているのか。それとも元帥からの命令か」
俺が問うと、デーニッツは口角を上げながら答えた。
「当然、元帥閣下の許可を得たうえで行っていますよ。『手段は問わん』との仰せなのでね」
「……そうか」
俺はちらとロゼッタを見やる。
一瞥しただけでわかるほど、彼女の瞳は怒りに燃えていた。
(……馬鹿なことを)
彼らが人質を取ったことは愚策だ。
結局それは、火に油を注いだに過ぎないのだから。
もはや確認するまでもないが、俺はロゼッタに視線で問う。
「やっていいか」と。
ロゼッタは目配せで許可を下した。
『──あなたに任せます』
(……よし)
「『
魔力を込めて呪文をつぶやく。
瞬間、短刀とドロシーの間に、魔力の結晶体が生成された。
契約魔法の副産物である、魔力の
空気中に霧散していたそれを、俺の意思で実体化させ、ドロシーを防護する。
刃が防御結晶に触れると、バチリと火花がはしって短刀が弾かれた。
「うおっ!?」
思わずナイフを取り落とすデーニッツの部下。
俺は結晶を連結展開させて、ドロシーの身体を覆う。
その隙をついて、男に体当たりを食らわせる。
「おらぁッ!」
「うごぉっ!?」
そのまま壁に叩きつけられる部下の男。
続いて結晶をリング状に結合させ、拘束具の輪を作った。
それをデーニッツと部下に巻き付け、円を縮めて締め付ける。
圧迫され、男二人はその場にうずくまる。
「なっ、何だこれは!」
「ドロシー!」
クラウディアが娘に駆け寄ると、彼女は「お母さん!」と声を上げて抱き着いた。
これでドロシーは保護され、人質の憂慮はない。
俺とロゼッタは彼女から見えないように、男たちの前に立ちふさがった。
ともに右手を前に出し、デーニッツたちへと向ける。
さながら、銃口を突き付けるように。
「まっ、待て! 何をする気だ!」
「お前たちは一線を越えた。いくら反目する部分があろうとも、侵してはならない領分というものがある」
「や、やめろ! 我らは同じ魔王軍ではないか!」
「……だからこそよ。同じ仲間というのなら、なおのことこんな手段を取るべきじゃなかった。あなたたちは、それを自分から破ったのです」
俺に続いてロゼッタが答える。
もはや何に容赦することもない。
俺たちは人間じゃない。魔王軍なのだ。
同族であろうと、敵とみなせばそれらを殲滅することに何のためらいも抱かない。
「たっ、助けっ──」
「「消えろ」」
高圧縮した魔力のエネルギーを撃ち込んで、一片の慈悲なく焼き殺す。
男二人は断末魔の叫びすらなく、その場で消し炭となって消え去った。
「……ふぅ」
「……これで終わりだ。汚れ仕事をさせちまって悪いな、ロゼッタ」
「いえ、これくらい……。私も魔王ですから」
「ドロシー……あぁ……無事で良かった……! クロノ君、ロゼッタ様……ありがとう……」
娘を抱きしめ、目に涙を浮かべながら、クラウディアは俺たちに礼を言った。
ロゼッタは柔らかな表情を見せ、臣下たるクラウディアの手を取り、彼女を無言でねぎらった。
……それにしても、これで上層部との対立は決定的なものになってしまった。
(幸いなことに、ロゼッタも俺も契約魔法による罰の痛みは生じていないようだが……。これは本当に、本気で新魔王軍の設立を考えなければいけないかもな……)
俺はロゼッタを見ながら、そんなことを考えたのだった。
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