第4話 真っ赤なヘルメット
「梶野美樹と申します~え~とぉ、趣味は最近クッキングスクールに通っていて~料理かな~得意料理は肉じゃがデス~」
薄いピンク色のワンピース姿の梶野はそう言って長い髪をかき上げた。
私は、それを横目で見つつ運ばれて来たフカヒレのスープをすすった。
梶野の自己紹介が終わると、5人の商社マンから拍手が沸き起こった、得意そうな顔をした梶野の顔を見て、私はフカヒレスープを飲み干した。
(美味しい・・・このスープ)
「じゃあ・・・最後は、麻生さん自己紹介ね」
「え、はい・・・え~と麻生久美子と申します、入社5年で趣味は読書です・・・」
私はそう言って、ウーロン茶を一口飲んだ。
「・・・はい、これで全員ね」
「30分で席シャッフルするから、それと、お料理もまだまだ来るから、いっぱい食べてね~」
幹事の亜希子はそう言って2杯目のビールを飲み干した。
私は、出てくる料理を片っ端から口に運んでいった。
「5千円の元、取んなくちゃね・・・」
天然海老と季節野菜の炒め物がテーブルに運ばれてきた時、私に向けられる視線に気づく。
「よく食べるんですね」
「え?」
正面を向くと長髪で銀縁のメガネをかけた男性が私を見て微笑んでいた。
「あっ…は、はい・・・お腹空いてるんで」
「面白い方ですね」
「は?そうですか・・・あまり言われたことないけど」
(なんで、そんな長髪なの?)
そう訊きたいのを我慢して、私は目の前の天然海老を頬張った。
(美味しい・・・これも)
「僕、今、プラントの仕事していて、来週マレーシアに行くんです」
「え?マレーシア?」
「えぇ、行かれたことありますか?」
「いいえ・・・」
「赴任したら3年くらいは戻れないかな~」
「そうなんですか・・・」
「麻生さん、ご兄弟とかは?」
「いえ・・・私一人っ子なんで」
「そうですか・・・」
銀縁のメガネの奥で少し細めの目が何となく冷たく・・・笑っているように見えた。
その後も、私たちふたりの噛み合わない会話が続いていた。
「そろそろ30分になるんで、席シャッフルしますよ~」
「じゃあ・・・また」
「あっ、どうも・・・」
亜希子がみんなに向かってそう言うと、男性5名が一斉に席を移動した。
私の前には、さっきまで梶野と話が盛り上がっていた色黒でがっちりとした、体育会系の男性が紹興酒を持って移動してきた。
「どうも~若林です」
そう言ってその男性は私に名刺を差し出した。
「あっ・・・はい、麻生です」
「いや~ウマいっすねここの料理、僕、辛いの大好きなんで」
そう言って麻婆豆腐を口に入れて、紹興酒を一口飲んだ。
「麻生さんって、どんな本読んでんですか?」
「・・・小説とか・・・写真集とか」
「写真集って?男性アイドルとかの?そんな訳ないかっ」
そう言って大きな声で笑った。
私の斜め前には、少し怒った顔の梶野が見えて、横目で見ると一瞬、梶野と目が合った。
(何盛り上がってんのよ・・・早く消えろ)
私はすぐに下の皿に視線を落とした。
私はどうしても視線を向けなくちゃいけないときは、相手の眉間に視線を当てる。
声が聴こえるようになってから、自然と会得したコツ?みたいなものだった。
色黒の男性の眉間を見ながら、私はウーロン茶を飲み干した。
(なによ、この色黒が好み?)
「僕も本屋よく行くんですよ、いつも立ち読みばっかですけど」
「はぁ・・・」
また次も、噛み合わない会話が続く。
「あぁ、飲み物?なににします?」
「え~と」
「ここのオリジナルカクテル旨いですよ~身体にも良さそうだし」
しつこく勧められて、断るのも面倒で、オリジナルカクテルを注文する。
金柑とシャンパンを合わせたカクテルはとても口当たりが良かったが、会話はそれ以上弾まなかった。
(だから・・・来るの嫌だったのよ、早く帰りたい)
残りの3人も同じような感じの商社マンで・・・時計を見ると9時を回っていた。
デザートのアンニン豆腐を食べていると、突然目の前がクラクラしてくる。
「え~なに?・・・どうしちゃったの?私」
「久美子?久美子?大丈夫?」
カクテルなんて珍しく飲んじゃったせいなのか?私はそのまま意識を失った。
「どこ?ここは?」
エンジン音が聴こえる・・・目を開けると高速道路のオレンジ色の照明灯が光っていた。
「え?なに・・・どこなのよ、ここ」
「あっ・・・気がついた?」
私はタクシーの後部座席に横たわって見知らぬ男が私の髪を撫でていた。
「だっ誰?やめてください、私・・・私帰ります」
「なに言ってんの、家まで送るから」
私はその男の手を振りほどき、後部座席の端に座った。
「あなた・・・」
オレンジ色のライトに映し出されたその男性は、合コンの席で最初に私の前に座っていた
長髪の銀縁のメガネの男だった。
「急に気分悪くなっちゃって・・・大変だったんだから」
男はその銀縁のメガネを上げてそう言った。
「・・・降ろしてください」
「危ないから・・・もう少しで着きますから」
「運転手さん、降ろしてください」
「すみません、運転手さん・・・さっき言ったところまでお願いします」
(さっき言ったところって?)
