▼03.三元帥、祝杯を挙げる。→ 二代目魔王、城を出て行く。


「クハハハハ……これでようやく目障りな人間を一人排除できたわ」


 魔王城の一室で、空魔元帥は高らかに笑い声をあげた。

 勤務中にもかかわらず、彼は杯に酒を注ぎ、それをあおる。


「いや、まったく。先代の融和路線には困ったものよな」


「まことまこと。そのせいであのような害虫をのさばらせるはめになったのだからな」


 それに続いて、同席している陸魔元帥、海魔元帥も同じように杯に口をつけた。


「だが、もはや何に遠慮する必要もない。先代亡き今、この魔王軍は我らのものよ」


 酒が入って気が大きくなったのか、そこで空魔元帥は不穏な言葉を口にした。


 通常であればとがめられそうな物言いだが、この場で彼を諫める者は誰もいない。

 それどころか、他の二人も下卑た笑みを浮かべ、その言葉にうなずきあった。


「近頃は種族の差異を気にせず、末端の兵たちは四天王あたりを崇拝していると聞くが……まるでわかっておらんな」


「ああ、その通りだ。あんな力だけの馬鹿どもが上に立ってみろ。魔王軍は早晩崩壊してしまうわ」


「やはり我らのような者こそが、愚かな民どもを支配するべきなのだ」


 実際、そんな彼らの野望は達成されつつあった。


 先代魔王が没した今、彼ら以上の権力を持つのは、二代目魔王たる娘のロゼッタしかいない。

 だが、そのロゼッタは年若く、戦いの経験もない。

 魔力こそ先代以上と言われているが、兵を統べるためには元帥ら側近の協力が不可欠だった。


 しかし、三元帥は表向きこそ彼女に従ってはいたものの、何かと理由を付けては権力の委譲を拒んでいた。

 それどころか、彼らはロゼッタの知らないところで汚職に手を染めていた。

 賄賂の横行、公金の使い込み……兵たちが前線で危険に身を投じているにもかかわらず、後方の上層部は腐りきっていたのだった。


「あとはあの小娘を丸め込んで、我らの手駒にしなければならんのだが……」


「何、問題なかろう。あんな子供など、どうにでも操る手段はある。そういった裏工作こそ我らの得意分野ではないか」


「まさにそれよ。我らの知略にかかれば、魔王軍どころか全世界を手中に収めることすら夢ではなかろうよ」


 そう言って三人は笑いあう。

 確かに現在の魔王軍の規模を考えれば、それはあながち不可能でもない話だった。


 さらに言えば、現魔王ロゼッタの魔力は、上位種と呼ばれる神族や竜族を超える素質を秘めており、彼女を抑えれば世界統一の可能性は大いに開けただろう。


 だが、三元帥はロゼッタのことを見くびりすぎていた。

 彼女を子供と侮り、彼女の身内への愛情の強さを知らなかったがために、よりにもよって彼女に最も近しいクロノを追放処分としてしまう。


 そして、そのロゼッタがクロノ追放の報せを聞いた時、最初に何をしたかというと──


「失礼します! 空魔元帥閣下はこちらにおわしますか! き、緊急のご報告が!」


「何だ。騒々しいな」


「ま、魔王様が……あの、で、出て、出て!」


「魔王様がどうしたというのだ。はっきり言わんか」


 空魔元帥は部屋に飛び込んできた部下を苛立たしげに叱る。

 その部下はそこで我に返り、一度大きく深呼吸をすると、改めて驚愕の口上を述べ上げた。


「魔王様……ロゼッタ・アグレアス様は、礫帝れきてい追放の報せをお聞きになった後、二代目魔王の地位を捨てるとおっしゃられ──そのまま魔王城を出奔されました!」


「「「何ぃぃ!?」」」


 その言葉に、三元帥は思わず酒の入った杯を落としそうになった。


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