【人間界4】

「魂を、転生の輪廻から外す……?」


 男は、初めてその事実を教わった時の自分のように、青く強張らせた顔を寄せてきた。


「おい、それって」

 ヒソヒソ声はあいかわらずながらも、そこには圧迫してくるような強さが滲んでいる。


「もう二度と、生まれ変われないってことなのか?」


 ひょっとして、自分の身もそんな危険にさらされているのかと、そんな理不尽なことは冗談ではないと、そう焦っているのかもしれない。

 しかしながら、カロンが連れ去る魂は自死のもののみだ。事故死である彼には、そんな心配はないわけだが、それの説明はひとまずあと回しだ。


「恥ずかしながら、わたくしは以前、天界に運ぶ魂を彼に奪われてしまいました」

「あぁ、それが、あいつが言っていた、負けたってやつか」


 男は少し面食らった。返ってきた答えが、求めていたものと違うからだろう。


「彼に連れていかれたら、魂は永久に闇の中です」

「闇?」

 男が眉間にシワを寄せる。

「魂の消滅です」

「消滅って……生まれ変わって違う人間になるのとは、違うのか」


 そう言いながらも、それが根本的に違うことは、男にもすでにわかっているように見えた。


「転生を繰り返せば、そのつど肉体は手放すことになります。しかし、魂そのものは受け継がれます。例えば、彼女が今回の人生の中で感じた苦しみ、喜び、大切なもの、得意なこと、それらは消えることなく、潜在レベルで、次々と新しい命へ受け継がれていくのです」

