第二章 ツヴァイ

第16話 遺品

202X年 4月14日 午後11時00分頃

 

 私のおじいちゃん、越路篤人博士の『お別れ会』が、近所のキリスト教会でしめやかに行われている。

 

 私の祖父の親友でもあった神父様が、祖父に別れの言葉を告げている。

 

「越路篤人博士。貴方はその類い稀なる才能を、信念と苦悩のままに、私達の幸福な生活の実現に尽くされて来た。貴方の志は崇高そのものであり、今や誰もそれを否定する事は出来ない。願わくば貴方の魂が、神と子と精霊の守護の元、魂の安らけく永遠とわなる休息を受けられん事を。エイメン」

 

 この葬儀、実は祖父には学生時代から博士号時代まで、幅広い人脈があったみたいだけど、祖父が予め遺していた遺言状の遺志に従い、葬儀は身内だけの密葬にした。ドイツのオーベルンドルフに出張中だと告げられていた父母には、連絡を何回も取ろうとしたけど、電話やメールは宛先不明になっちゃってるし、父母の勤めている筈の会社は、HPや株式市場からも抹消されていて、その会社が存在すらしているのかさえ分からない・・・。

 

 綺麗なお花達に包まれた、安らかな祖父の棺に、数輪の花を手向ける私達。


 そこには、妹のヤエ、ター坊伯父さん、そして黒の喪服に身を包んだキラとジェイドも合掌している。


 『お別れ会』が終わり、火葬場へと向かうリムジンの中で、私の中ではどーしてもナットク出来ないでいる事をキラに聞く。


「ねえ、教えてキラ。本当におじいちゃんは悪い事を研究していたの?」


「それは・・・」


 口ごもるキラに代わってジェイドが、


「今さら隠す事もないだろう。私から説明しよう」


「ジェイド?」


 ためらいながらも、うなずくキラ。


 ジェイドは越路博士の研究の様子や、その背景を淡々と話し始める。


「越路博士、いや、君のおじいさんは、日本でも有数の遺伝子学者だった。だが、あまりに進んでいた博士の研究は、法律でそれ以上の研究が禁止され、学会からも追放されてしまったんだよ。」


 それを黙って聞いているター坊伯父さん。ジェイドは続ける。


「そこに目をつけたのが、あの松羽目だ。彼は表向きには大手の商社を装いながら、地下で秘密の研究をしていた事は、君も知っての通りだよな?」


「ウン・・・」


「松羽目は、膨大な資金を越路博士に提供する代わりに、遺伝子改造で人体の寿命や能力を飛躍的に向上させる計画を推進していたんだ・・・」

 

 ター坊伯父さんが、初めて口を開く。


「だが親父は、そんな陰謀が隠されている事に気付きさえしなかったんだ。大体、この世の中にそんなウマい話が転がってる訳なんかねぇ。奈々、オレは親父の悪口は言いたくないが、親父は世間知らずの独善者だったのさ」


「そんな・・・。じゃあ、おじいちゃんは・・・」


「いいか、奈々。科学者ってのはな、自分自身の研究が、結果的に社会にどんな影響を与えるかを予測しなければならないんだ。アルフレッド・ノーベルがT.N.T.、つまりダイナマイトを作った時や、アルバート・アインシュタインが相対性理論を提唱して核爆弾が作られた時、いや、もっと遡れば原始人が火の起こし方を発見した時から、ヒトと言う種族は、その力をお互いを殺し合う為に使ってしまう愚かさは分かっていた筈だ。親父は、ただ盲目的なまでに、『人類の幸せ』とやらを願って研究を進めてしまった・・・。他のバカな科学者どもと同じ様にな」

 

 私には良く分からないけど、ターボー坊伯父さんが言わんとしている事は、なんとなく『正しい』って感じる。

 

「そして、孫のお前やヤエにまで、率先して研究の成果を実践してしまったんだ。それは決して許される事では無かった・・・」

 

「そうだったの・・・」


 キョトンとしているヤエ。


「ナナお姉ちゃん? 何のお話?」


「ヤエちゃん、あなたには、まだ難し過ぎるかなぁ」


「そんなの、つまんなぁい!!」


「フフ、ヤエちゃんたら」



 そして私達は都内にある公設の火葬場に着いた。

 

 私達は、祖父が生前から良く口ずさんでいたキリスト教の賛美歌の一つ、『主よ、身元に近づかん』を斉唱しながら、祖父の生前の姿に生け花を添えて最後の別れを告げると、火葬場の待合室から、祖父の物であろう火葬場の煙突から、祖父の魂とも言える煙が立ち上って来るのを見守る。

 

 しばらくして、係の人に呼ばれると、そこには灰と遺骨になった祖父が、キャスター台に乗せられて運ばれて来る。私達は、その変わり果てた姿をした『越路篤人博士』であった筈のお骨を、日本のしきたりに従って一つ一つ骨壺に納める。


 だが、私はそこに何か銀色の異物が光っているのを見つける。


「これは・・・、何?」

 

 ター坊伯父さんが、ポケットからルーペを取り出し、


「これは何かのカプセルの様だが・・・、焼却炉の高温からさえ無傷で残った物だ。いや・・・、これはもしや!」


 ター坊伯父さんは、カプセルの周りの灰をこそぎ落とすと、


「奈々、これは親父がお前に残した遺品だ。お前のお守りにもなってくれるだろう。これからは決して肌身離す事無く大切に持ち歩くんだぞ!」


「ウン、わかった。ありがとう、ター坊」


私はその後、そのカプセルをター坊伯父さんに頼んで、一番大事なスマホのストラップに付けてもらった。

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