[8] 白
「それでこれなんですけど」簡単に自己紹介を交わした後クレハは懐から例の牙を取り出すと細工師の白さんに見せる。「アクセサリーとか作れたらいいと思ってるんですけどどうですか?」
白さんは牙を受けとるとそれを色んな角度から眺めて光に透かして見せたりなんかしてそれから「ふむふむなるほど」とかつぶやいて最終的に「うん、ちっちゃいものなら作れると思うよー」と言った。
「どうするー? わたしがぱぱぱーっと作っちゃってもいいよー」あんまりぱぱぱーっと感じでなく白さんはつづける。
「せっかくだから自分でやってみたいですー」なぜかクレハも白さんの口調が移ってのんびりした喋り方になってた。いやもともとそういう癖あるか、あの娘は?
「いいよいいよー、なんでも挑戦だよー。おねーさんがーおしえてあげるー、細工の楽しさいろんな人に知ってほしいしー。デザインとかもう決めてるのー?」
「あーりますよー。スケッチみたいなーものですけどー、基本はそのままでーちょっとした紋章ー? みたいなのをー彫りたいなーってー」クレハは紙を1枚、テーブルに置く。あいかわらずクッソ下手な絵だ。
「なーるーほーどー」というかこの2人、話すうちにだんだん相乗効果で癖がひどくなってたような気がする。
私はよくあの空間に耐えられたなと思う。いや正直言うとちょっと私も取り込まれかけてた。脳がぐでーっと融けてった気がする、まじ危なかった。
次に白さんにあう機会があるとしたら、クレハと2人だけでしゃべらせるのはやめよう。積極的に話に入ってちゃっちゃとまとめてくれるような人材必須だ、でないといつまでたっても話が終わらなくなるから。
白さんはのんびり立ち上がると、のんびり棚まで歩いて、それから大きな布とほかいくつか取りだせば、机にその布を広げてから彫刻刀(おそらく)を並べる。
そうした一連の動作をしつつ白さんは「細工を上手にするコツはー、イメージをしっかり持つことだよー。それからゲーム的なことを言えばー、器用さ高い方が有利ー」と言った。
器用さの話がでてきたところでクレハがこちらを見てきたから、にらみかえしてやったのだが、そんなものは通じず「リィナちゃんの方が器用さ高いでしょ、お願い」と頼まれたのでしぶしぶ引き受けた。
「言っとくけどいいのができなかったとしてもそれはあんたの描いたデザイン画がクッソ下手なせいだからね」
「だいじょうぶだよ。そんなに期待してないから」
「はあ!? 人に頼んどいてなによ、その言いぐさは!」
「ごめんごめん、今のはさすがに言い方間違えた。とにかくそんなに出来栄えは気にしなくていいってこと」
「……おーけー、やるだけやってみるわ」
「だいたいフィーリングでなんとかなるなるー」白さんはこちらに牙と彫刻刀とクレハの描いたラクガキを渡してくる。
さてどうしたものか?
まず私はラクガキをじっと眺めてみたのだけれど下手すぎてよくわからなかったので、とりあえず感じはつかんだものとしてあんまり深く考えないようにした。
それから牙と彫刻刀を手にとって、こんなことをするのは小学校以来だなと少し懐かしく思いながら、まあ適当にやってみようと、まんなかあたりにざっくり刃を入れてみた。
あとは勝手に手が動いたといった感じで、それが私の隠れた才能によるものなのか、それともゲームの補正効果によるものなのか知らないけど、小さな楓の葉っぱみたいなのが牙の表面に彫りこまれてた。
「できました」と言って私は正面に座る白さんに手渡す。
白さんはそれを受けとるとまたじっくり時間をかけて眺めてから静かにほほ笑んだ。「上出来だよー。ネックレスにでもして身に着けてたらちょっとだけすばやさが上がる感じかなー」
そう言いながらどこからか金のチェーンをとり出すと、さささっと牙をネックレスに仕立てあげてしまう。のんびりした雰囲気と違って、自分の仕事だけは手際よくできるタイプらしい。ちょっとかっこいい。
「うわー、すごーい」クレハは細いチェーンを手に取って、くるくると回しながらそれを見つめる。「これ私たちが作ったんだよ、すごいよねー」
そしてひとしきり鑑賞してから、私へとネックレスを手渡してきて、「じゃあこれはリィナちゃんにあげるね。すばやさが上がるんならリィナちゃんが装備してた方がいいよ」と言った。
てっきりクレハが自分でつけるものだと思ってたから私は少し驚いてそれを受けとると「ありがと」とだけ返しておいた。
しかし後になって考えてみれば、猪にとどめ刺したの私だったし、実際に細工入れたのも私だったしで、クレハのやったことと言えば何のあてにもならないデザイン画を描いてきたことぐらいで、私があの娘にいちいち礼を言う必要はなかった気がする。
雰囲気に流された。なんか損した気分。
いろいろ教えてくれた白さんにはきっちり礼を言ってそれから今日は燈架もいないことだし早めに切り上げようということでログアウトして別れた。
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