「死んでもバカは治らないってやつか」

「それとはまた、意味合いが異なりますが。つまり、転生してそれ以前の記憶は失おうとも、彼女という人格が生き続けていくことに、変わりはないのです」


 男は冗談を口にする余裕があったかと思うと、またきゅっと真剣な面持ちになる。


「じゃあ、魂が消えてなくなるってことは」

「人格そのものが、消えてなくなります」


 それは、本当の意味での「死」。


「なんだって……?」

「ご安心ください」


 その顔に怒りさえ表し始めた男の肩を、押し返す。膝に力を込めて立ち上がった。


「わたくしはもう絶対に、そんな悲しいことにはさせないと、強く誓ったのです」


 同じ失敗を繰り返してなるものか。

 魂を成長させたいと願うのは、何も人間だけのことではないのだ。この世に個人として生を受けた限り、我々だって、なにものをにも恥ずかしくない自分でいたい。


「ここはもう、元の現実世界ではありません。カロンが結界を張った、言わば彼のテリトリー」


 男はさっと辺りを見回した。


「なるほど」

「時間の概念がなく、他の人間に見つかる心配もありません。そう考えれば、むしろ好都合です」


 気合いを入れる意味合いで、書籍をぎゅっと脇に挟み、大股で進んでいく。

 カロンが振り向いた。背負った大きなハサミの持ち手の輪っかから、ドングリのような丸い瞳がこちらを覗き見る。


「あなたの好きにはさせません。彼女から離れてください」

「なんだよ」


 カロンは言葉とは裏腹に、それでこそ張り合いがある、とでも言いたげに歯を見せた。


「のんびりと座って眺めていたらいいじゃねぇか。どうせ今回も、お前は俺に敵わない」

「あの時のわたくしとは、心構えが違うのです」


 そうだ。あの日、ウリエルから正しさの話を聞いたおかげで、仕事への向き合い方が変わった。


 もちろん勉強はそれまで通りに、いや、それまで以上に頑張った。請け負ったからには、どんな魂も必ず転生へ導くと決めた。それにはやはり知識が必要だからだ。

 折しも、なかなか難しい回収事案ばかりが続き、投げ出したくなることは正直あったが、それでも、どうにか天界へと運ぶ任務をやり遂げられた。


 自分なりの正しさとは何か、まだよくわからない。だけど、それらの努力はすべて自信に繋がっている。


「へえ、そりゃあ驚いた」


 そう大袈裟に目をむいてみせるカロンはもちろん、少しも驚いてなどいない。


「もう、放っておいてよ」


 自棄になった声を上げたのは、その後ろの少女だ。


「ネコちゃんでは、わたしを救えないんでしょ?」

「もはやネコちゃんでもヌコちゃんでもかまいませんが、彼の口車に乗ってはいけません。彼が、本当にあなたに親身になっているとでも?」


 すると、少女は疑るような目つきで、カロンを見上げた。

 こちらの言葉を突っぱねてみせるのは、若さゆえの反発もあるのだろう。カロンを全面的に信用したわけではない。逆転できるチャンスは、まだある。


 カロンは眉尻を下げて、わざとらしく媚びるような顔を作ると、少女に向き合った。


「まったく説教臭いねえ。俺はあんなふうに冷たいことは言わないぜ。お嬢ちゃんを、一人の人間として尊重しているからな」

「尊重……?」

「ああ。だってそうだろう? この醜い世の中に、自分一人で見切りをつけられるお嬢ちゃんは、大したものだ。もう立派に大人じゃないか」

「うん……」


 彼女はまんざらでもない表情を浮かべる。

 なんて弁が立つのだ、と悔しくなる。冥界の使者にとっても、いまだ魂に意識があり喋るなんてケースは稀であるはずなのに。少しも動じることなく、任務を遂行しようと努める。その点については、尊敬できなくもないが。


「この嘘つきが!」


 男がのしのしと床を踏みしめながらやってきて、隣に並んだ。カロンを指さす。


「自ら死を選ぶのはただの身勝手だ。そんな自己中なガキを尊重? 大人? 笑わせんな。そんなわけないだろうが。おいクソガキ、簡単に騙されているんじゃねぇよ。だから、お前はガキだって言うんだ」

「ガキガキ、うるさい!」


 少女は瞬間的に目を吊り上げる。勢いのまま立ち上がろうとするけれど、依然としてその腰が持ち上がることはない。悔しそうに歯を食いしばった。


「そんなこと言ったって、実際ガキなんだから。しかたがないだろうが」


 とうとうと悪態をつき続ける男の、スラックスのベルト付近を軽く叩いてやる。


「申し訳ありませんが、少し黙っていてもらえますか」

「あぁ? 黙っていられるかよ。さっさとこのザリガニもどきを、追い出すなり何なりしないと。俺だって暇じゃないんだぞ」

「それを言うなら、わたくしだってそうです。お願いだから、黙っていてください。あなたが口を出すと、まとまるものもまとまらないんですよ」


 男はとたんに悲しげな顔になった。

「うちの課長と同じこと言うなよ」


「何なんだよ、お前」


 カロンは男に向かって、心底わずらわしそうに、眉間にシワを寄せた。


「さっきから気になってはいたが。死人みたいな顔色しやがって」


 男のことは、口から生まれたような人間だと思っていたので、てっきり即座に言い返すのかと思いきや、そうはならなかった。男はおもむろに自分の手首に二本の指を添えた。


「おい、何をしているんだよ」

「あ? 見てわからねぇのか? 念のため、確認しているんだろうが」

「はぁ?」

「うん、やっぱり脈は打ってないな。ということで、じゃなくて、俺はしっかり死人だっての。文句あるか」


 そうして、なぜか自信満々に胸を張る。

 今さらだが、掴みどころのない男だ。さすがのカロンも、言動が斜め上の男に対して、苛立ちを越えて気味の悪さを覚え始めたようだ。


「お前みたいな変なやつ、こっちのリストに載っていないところを見ると、事故死か何かか」


 男の無惨な膝に目線をやってから、カロンは鬱陶しそうに言う。


「おお、それそれ。それだよ」

「なんで嬉しそうなんだ。お前の魂なんて興味ねぇよ。引っ込んでろ」

「俺のほうだってお前に興味ねぇわ。お前が引っ込めっつうの」


 男はいーっと歯をむいた。まるで子供同士のケンカである。


 カロンは、自分の利益にならないことはしない主義だ。現に、「面倒な魂ばかり抱えて、お前も大変だなあ」などと、ライバルをねぎらってくれるだけで、男に危害を加える素振りはまるで見せない。興味がない、というのは彼の本心なのだろう。

