2話 まるで見えないドアをノックするかのように

『見上げる空の向こうに敵がいる恐怖は、宇宙に住む人には解らないと思うよ』


士官学校同期のエイミアが言っていた言葉を思い出した。


「宇宙に住む人」

遠い昔の人にとってはSFに過ぎなかった話だ。


人類が月に住むようになって15年。

その月で生まれた最初の世代は、月に愛された世代と呼ばれ、特別視される感があったが、実際は何も変わらないので、多少照れ臭かった。


その世代のユージン・カイムは、強行偵察型ゼムで、1人、宇宙空間を漂っていた。

是無(ゼム)とは、人型の大型兵器だ。


ステレス技術と光学迷彩技術が高度化したため、接近戦を強いられるようになった結果、人型の大型兵器が開発された。



宇宙の暗闇の中、地球連邦の艦隊が通り過ぎるのを、成りを潜めて待機していた。

宇宙空間の冷たい暗闇が孤独感を強めた。


しかしユージン・カイムに取って、それはとても心地よいものだった。

逆に大勢の人の中いる時の方が、孤独を感じてしまう。


ユージン・カイム。


漢字表記するとして【友人皆無】になるが、それはそれだ。

漢字圏の人間ではないユージンには関係のない事だ。

ただユージン・カイムに友達が1人もいないのは事実だが。


早期警戒機から敵艦隊接近の情報が届いた。

「さて」

ユージン・カイムは1人呟いて、強行偵察型ゼムを動かした。


強行偵察型ゼムが、連邦の艦隊がいるかも知れない宙域に突入した。


敵艦隊自体は光学迷彩化されており見えない。もちろんこちらの姿も見えない。

ただ音は完全には消せない。なにせ大型の宇宙要塞だ。


加速する強行偵察型ゼムのコックピットで、カイムは耳を澄ませた。


強行偵察機が飛んできたからと言って、迎撃をしたりはしない。

そんな事をしては、自分はここにいますよ!と言ってるようなものだ。

今、地球の潜水艦の様になりを潜めているに違いない。


高感度の集音マイクで、それらしき音は拾えなかったが、ユージン・カイムは直感で、アンチ光学迷彩弾を四方に発射した。


まるで見えないドアをノックするかのように。


宙域が閃光に包まれ、敵の影が映し出された。


「いた!」


間違いない空母機動艦隊だ。

その姿は8つのカメラにより撮影され、解析されたデータは、近くにいるであろう早期警戒機に送られた。


姿をさらされた連邦の戦闘機と連邦のゼムの横をすり抜けた。

宇宙要塞ブールタング級の周囲に展開する対空艦の対空砲が、強行偵察型ゼムへ浴びせられた。


「当たらないんだな、これが♪」


強行偵察型ゼムの機動力とフットワークの軽さは、簡単には撃ち落とせない。

しかし、Gが半端ない。

それが解っているにも関わらず、よりGが高い操縦をしてしまう自分がいる。

意識が飛びそうになる程のGは、快感でもある。


敵の砲撃を躱しながらも、カメラは全自動で連写され続けた。


宇宙要塞ブールタングに待機していた敵のゼム群が飛び出し始めた。


しかし残念ながら、護身用の武器しかない強行偵察型ゼムが、この宙域に留まるのは危険すぎる。強行偵察型ゼムは、素早く戦線から離脱した。


姿を晒された地球連邦の艦隊は、その直後、宙域に突入してきた月面都市連合のゼム戦闘群の、攻撃に晒された。


ゼム戦闘群の第一波攻撃が終了する前に、ユージン・カイム機は、味方の巡洋艦に着艦した。




つづく

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