少しするとタクシーは側道に入っていった。
「幡ヶ谷?って」
タクシーは高速を降りて5分ほど走った後、大きなマンションの前で止まった。
「さあ、降りて」
銀縁メガネの男は運転手にお金を払い終えると、私に向かってそう言った。
「ここどこですか?」
(あ~何だかまだ頭がクラクラしてる)
「あぁ、僕のマンション」
私のふらつく身体を銀縁メガネの男が支えながらそう言った。
「え?私帰ります、離してください」
「ほらほら・・・危ないから、ね、大丈夫だから」
私は体に力が入らずに、銀縁メガネの男に支えられながらそのマンションに入っていく。
(助けて・・・誰か)
私はそこで初めて恐怖感を覚えていた。
顔を上げると、銀縁メガネの奥からは、冷たい瞳が笑っているように見えた。
エレベーターが降りてきて、銀縁メガネの男は腰に腕を回し私をエレベーターの中に押し込んだ。
(誰か・・・)
9階のボタンが押されエレベーターのドアがゆっくりと閉まった。
エレベーターの中の鏡に銀縁メガネの男の顔が映り、私の目が一瞬合った。
「最初から好みだったんだ・・・薬・・・」
(薬って・・・)
エレベーターが9階に止まりドアがゆっくり開く。
「あっ、助けて・・・警察を」
私は、搾り出すような声で、目の前でエレベーターを待っていたPIZZAの出前に来ていた男性に声を上げた。
「え?なに?警察?」
「はぁ?なに言ってんの、ここまで来て」
そう言って銀縁メガネの男は私をそのPIZZA屋の男の方に突き飛ばした。
「ひゃぁ~」
「なにもったいぶってんだよ!ネクラブス!」
そう吐き捨てて銀縁メガネの男は、舌打ちをしてそのまま自分の部屋の方へ歩いていった。
PIZZA屋の店員に抱えられて、私は今来たエレベーターに乗って降りて行く。
「1階で・・・いいんですよね?」
「ん?・・・はい、すみません」
「大丈夫?」
「・・・はい」
PIZZA屋の店員はそう言うと被っていたキャップを取った。
「えっ?女・・・の子」
キャップを取った女の子を横目で見ると、ショートボブの可愛い女の子が鏡に映っていた。
(身長が170センチ位あって、キャップを被っていたからてっきり男性かと・・・)
エレベーターが1階のエントランスに着いて、私はそのPIZZA屋の・・・女の子の抱えられて外に出た。
マンションの前には彼女が乗ってきたPIZZA屋のスクーターが停めてあった。
「ホント?大丈夫・・・ですか?」
「あの~ここって・・・どの辺りですか?」
「はぁ?」
「すみません・・・」
「幡ヶ谷よ、ここ」
「幡ヶ谷?」
「・・・もう~仕方ないな~じゅあ、あそこのコンビニでちょっと待ってて」
その女の子はそう言ってマンションの左側を指差した。
「え?」
「だって・・・このままほっとけないじゃん」
「バイトもう上がりだし、バイク戻してコンビニに行くから待ってて」
そう言ってヘルメットを被った。
「ひとりで行けるでしょ、コンビニまで」
「うん・・・でも」
「じゃあ、20分位で戻ってくるから・・・わかった?」
「でも・・・あの~」
「私?あ~安藤薫子、じゃあ」
そう言うなりバイクはエンジン音を響かせ走り去っていった。
「安藤・・・薫子」
私は、少しふらつきながらそのコンビにに向かって歩いていった。
「11時か・・・なにやってんだろう、私 帰んなきゃ」
丸の内のお店で、気分が悪くなって・・・その後の記憶が曖昧だった。
お店に入ってミネラルウォーターを買う、11時過ぎのコンビには学生らしき男性が週刊誌を立ち読みしている以外人影はなかった。
私は、冷えたミネラルウォーターを喉を鳴らして半分くらい一気に飲んでから、大きな溜息をついた。
「どうしよう・・・これから」
「電車・・・あるのかな?」
そう呟くと、急に寂しさと不安と、先ほどまでの恐怖が蘇ってきて身体が震えた。
お店の外に出ると、幹線道路には大きなトラックや車が行き交いヘッドライトが私の今にも泣きだしそうな顔を照らしていた。
「ホント・・・何やってんのよ私、帰えんなきゃ・・・」
私は、駅があると思われる方向にフラフラと歩き始める。
その時、大きなバイクのエンジン音が私に近づき、私の前に止まった。
「え?いやぁ・・・誰?」
フルフェイスの真っ赤なヘルメットに黒いジャケットを着た男は、バイクを降りて私に近づいて来る。
「え?いゃ 誰か」
「もう~コンビニで待っててって言ったのに~」
「あっ・・・え?薫子?さん?」
真っ赤なフルフェイスのヘルメットを脱ぐと、先ほど別れた
PIZZA屋の女の子が少し怒った顔で私をにらんでいた。
「ホントに・・・戻ってきてくれたんだ」
「なに~戻るって言ったっしょ~」
そう言って少し汚れた白いヘルメットを私に渡して彼女は微笑んだ。
「じゃあ、行くよ」
「え?どこへ?」
「あんたんち」
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