 ただ、男を野放しにしておけば、こちらの足手まといになる可能性は大いにある。


「とにかく」


 気を取り直し、男を押しのけるようにして前に出る。少女に訴えかけた。


「冷静になりましょう。その者が甘い言葉を口にするのは、自分の利益のために、あなたの魂を闇に引きずり込みたいだけのことです。いかがわしい店の客引きみたいなものですよ」

「ひでえ言い草だな」


 そう言いつつも、カロンは楽しそうだ。まだ余裕がある証拠で、それが悔しい。


「闇に?」

「そうです。真っ暗な、永遠の闇です。引きずり込まれたら、もう二度と出てこられません」

「別に、かまわない」


 ふて腐れた口調で、少女は言った。

 それを聞いたカロンが手を叩きながら、勝ち誇った笑い声を上げた。


「そうだよなあ! お嬢ちゃんは生まれ変わりたくないんだから!」

「そうだよ。わたしは絶対に生まれ変わりたくない」

「お嬢ちゃんは賢明だ。人生ってやつは、辛いことばかりだからな」


 カロンがさながら子犬にするように、少女の頭を撫でる。そんな彼を少女は寂しげに見上げた。


「やっぱり、そうなんだね」

「あぁ、そうとも。賢いお嬢ちゃんには、ご褒美にいいことを教えてやろう」

「いいこと?」

「だめです、耳を貸してはいけません!」


 歩み寄ろうとすると、カロンはまたもやハサミを振り下ろした。

 刃先から、今度は炎のつぶてがいくつも飛び出したかと思うと、足元に転がり、そこで数メートルもの火柱を上げた。近づけさせない。まるで炎のバリケードだ。

 その向こうで、驚きに目を見開く少女。カロンは薄笑いを浮かべた。


「人が生きる道、人生ってやつは、道中で辛いことが起こるように、はなから仕組まれているんだ」

「仕組まれている……?」

「そうだ。なぜかと言うと、魂を成長させるためだ。試練を乗り越えると、魂はステップアップできるんだとさ。そのためだけに、器である人間をわざと苦しめる」


 そうして、こちらを指さした。


「あいつらがな」

「ネコちゃんが?」

「な……! それは違います! 彼の言葉を鵜呑みにしてはいけません!」


 少女は裏切られたような目で睨みつけてきたあと、またカロンに尋ねる。


「魂の成長って、なんで?」

「その辺は、俺にもよくわからねぇけど。そう言われているんだよな。たぶん、神様とか天使様ってやつらは、ピカピカのエリートがお好きなんじゃないのか?」

「適当なことを言わないでください! それは侮辱です!」


 どんなにわめいたところで炎の檻の外。カロンは痛くもかゆくもない。


「じゃあ、わたしが辛かった出来事は、最初から計画されていたってこと?」

「そうそう。ここは優しくない世界だろう?」

「わたしの言葉が、誰にも信じてもらえなかったことも、わたしがひどい目に遭っているのを、みんながただ笑って見ていたことも」

「あぁ、すべて筋書き通り」

「先生や、お父さんお母さんまでもが、飽きれば、そのうち嫌がらせなんて終わるからって、のんきに笑って言っていたことも」


 自分の吐き出す言葉でまた傷ついたのか、少女の声は震え出している。


「なんて辛い。聞いている俺の胸も張り裂けそうだ。辛かったなあ。死にたくなって当然だ。かわいそうに」


 カロンは沈痛な面持ちを作り、オーバーなアクションで嘆いた。


「おい、やばいんじゃないか」

 言いつけ通りに口元を真一文字に引き結んでいた男が、肘と言葉を挟んできた。


「何か言い返したほうが」

「……言い返せないのです」


 食い入るかのように、目の前の場面を凝視する。それしかできない。


 カロンの言っていることは、おおよそ正しい。否定すれば、こちらの言い分が、それこそ都合のいい嘘になりかねなかった。もちろん、彼女の、人間すべての人生のシナリオを決めているのは、我々ではないし、そんなことは我々にはできない。

