唐突…な警官男

 昼飯にそば屋に入り、メニュー表を見ていると、奥の座敷からパチリと音がした。

 見ると、一人の制服警官が碁盤に黒の碁石を置いたところだった。

「お兄さん、ちょっといいですか?捜査にご協力願います」

「俺ですか?」


 警官に歩み寄ると、碁盤の盤上一面に平凡な男の顔が描いてあるのが分かった。黒の碁石はその顔の鼻の頭に置かれている。

「この顔に見覚えはありませんか?」

「いいえ…何ですかこれは?」

「本官は、最近この辺りで起こっている『付けボクロ連続詐欺事件』を追っているんです」

 そう言うと、警官はその碁石を碁盤の顔の顎にパチリと置いた。

「では、この顔は?」

「…いえ、ないですねぇ」

「ホクロの位置で、印象も全然変わりますからね、それはもう別人ですよ。例えば、ここに付けたら、ちあきなおみですし、ここなら千昌夫ですよね、昔から」

 そう言って、警官は黒の碁石をパチリ、パチリと動かしてみせた。

「…昔から」

「ホクロの位置が変わると人相学的に見ても運勢が変わりますからね。それにホクロの僅かな重みで、体のバランスも変わります。それはもう別人ですよ」

「はぁ…」

「やっぱり、奴は令和の怪人二十面相です。なかなか捕まりませんよ」


「ところで、どんな詐欺なんですか?」

「架空のプロレス技への投資を募り、新日ファンから現金を騙し取る悪質な詐欺事件です」

「プロレス技に投資ですか?」

「ええ、投資する技の名前がいくつかあります。『まごころキック』とか『恐る恐るチョップ』とか『カサブタ剥がしセレナーデ』とか『鏡の中のマリオネット』とか…」


 警官がそう言った瞬間、警官の手から一つの碁石が転げ落ちた。

 それを拾おうと身をかがめた俺と警官はぶつかった。

 気が付くと、俺と警官は体が入れ替わっていた。

 俺は、仕方なくスマホで『新日 技の名前』と検索をかけていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る