希望の街ー改訂版

第1話 プロローグ

 この世には、絶望しかないと、ある人間は言った――


 都内の某ネットカフェ、面倒臭そうに淡々と事務処理をこなす眠たい顔をした店員、ネカフェデートとかいう漫画本の山を黙々と読むカップル、オンランゲームにハマる廃人同然の生活を送る人間、そして、ネットカフェ難民なる、生活に困窮してしまった人間。


 ネットカフェの一室に、その男はいた。


 ろくすっぽ洗ってないであろう衣類を身に纏い、業務用スーパーならば100円しないで買うことができる冷凍のチャーハンを空腹を満たすために渋々、暴利とも等しい額の値段を払い黙々と食べて、日雇い派遣専門の求人サイトを見ている20歳そこそこの青年。


(クソッタレ、金がねぇ!畜生、なんだってこの国は全ての人間に優しくしてくれねぇんだ、俺達ワープアの対策をなんでしてくれねぇんだ!)


 この青年、五十嵐源治はつい先程派遣先の工場で性根が腐った上司と喧嘩をして辞めてきた。


 頼みの綱の日雇い派遣でもあるのにも関わらず、生活の綱を自ら振りほどき、晴れて自由の身ーーとは聞き覚えがいいのだが、仕事から逃げて生活に困窮してしまった馬鹿、である。


 週間求人雑誌を見ても、どこも入れそうな所はない、それもそのはず、源治には親がおらず保証人がいない。


 今日日の正社員の契約社員は、保証人がいないと話にはならず、楽勝、と言われている20代の源治ですらこれにはお手上げで、単発の日雇い派遣でしか食いつなぐ術は無い。


(生活保護でも受けに行くしかねぇのかな、大人しく。いやでも受けさせてはくれねぇしな、俺まだ若いし。いやでも、国の法律ならばどこかに抜け穴はある、それを探すか)


 源治はグーグル先生に、ネットカフェ難民と入れて出てきた検索結果を片っ端から見る、そこにある匿名掲示板の情報ももちろんチェックを入れる。


(あーあ、ネガティブな事しか書いてねぇ、ネットカフェ難民は、死ねだと?ふざけんな、冗談じゃねぇ、誰にでも生きる権利は平等にあるんだ!頑張れ俺、確実に何かあるはずだ。)


『生活困窮者自立支援制度なんかよさげ……』


「?」


 源治は匿名掲示板にある、その文をコピーして、検索サイトにペーストする。


(こいつなら役に立つのか?いや気休めか?だが、見るだけ見てみよう)


『生活困窮者自立支援制度とは、ネットカフェ難民や社会での生活に困窮した人を対象に、自立支援プログラムや住宅を貸して自立支援を促す制度です、最寄りの市役所に窓口があります』


 源治はテーブルを叩き、よっしゃ、と店内に響き渡る声で叫ぶ。


(どうせ、俺の今の金は、この料金支払ったら残りは500円しかねぇ、幸いここから市役所までは歩いて20分ぐらいだ、行くしかねぇ。)


 人は深い絶望の淵にいて初めて、自分の進む道がわかるという。


 源治は後で、この制度はあてにはできないのではないかと思ったのだが、このままここに燻って漠然と絶望の淵にいるよりかはマシだなと思い、ドリンクを飲み干してチャーハンを口に運ぶ。


 ☆

 源治が暮らす都内K市X町はバブル以前はそんなに栄えてはおらず、市役所と寂れたバーしかなかったのだが、ここ数年で繁華街のようなものができ始めた。


 パチスロ店、飲食店、居酒屋にスナックに、キャバクラにピンサローー


 男ならば誰でも一度は足を運んだことのある聖地に、まだ高卒でしがない中小企業の製菓メーカーに入社したての源治は足を進めては給料の大半をつぎ込んだ。


 だが、その乱れた生活も、一年後に会社が不渡りを出して倒産という形で終わってしまう。


 会社都合での失業保険はすぐに出るのだが、生活のために全てを使い果たし、ならば職業訓練でも……としたら、試験に落ち続けて、仕方なくネットカフェ難民になったのが半年前。


(仮にこれが駄目でもいい、確かに俺は、何かをやったという証があればいい、何もしないで人生の匙だけは投げるつもりはねぇっ!)


 ネットカフェから市役所に行くまでの道のりは、真冬ということもあり、薄いダウンジャケットしか持ってない源治にとってその道は大変なのだが、それでも目の前の希望の道を、ただ黙々と歩き続ける。


 歩き続けた先に、最近改築したというX町市役所の建物が見えてきた。


「着いた……」


 源治は、疲れがどっと出たのか、地べたに座り込み、禁煙場所でもあるのにも関わらず、道端で拾ったシケモクに火をつける。


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