 ただ、逆境にある人間を見ても同情しないところが、我々には確かにある。それが、魂にとって良いことだと認識しているからだということも、本当だ。


 過敏になっている少女に、この迷いが伝わってしまえば、それこそ取り返しがつかなくなるのではないか。そう思うと、怖くて何も言い返せなかった。


「辛かった。誰も助けてくれなくて、わたし、ずっとずっと辛かったの」

「わかるぜ。すごくわかる」


 同じだ。あの時と、まるで同じ。


「こんな敵だらけの世界に、未練なんてあるか?」

「……ない」


 首を振る少女の瞳に、暗い影がさしてきた。カロンの魔術にはまったのだ。


「あいつらのために魂を磨いてやる、義理もないだろう?」


 カロンがちらりとこちらを見やる。


「うん、ないかも」

「こんな理不尽な世界に放り出されたら、バトンタッチした次の魂だって、あまりにかわいそうだ」

「うん、そうだね」

「物わかりがいい子は好きだぜ。じゃあ、こんな世界にはとっととサヨナラしよう。俺と一緒に新世界へ行こう」

「えっと……もう、すぐに?」


 なぜなのか、少女はここにきてわずかに迷いを見せた。カロンがいらつきを漂わせる。彼のほうでも、それは予想できないことだったのだろう。


「早いほうがいい。いつまでもここに留まれないって言っただろう?」

「うん」

「お嬢ちゃんの身体は、生きものとしてもう機能していない。わかるよな? 死んだんだから」

「うん……」


 少女は頭を傾けて、自分の下半身を見た。死斑が出ていると言われたことを思い出したらしい。


「魂が出ていくにしろいかないにしろ、このままだと腐っていく」

「腐るの!」

「ああ。意識はありながら、身体はどんどん腐って悪臭を放っていく。虫もわいてくるだろうな。そんなの見たいか?」


 少女は強く首を振った。その顔に怯えが浮かんでいる。自分の身体が腐っていく過程なんて、誰だって見ていたくない。


「本当に……もう辛くなくなるんだよね?」

「辛いことなんて何もない。そんなもの、ちっとも感じなくなるぜ。ちっともな」


 カロンが少女に手を差し伸ばす。その手を少女が取れば、これまで生きてきた証しごと、たちまち業火に焼き尽くされてしまう気がした。


「……や、やめてください! 彼女には、命をやり直す権利があるのです!」


 生まれ変わって、今度こそ、幸せな生涯を送る権利が。


 生きるということは、確かに辛いことも多い。

 誰だって傷つきたくない。常に幸福を感じていたい。我々だってそうだ。不格好につまずいて笑われたくないし、間違えて、あとからくよくよなど二度としたくもない。


 でも、失敗しないと、見えないものがある。過ちをおかさないと、気づけないものがある。それも確かなことだと、前回の失敗から学んだのだ。


 だから、人は生まれ変わる。

 転んでケガをしたなら、次は転ばないようにと歩き方を工夫すればいい。少しずつ学習していって、そうしていつか、満足できる生涯の書籍を作り上げる。命は、そのための猶予を得る権利があるのだと、そう思うのだ。


 自ら死を選ぶことは、良いこととは言えない。

 だけど、失敗を取り戻すチャンスを与えられないまま、抱えた悲しみを取り除くことさえできないまま、この美しい世界から永遠に消えていなくなるだなんて、あんまりではないか。


 そう。あの時、それをあの老女に伝えるべきだった。伝えたかった。


「そうして、また自死の道を歩ませるのか?」


 カロンが振り返り、氷のような温度の声で言い放った。

 言葉を詰まらせる。

 それを見て、カロンはからからとあざけり笑った。


「やっぱりまだ忘れられないんだな。あの時の婆さんの言葉。生まれ変わっても、また同じ道を選ぶ。その時、生まれ変わったことを後悔するだろうってやつ。あれは傑作だった」


