第2話 異世界転移した魔王
大きく広い石造で暗くじめじめした部屋の中、阿鼻叫喚が響き渡る。
ーーーパシュッッッッ!!!
鉄臭い水の様な物が床に散る。
「ヒィィィッッッッッッ!!!」
「助けてくれっっっっ!!」
「騎士団をよーーブゥエッッッッッ!!!!」
魔法陣の中心には2本の大きな黒いツノ、真っ赤な目に床に届きそうな銀髪、長身で余りにも美しい顔が彼を人外だと知らしめる。全身真っ黒い出立ちで立ち尽くす彼の周囲に先程までいた魔術師達は金縁の黒いローブを残して誰一人居なくなっていた。床には先ほどまで無かった水溜りの様なものが広がっている。
『我は先程まで城にいたはずであったが・・・先程の虫ケラの仕業か・・・』
この人外が先程までいたところは魔王城であった。しかし、この星の魔王城では無かった。
この世界の魔王を倒す為にこの国が異世界から勇者を召喚したのだが、何故か召喚されたのは他所の世界の魔王であった。
『ーーーここはどこだ?魔素の量が違う・・・?滅ぼすのはいつでも良いか・・・』
呟くと同時に魔王の身体を互い違いに交わった魔法陣が足元から頭に向かって高速で通り過ぎると、そこにはツノは無くなり銀髪のショートヘアに青い目、無難な見目に変化した男がいた。
『まぁ、これで情報収集も容易であろう・・・近くの人間を探してみるか・・・』
魔王は階段を見つけ上がった。上がった先には鉄の扉があり厳重に閉じられている。それを、人差し指で押すと扉は爆弾を受けたかの様に壊れた。魔王はそのまま目の前に続く石で作られた廊下を進んでいく。足取りに迷いは一切ない。
大きく開けた場所に出ると今度は大きな木の扉があり、それを今度は指で弾くと大きな木の扉は木っ端微塵になった。横に小さい潜り戸があったのだが魔王は小さい所を潜るという事をした事が無かった為に気付かなかった。
扉の先は庭に繋がっており、その先にまだ建物があり廊下が続いている。
『面倒な・・・一思いに破壊するか・・・』
そう呟いた時、人の気配がした。
「ーーあれ?そこ扉無かったですか??」
声のする方向に目をやると、庭に生えた木の陰から女性が現れた。
息で殺せそうなほど弱そうであった為非戦闘員だと魔王は考えた。
『ん?そんな物あったか?ーーそれより貴様はここで何をしている?』
「んーおかしいなぁ・・・まぁどうでもいっか。ーーえ?私はひる・・・その・・・し、仕事ですよ?うん!頑張ってます!本当ですよ!?」
女を見ると服には皺が大きく出来ており、顔には明らかに右の頬が赤くなっている上に服の跡が付いている。この女は仕事を怠けて寝ていたのだなと魔王は気付いたが敢えて触れはしなかった。魔界では欲で動くものが大半であった為、仕事中に寝ている魔族など日常風景であったからだ。
『女、我にこの星の事を教えよ。これは厳命である』
「え?この星ですか?うーん・・・まぁ私が知っている範囲でなら構わないですけど・・・図書館で本読んだ方が正確じゃ無いですか?」
『ーー女、我に逆らうのか?』
力を見せて脅してやろうかと考えていると女が慌てて口を開いた。
「さっ逆らうなんて滅相もない!!!ただその・・・そこまでこの世界の事知っているわけでは無いので・・・。浅学者の話を聞くよりもと思ったわけでしてっっっ!!!!決して決して逆らっている訳では!!!」
この女は何をそんなに恐れているのだ?力も見せておらぬのに・・・。もしや元の姿が見えておる・・・様には見えんな・・・なんだこの奇妙な女は・・・。
女は男がお偉いさんでサボっていたのをバラされるのかと思い焦っただけである。
『それならば女、貴様が本を読み我に聞かせるのだ。良いな?』
「はぁーい♡誠心誠意頑張りまーす!!」
誠心誠意と言う言葉が空々しく聞こえるなと魔王は女を侮蔑の表情で見ていた。女は引き攣った笑みで「図書館へ早速行きましょう!!」と上部だけの元気を見せて歩き出した。
「あの、なんとお呼びしたらいいですか?」
『我は下賤な者に名を教えぬ』
「分かりました〜♪私も名乗りたく無かったので丁度良かったです!!」
『ーーは?』
聞き間違いかとも思ったがどうやら本心らしい。まぁ名など知らんでも問題ないと思い魔王は流すことにした。図書館に着くと入り口に男が一人いたが女と顔見知りの様子で、魔王を知り合いと言い疑われることなく図書館に入る事が出来た。
『(この女思いの外使い勝手が良いな・・・良い拾い物をした)』
「こっち来てくださいね。この部屋は談話可能なお部屋ですから」
奥まった場所に扉があり、その部屋に入ると広い机と椅子が3脚しかない狭い空間だった。
『狭い。別の場所に換えろ』
「はい?何言ってるんですか。ここが1番勉強するのに都合が良いんですよ!!それともどっかのお城の部屋を借りてやれって言っているんですか?その為の本誰が運ぶんですか?それ、まさか私じゃないですよね?こんなか弱い女性捕まえて、重い本持って何往復もしろって言うんですか!?鬼ですか?悪魔ですか?パワハラです!!裁判を起こします!!!」
悪魔ではあるがいきなり当てられ、内心少し驚いたもののどうやら当てたわけでは無いのだろうと思いそこは触れず放置した。
『確かに息で殺せそうな程か弱い存在ではあるな』
男は女の顎を持ち上げ女をじっくり見つめ呟く。
「ふぁっっっ!?こ、この女誑しがぁぁっっ!!」
女は男の手を払い耳まで真っ赤になって叫んだ。
『(弱いと言われて何故言葉と裏腹に嬉しそうなのだ?・・・女誑し・・・女を騙し弄ぶ様に見えるのか??それとも平凡な容姿にした筈だが、この世界ではこの容姿は好まれるのか?やはりこの星について勉強の必要性がある事は間違い無かろう。)』
「良いですか!!ここには本が沢山あって、短時間で本を持って来てお勉強出来るんです!!ここ以上に良い所はありませんから!!」
『我の世界では男女二人きりでの密室は情事と決まっておったが、ここはそうでは無いのか?』
女は呻きしどろもどろになる。
「うぅぅぅ・・・そ、それはここもそうですけどっ・・・」
『ーーふむ、我と情事に及びたいのであれば問題あるまい。早速勉強を始めるぞ』
「勉強!?」
『む?勉強する為に図書館に参ったのでは無かったのか?』
「ーー!?そ、そうですよっ!?ほ、本とって来ます!!」
顔を再び真っ赤に染め上げた女は逃げる様に部屋を去っていった。
『(あの女はよく分からん生き物だが、我に悪意を持っておらぬ様だな・・・。しばらく飼うとするか)』
部屋に残された魔王は女を眷属とする事を勝手に決めた。
何も知らない女に断る権利など存在しなかった。
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