償いというのは難しいですね。
マニュアル化された謝罪というのもありますし。
時の政局で処刑の有無が決まるのもなんだかなあとは思いますね。
こういう話はだから罪を犯してはいけない、という教訓にするのが大事かなと思いました。
でないと関わった人すべてが救われることは難しいと思うので。
作者からの返信
郭隗さま。
ほんとですね。マニュアル化された謝罪ってありますね。
心の奥の奥では罪をどう思っているか分かりませんね。
そうです。おっしゃる通り、罪を犯してはいけないという事ですね。
情状酌量とか恩赦とか、罪に関して色々ありますが、
人が人を裁く事自体が難しんだと思います。
こちらの作品、「赦し」に関しても高札出来ますし、自分自身と向き合って
自問自答出来ますので、ぜひご一読くださいませ。
コメントありがとうございます😊🍁
急に読んで下さる方が増えたと思ったらハナスさんが紹介して下さっていたのですね……本当にありがとうございます。
「償い」というのは難しいテーマですね。作中の人物たちが罪について・償いについてどう考えているかは、読んでいただければ幸いです。
この作品は自分が初めて投稿した作品で、拙さに恥ずかしくなる気持ちもあるのですが、テーマ自体は自分にとって本質的なものだと思っています。いつか同様のテーマでまた作品を書いてみたい気もしています。
どうもありがとうございました!
作者からの返信
「罪を償って」……この言葉をよく耳にします。
けれど、加害者がどんなに償っても、被害者からしたら失くした物は還ってきません。
最近、池袋の事故の求刑ニュースを見て、きんちゃんさんの「若葉の頃」作品を思い出しました。
「はじめまして」という私のコメントがありました。
初めての投稿だったんですね。
他の方もコメントされてましたが、この作品の長編か、同じテーマの作品を私も読んでみたいと思います。
初めて拝読した時は柴田刑事の目線で考え、次に柳田、そして今回赤木ちゃん視点で再読しました。
柳田のリハビリの時、シャンプーをしている時、どんな気持ちだったのか。
そして、この作品に影響を受けて「死刑囚の最後の言葉」に興味を持ち、凶悪犯罪者について考えました。
他人事ではなく、自分の中にも罪の種があり、行動を起こすか、起こさないかの違いだと気づきました。
死刑囚の最後の言葉、「風呂とちゃうんかい」「ビデオ半分しか見てない」こんな内容で愕然としました。
死ぬ間際まで日常と変わらない生活と思考です。殺人も旅行に行った程度の思い出なのかと腹ただしくなります。
もっと追求、探究したくなるきっかけの作品、読ませて頂きありがとうございました。
さだまさしさんの償い。
心に染みますよね。
免許の更新で流れていました。まさにという思いをだきました。
作者からの返信
免許センターで流れてるんですか!
わぁ驚きました。
まさに昨日のニュースで、思う所があって書いてしまいました。
あら、アメ様嬉しいです。
19日から活動再開だと思っておりました。ありがとうございます。(*´∇`*)
つい先日のハロウィン傷害放火事件のことを考えておりました。罪と罰。そして償い。社会性の問題と個々人の問題とが混じっているため、非常に難しいですよね。
罪は宗教的価値観から生まれ、罰は社会的手法として発展し、償いは教育や道徳により育まれた概念のように思われます。そして償いとは、許しを乞うものでなく、自らを補整する行いだと思ったりするのです。いわば、自己満足かもしれない。
しかし、もし人が償いの概念を日常的に持ち得ていたら。果たして、他者を攻撃し自らを正当化しようなどと思うであろうか?
そんなことをうろうろと考えてしまいました。勉強になります!ありがとうございます!
作者からの返信
呪文堂さま。
おっしゃる通りですね。
罪を犯したなら罰を受けるのが当然だと思うのですが、それは社会性が関係していると思います。人間には良心があって法律があって裁かれるのですものね。
しかし歴史を見ると、戦争では罪と罰が成立しません。償いも個々人です。しない人もいるし、一生かけて償う人もいる。
理知ある者は動物と違うのに……。
自分が死にたいという理由でまた新幹線内で放火事件がありましたね。愉快犯ではないのになぜ他人を巻き込むのか? 複雑だなぁって思います。
こちらの作品はどちらかというと、許す側に焦点が当てられていて、「赦す」とは何なのか考えさせられました。
自分ならどうするだろうか?と自問自答しました。作者さまは哲学も学んでこられた方なので、興味深い視点のコメント返信をいただけます。ぜひ一度お読み下さいませ。
いつもありがとうございます😊