 傷口がえぐられる。動悸が速まり、抑えようとこぶしを握りしめた。


「久しぶりの再会で名残惜しいが、いつまでもお喋りもしていられない。俺もこう見えて忙しいんでね。これで最期だ。さあ、お嬢ちゃんからも何か言ってやりな」

「わたし、ネコちゃんのこと嫌いじゃなかった」


 少女の言葉はすでに過去形で、そのことに愕然とした。

 また救えないのか。そんな思いが目の前をよぎる。


「ネコちゃんは、『いけません』ばかりで先生みたいだったけど、クラスの大半の子たちみたいに、わたしを無視しなかったし。だから、少しだけマシだったよ」


 少女は口の両端を引き上げた。でも、もう目がうつろだ。頭がふらふらと前後左右に揺れている。


「ま、待ってください。わたくしの話を」

「諦めるんだな。部外者の声はもうほとんど聞こえないさ。そもそも、この魂は自死したんだ。罪深い行為だ。罰を与えなければいけない」


 自分も辛いのだと訴えているつもりなのか、カロンは眉をひそめた。


「そして、それは俺たちの役目だ」

「我々の役目は、どんな魂も等しく転生させることです」

「死神書店の従業員。お前はあの時から、一つも成長していないな」


 馬鹿にした物言いのあと、カロンは腕をぐんと伸ばして、少女の手を握った。


「さぁ、行こうか。素晴らしい世界に」


 そう言ったカロンは、両方の口の端を大きく吊り上げて、黄ばんだ犬歯を覗かせた。赤い瞳孔の目は少しも笑っていない。まさに冥界の使者。そのまま、少女の魂ごと、頭からがぶりと食らいつきそうだ。


「その前に、お願いがあるんだが」

「なに?」


 魔物の本性を現したカロンは今、少女の目にはどう映っているのか。うっすらと微笑みさえ浮かべて見上げている。


「俺に、お嬢ちゃんの名前を教えてくれないか?」

「わたしの名前? さやか。清い花って書くんだよ」

「なんて素敵な名だ」

「ありがとう。……お父さんが、つけてくれたの」


 声が出ない。身体が動かない。

 目の前で交わされるやり取りを、抜け殻のような身体で見つめている。悪い夢を見ているような気分だ。でも、夢ではない。現実のそれは決して覚めることがなくて、生きている間、ずっとうなされ続けるに違いない。


 あれから、少しは成長できた気がしていた。

 自分の生きる意味を、自分なりの正しさを、見つけられたわけではないけれど。ただ、もう間違いを繰り返すことはないと、それだけは確かだと思っていたのに。


「清い花。素直なお嬢ちゃんにぴったりの名前だ。さぁ、清花。出ておいで!」


 カロンは力任せに引っ張った。


 その手に続くようにして飛び出してきたのは、もう一人の少女。衣類こそ身につけていないが、姿形はまったく一緒。だけれど、色がない。無色透明。少女の魂だ。

 魂を引きずり出された本体の少女は、座ったまま、穏やかに眠りについている。少女の魂が、そんな本体の頭部と繋がっている自分の下半身を、不思議そうに眺めている。


 カロンは満足そうに頷く。


 魂を引っ張り出す工程を見るのは、これで二度目だ。

 前回は、老女の名前など関心がなかったようだが、今回に限って尋ねたことは、おそらく単なる彼の気まぐれなのだろう。もしかしたら、先程少女が少し渋ったことで、若干なりとも焦りがあったのかもしれない。

 最後に、カロンはもう一度こちらを振り返った。


「悪いな。また俺の勝ちだ。次に会う時には、もうちょっとお勉強してくることだな。こんなに楽勝じゃ、張り合いがないぜ。死神書店の従業員さんよ」


 そしてそのまま、もう片方の手で背中のハサミに触れる。

 あれは、邪魔者を攻撃するためだけの物ではない。身体から出てきた魂を完全に切り離すことが、本来の使い方。それをこれ見よがしに引き抜いた。


 ウリエル様。

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