低級言語
@saruno
低級言語
「いりません、帰ってください」
「まあ、そう言わずに、今ならお安くしておきますよ」
フォトン氏の仕事は語学教材のセールスマン。ただし、語学教材と言っても昔ながらの山積みにされた本を売っているわけではない。小型イヤホンのような装置で、イヤホンから発せられる音を一晩聴き続ければ、たちまち新しい言語を習得できるという代物だ。
「だからいらないって」
「一晩でいいんです。あっという間にハルミ語をマスターするチャンスですよ。」
「これ以上しつこいと警察を呼ぶからな!」
警察を呼ばれてしまっては仕事に支障が出る。毎日こんな調子なので、営業成績はいつも最低。また部長に怒られると分かっていても、生活がかかっているので辞めるわけにもいかない。フォトン氏は諦めて次の家に向かった。
「そりゃ低級言語だからだよ」
結局ひとつも売れず、事務所で雑務をこなしていると、同僚のシー・コンパイル氏が契約書の束を見せびらかすように近づいてきた。
「君が売り歩いてるハルミ語って、誰も使ってない古い部族の言葉なんだろ?単純な音の組み合わせで何言ってるのか分からない低級言語なんて誰も買わないって。素直に英語だけ売ってりゃお前だってそこそこ成績が上がるんじゃないのかい?」
「でもなぁ…」
宇宙貿易の全盛期になっても、英語は世界のスタンダード言語。需要はあるが、そんなものはどのライバル会社でも売り出されており、フォトン氏の出る幕は全くなかった。
ハルミ語はフォトン氏が偶然見つけた古書の隅の方に書かれていた低級言語。6ヶ国語対話が当たり前の時代に、趣味でマイナーな低級言語をコレクションする需要を見込んで作ったものだったが、未だに売れたことは一度もない。
「なんとかハルミ語が売れればなぁ…」
毎日そんなことを考えながら地道に家を訪ねていると、突然後ろから大きな衝撃を感じ、フォトン氏はそのまま倒れてしまった。
気がつくと、そこは車の中、目の前に男が立っていた。
「最近この辺りでハルミ語を売ってるのはお前だな?」
「はい…私ですが、あなた、一体誰なんですか。ここから出してくださいよ」
「出してもいいが、取引をしてからだ」
「取引?」
「そうだ、お前の売っているそのハルミ語とやらの教材を独占的に買い取らせてほしい」
男は突然とんでもないことを言い出した。随分と乱暴な呼び止め方だが、買ってくれるのなら何も言うことはない。フォトン氏は喜んで契約し、彼は解放された。
だが、その数日後、フォトン氏は逮捕された。過激派組織へ解読不可能な暗号文を提供した罪で。
低級言語 @saruno
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