第1話 昭吾の物語 昭吾の章 その1
ここは、どこだ?
昭吾はいつの間にか、知らない場所に迷い込んでいた。
辺りを見回しても、見知った建物はなく、また、夜が近づいているのか、街灯もないその道が一体どこなのか、昭吾には全く見当がつかなかった。
まいったな、俺はどうしてこんなところにいるんだ?
昭吾は、いつ、どうしてここに迷い込んだのか思い出そうとしたが、全く思い出せなかった。
一体ここは、どこなんだ・・・・・・?
昭吾は途方に暮れてしまったが、そのときふと、前方に小さなオレンジ色の灯りが点ったことに気付いた。
誰か、いる。
その灯りが家屋なのか店舗なのかは分からなかったが、灯りが点いた、ということは誰かがいるということだろう。
とりあえず、あの灯りの所に行こう。そして、ここがどこなのか、どうすれば帰れるのか、尋ねよう。
そう思いながら、昭吾はオレンジ色の灯りを目指して歩いていった。
「あなただけの本を取り扱っています。世界に一つだけの本を、どうぞ」
オレンジ色の灯りにぼんやりと照らされた扉には、そう書かれた木製のプレートが吊るされていた。
本屋なのか?
しかし、昭吾の前にあるそれは、本屋、には見えなかった。
白い木枠に縁取られた藍色の三角の屋根と壁。そして、水色の扉。全体的にこじんまりとした、小さな家屋、というよりはコテージにしか見えないそれは、まるで昔テレビで観た、草原の中に立つ家のようだった。
昭吾は、ためらいながら水色の扉のノブを掴み、そして手前に引いた。
カランカラン。
扉に付いたベルが軽快に音を立てる。
昭吾がおそるおそる扉を開くと、そこには-
!?
本。本。本。本の山。
四方の壁一面に作りつけられた棚には、何百冊という本がずらりと並べられ、壮観ですらあった。
――すごいな。
昭吾は一瞬呆気に取られたが、しかし、すぐに奇妙なことに気が付いた。
壁一面に整然と並べられた本は、全て同じ大きさ、同じ色の背表紙、同じ厚さなのだ。
普通の本屋ならば、当然に大きさや厚さ、背表紙の装丁が違っているはずなのに、これは一体どういうことだ?
昭吾は不思議に思って本棚に近付こうとした。
すると――
「いらっしゃいませ、お客様」
「わあああっ」
背後から突然声を掛けられて、昭吾は思わず大声を出し、飛び上がった。
振り向くとそこには――何とも奇妙な風体の男が立っていた。
ええと、こ、こいつは一体何なんだ?
赤色のくるくるした肩まである長さの巻き毛。トランプのキングのような、くるんっとはね上がった口ひげ。真ん丸の黒縁メガネ。緑色のスーツにピンク色の蝶ネクタイ。彫りの深い顔立ち。
今日はハロウィンだったか?いや、そんなはずはないが、しかし、なんだってこいつはこんな格好をしているんだ?日本人か?なんだっけ、昔観た、不思議の国のアリスのマッドハッターがこんな格好をしていたような――
頭の中がすっかり混乱している昭吾のことは気にする様子もなく、その男は深々とお辞儀をし、そしてこう言った。
「あなたの本をお探しで? 」
あ、いや、そうじゃなく、どうも迷ったようなので道を尋ねようと――
そう言いかけた昭吾だったが、男は全く意に介さず、くるくると回りながら本棚を次から次へと移動していた。
「あ、あの、俺の話、聞いてます? 」
昭吾がそう言ったのと同時に、男は立ち止まり、そして、本棚から一冊の本を取り出した。
「ありましたよ、お客様!あなたの本! 」
あ、いや、俺は客じゃないし、本を買う気はなくってですね――
そう言いかけた昭吾は、目の前に突き出された本の表紙に、
「瀬上昭吾」
と金色の文字で書かれてあることに気が付いた。
「!?」
お、俺の名前だ。なんで俺の名前が表紙に書かれているんだ!?
「どうしました? これを探していたんでしょ? 」
いや、探していたのは帰り道です、と言いそうになったが、昭吾は思わず差し出された本を手にしてしまっていた。
茶色の革でできたその本は、やけに昭吾の手にしっくりなじむ。
この本は一体?――
そもそも、この男は何者なんだ?どうして俺の名前を知っているんだ?
そうか、これはきっと夢なんだ、おかしいと思った、なあんだ夢か――
昭吾はそう思うことにした。そうでなければ、目の前で起きているできごとを受け入れられそうにない。
そう、夢ならなんでもありだ。「瀬上昭吾」、俺の本かあ、何が書いてあるんだろうな。
昭吾は半ばやけくそ気味に本の表紙を開いた。
――昭吾の章
そこにはそう書いてある。昭吾は、おそるおそる、ページをめくった。
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