3-8 まさか・・目を通していないのですか?

・・それはガーナード王国へ出国する3日前の事・・・。


「な、なんだって~っ!お、お前は・・・基本中の基本・・『ワルツ』さえ踊れないのか~っ!!」


午後2時―


ぽかぽかと温かい日差しが差し込むダンスホールにアレックス皇子の怒声が響き渡った。


「ええ、そうですけど?」


コルセットでウェストをぎゅうぎゅうに締め付けられ、気慣れないドレスを着用した私は気絶しないよう呼吸法に気を付けながら返事をした。

何故アレックス皇子が激怒しているかというと・・・。

事の発端は私がダンス教師の元でダンスのレッスンを受けていたことから始まる―。


 

 アレックス皇子が選んで、付けてくれたダンス教師は私についての予備知識を全く持ち合わせていなかった。彼は私がワルツの一つくらいは踊れるだろうと高をくくっていたのだ。ところがいざ、レッスンを始めようとした段階で彼は私が基本中の基本であるステップの踏み方すら知らない事実を知ってしまった。


そこで驚愕したダンス教師は使用人に頼み、アレックス皇子をダンスホールに連れてきてもらった。そして現れた皇子にダンス教師は言った。


『あまりにも時間が足りなさすぎて、私が教える事はもう不可能です。お願いですからダンス教師の任を解いてくださいっ!』


そしてしまいには泣きつき・・・・ダンス教師の役割を放棄して逃げたのである―。



 大体私は国にいた時から姫としての教育を一切受けさせてもらう事も出来ずに今まで・・17年間生きてきた。

王宮に住まわせてもらう事も無く、城の敷地のはずれに建てられた小屋に追いやられて育ったのだから華やかな生活など当然無縁。たまに気まぐれで王宮に呼ばれることがあっても、城で待ち受けていたのは3人の姉達からのいじめと、メイド達による多種多様な嫌がらせ。こんな生活環境で、王族としてたしなみの教育を受けさせて貰えるはずは無かった。




「お、お前は・・今まで一体自分の国で何を習ってきたのだっ!」


アレックス皇子は私がダンスの一つも踊れないので、顔を真っ赤にして喚いている。


「え・・?国にいた時ですか?ええと・・掃除の仕方にお料理・・お裁縫に畑の耕し方と牛の乳しぼり・・・。」


指折り数え、説明していくたびにアレックス皇子の顔色は青ざめていく。そして頭を押さえながら私を制した。


「・・おい、ちょっとまて・・・。それは庶民が生活していくうえで学ぶべき事柄だろう・・?俺の質問している意味は・・貴族・・いや、王族としての基礎知識を今までどれだけ学んできたのかを尋ねているのだ。例えばだな・・・歴史や文学・・音楽に語学・・・。」


「え・・・?そんなものは生まれてこの方一度も習ったこと等ありませんよ?」


「な・・何だってっ?!只の一度もかっ?!」


「ええ・・・大体私たちの婚姻の話が持ち上がった時に・・互いの身上書を交換しましたよね?そこに私に関する情報が全て書いてありましたよ?王族としての教育は一切受けていないと・・・。」


そう、それに身上書には


『貴族としての嗜みを一切知りませんが、それでも良いでしょうか?』


と私の直筆が記されていたのに・・回答は無かった。そこで父や姉たちはこれ幸いと、私をさっさとグランダ王国へ追いやったのである。子供の頃からずっと一緒だった私の侍女であるミラージュと一緒に・・・。


「な・・・何だって・・・?」


すると私の話にそれまで怒りで真っ赤だったアレックス皇子の顔が今度は顔面蒼白になっていく。それにしても赤くなったり、青くなったり・・・忙しい人だ。でもまさかとは思うけど・・。


「あの・・その様子では・・私の身上書・・目を通されていないのですか?」


「あ、あ、当り前だっ!こっちは完璧に王族として知識を兼ね揃えた皇女が嫁いでくるに違いないと思っていたのだから・・!誰だって普通はそう思うだろう?!それが・・・何一つ教養を持ち合わせていない皇女とは・・・あ・・ありえんっ!」


そしてアレックス皇子はズカズカと私に近寄ると言った。


「しかし・・ダンス教師が逃げてしまうとは・・・クッ・・・!不本意だが・・こうなったらもう俺が直々にお前にダンスを教えてやるっ!さぁ来いっ!」




****


 そしてその30分後・・


私の履いたヒールの足でさんざん足を踏みつけられたアレックス皇子は・・両足を負傷し、足を引きずるようにダンスホールから去って行った。


私を大声で罵りながら―。





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