Don't stop me now

ひろかつ

未知なるもの

 地球が誕生して四十五億年。その中で今の人類の歴史はほんの僅かな期間である。そして生命は何度も滅びの日を迎えている。恐竜の絶滅などは良い例だ。

ところが今、学者の間では、人類の歴史以前に古代文明が存在していたと唱える人物も多い。けれどもその古代文明も、恐竜と同じように滅びの日を迎えていることも明白だろう。それらの文明が現在にまで続いていないことがその理由である。

原因として考えられるのは隕石の衝突だったり、地殻変動だったり、もしかしたら戦争だったかも知れない。言うなれば、地球上の生命は何度となく掃除されているのだ。当然の事これらの絶滅説は、過去に限るわけではない。これから起きないとは断言も出来ないのである。

そして今、繁栄の真っただ中にある人類も、大きな転換期を迎えようとしていた。それは突如として我々人類を襲い始めた。まるで地球の怒りが人類に向けて爆発した瞬間、とも思えるそんな出来事であった。


悪夢は石油の採掘を繰り返す中東から、瞬く間に全世界へと広がった。

未知なる病原体。今までのどんな病原体とも構造が違い、最新の技術を持ってしても死滅させることは出来なかった。地球の方が頭が良かった。と言うことだろうか。

或いは、人類を知り尽くしていたのだろうか。拡散だけはどうにか食い止めることには成功したが、その病原体に侵されると、最終的な致死率は97%にも上った。

発病しない残りの3%の理由を、各国の医師や科学者が研究を重ねたが、完全に死滅させることは出来ないでいた。研究が進み対抗できるワクチンを開発すると、その病原体は瞬く間に変異し、研究者の追従を許さなかったのである。まるで、人類をあざ笑うかのように、飼い慣らされることは決してなかった。

『宇宙からの物質だ!』と叫ぶ者もいたが、発生状況は明らかに地球内部からの発生としか思えなかった。それは今から10年前の事である。


 「ここはどうだ?」スティーブの声は砂漠の砂嵐さえ消すほどの大声だった。

「ああ。ここならばいけそうだ」尋ねられた男は、鼻まで覆ったバンダナをずらし、スティーブに叫んだ。中東サウジアラビアで新たな油田探索が行われ、アメリカの石油協会の依頼でスティーブ・テラーはここに訪れていた。

部下は全部で6人。6人以外の人員は現地調達だが、アメリカ政府の大きなバックアップもあるため、金銭的問題は何も無かった。スティーブ・テラーはその道のプロフェッショナル。大地のみならず海底油田探査でも、その力をゆうに発揮し、石油協会からの信頼も厚かった。いつものように仕事をこなすだけだと、スティーブ以下私を含めた全員、そう思っていた。

私は唯一の日本人として、かなり異質な存在に思われていたが、5年10年と経つうちに、仲間からの信頼も勝ち得ていた。

何故、日本人の私がこのチームと一緒なのか。それは私の留学がきっかけだった。

科学を学ぼうとアメリカに留学したときに出会ったのが、このスティーブ・テラーだった。学生寮のルームメイトとして彼と出会ったのだ。

大きな身体のスティーブはフットボール選手。奨学金で大学に進んだ男だったが、スポーツマンらしからぬほど頭脳も明晰だった。私は物理化学およびそれに付随した生物物理化学を専攻していた。彼は物理化学と地質学の専攻だった。

なぜならば彼の父がさく井の会社を持っていたためだ。ようは井戸掘りだが、彼はそこで終わる事など考えてもいなかったようだ。「もっと大きな事をするんだ」と、いつも口にしていた。アメリカ人から見ると、日本人は勤勉だと思われているようで、何かにつけては色々な質問を浴びせてきた。

もちろん勉学が主だが、元来の陽気な性格のせいもあってか彼とは急激に仲が良くなっていった。彼は彼で日本人を連れて歩くことを不思議と喜んでいた。集まりがあると言っては連れ出し、パーティーがあると言っては、招待もされていないのに一緒に忍び込んだ。何故、そう思ったのかは分からないが、珍しいだけだったのかも知れない。武道を習っていたからかも知れない。そんな様々な説の中で最も有力だったのは、私の名が全米でも有名になったベースボールプレイヤーと同じだったからと思っている。

勉学にも励む彼の目は、やがて地球物理学や海洋物理学にまで向けられ始めた。今思えば、この時期から彼の目には地球の存在が大きく写っていたに違いないだろう。結局私は、居心地の良さもや教授の推薦もあり、1年の留学時期を最大まで延ばし、スティーブとともに卒業を迎えた。

卒業パーティーの最中に、彼は私に言った。

「なあ、イチロー。俺と一緒に働かないか?」

それまで就職のことなど、話題にすらしなかったスティーブの言葉に、私は驚きと戸惑いを感じた。私には日本企業での就職が決まっていたからだ。スティーブは親の仕事を引き継ぐものだと思い込んでいたが、話の内容ではどうやら自分で始めるらしい。私は返事に困った。就職は決まってはいるものの、科学とは縁の無い仕事。心は揺らいだが、決まった就職を今更蹴ることも気が引け、答えあぐねていた。

「直ぐに返事は出来ない。決まった就職先にも悪いし……」

どうにか答えた言葉が説得力に欠けているのは、自分でも理解していた。

スティーブは諦めの悪い男なのだ。その性格が有るからこそフットボールでも勉学でも優秀な成績を残すことが出来たのだから、十分な長所と言えるだろう。

「いや。お前の就職先は間違ってる。前にも言っただろう。お前の頭脳を眠らせる事になるぞ」彼の言葉は私の心に致命傷を与えたようだ。言い換えれば就職先への疑問さえ沸いてしまったのである。そして、彼の言葉で私の気持ちのわだかまりが一気に消えた気がした。『そう。僕のしたい事は、こんなことじゃない』そんな気持ちがはっきりと自分の中で芽生え始めた。

日本企業に就職を決めたのは、そのうち日本に帰る為であって、それ以上の理由もそれ以下の理由も無かったのだ。

「じゃあ、聞くがスティーブ。君は一体何をやるつもりだい?井戸掘りだったら僕は降りるよ」彼は大きく意気を吸って、ニカッと笑い自慢げに答えた。

「石油を掘る!」

「え?なんだって!そんな簡単にいくもんか!」私は驚きの声を上げたものだ。周りの卒業生たちもダンスや会話を中断して私に怪訝な表情を向けた。

それよりも、地球環境を考えないアメリカのやり方にも疑問があったからだ。

だからと言って、代替えのエネルギーなどは普及するまでに時間がかかる。

まだしばらくは石油関係は重要視されるだろうとは思っていた。

「もちろん修行はするさ。でもな、親父の会社はたたむんだ。親父は引退だとさ。これが足がかりなんだ」確かにさく井は、油田開発にも必要な共通知識はあるだろう。ただし規模が違い過ぎる。

「いくらなんでも……」

私が声を殺して答えると、彼は私の首に手を回し小声で話し始めた。

「実はもう決めてあるんだ。アメリカでは有名な開発会社さ。もちろん君のことも言ってある」

「おいおい、まだやるとは言ってないぞ」

「いや、イチローはやるね、俺と一緒に!」そう言って彼は大声で笑い出した。

「なんなら、賭けてもいいぜ。50ドル!どうだ!」

「よし!乗った」その50ドルは、2日後には彼のポケットに消えていった。

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