第2節「別れと出会い」1

 魔導検査をした日からかれこれ一ヶ月ほどが経過した。彼女の両親にも冒険者になるという話をした。そして今日は出発の日というわけだ。だから今は出発の挨拶に来た。


「母さん、父さん、それじゃ行ってきます!」


「お見送りありがとうございます。行ってきます。」


「フィスィ、行ってらっしゃい。サロスさんも、行ってらっしゃい。」


「気をつけてな。いつでも帰ってきて大丈夫だから、もちろんサロス君も。それと定期的に電話もしておくれよ。あと食生活には気をつけるんだぞ。睡眠もしっかり取ってな。それからそれから…」


「父さんもうわかったってば!さっきもおんなじ話聞いたよ?」


「それでも心配で…。」


「まったくほんと心配性なんだから。」


 フィスィの父ってあんなに心配症だったんだ。知らなかった。…それなのに、フィスィ数年前から離れてしまって大丈夫だったのだろうか。この様子を見ると心配していたのだろうな。それでも離れて暮らすことを認めたのは…フィスィが説得したのかな。


 ああ、それだけ自分はあの時から愛されていたのか。こんな自分を、どうしようもなかったあの時の自分を。そう思うと恥ずかしいような情けないような、でもそれ以上に嬉しさと感謝がこみ上げてくる。


「まあ、住むところは変わりますけどそれ以外は特に変わりないので。フィスィがやんちゃしないように見張っておきます。」


「私やんちゃするって思われてる!?あんたの中で私は何歳なのよ。」


「うむ、しっかり見張っておいてくれ。それと君の家もたまに掃除しておくから。本当にいつでも帰ってきていいからな。」


「はい。ありがとうございます。家のことは無理のない範囲でいいので、お願いします。」


 フィスィが「私ももう立派なレディなのに。やんちゃなんてしないのに。」とかぶつぶつ呟いているが、立派なレディは自分で立派なレディなんて言わない。彼女のことはほっておこう。


「それでは今度こそ行ってきます。」

「いってきまーす!」


「「行ってらっしゃい!」」


 そうして俺たちは歩みを進めた。一歩ずつ一歩ずつ踏みしめながら。






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 二人が見えなくなるまで、夫婦は彼らを見送った。


「二人とも、本当に大きくなりましたね。」


「そうだな、少し会わなかっただけで次に会うときは別人のようになっているから驚かされる。」


「…やっぱり、フィスィにはもう少し一緒に暮らして、成長を間近で見たかった。」


「私も正直そう思っている。でも、フィスィはそれで成長したのだろう。なにより、サロス君だ。もうすっかり元気になって、本当に良かった。」


「そうですね。彼のあの様子を見ると、フィスィが同棲することを認めたのは正解だったのではないかと思わせてくれます。」


 サロスは一つ勘違いをしていた。フィスィの両親が同棲を認めたのは、もちろんフィスィが説得したことが大きな理由だ。しかしそれだけではない。彼らもまた、サロスのことを心配していたのだ。


 幼き頃から娘と遊んでいた少年への、そう愛情というのが正しいだろう。彼が絶望の海に沈んだままでいるのをよしとできなかった。そして自分達の娘、フィスィへの信頼があった。フィスィならば、彼を立ち直らせられるだろうと、そう信じたのだ。


 サロスはしっかりと愛されていた。彼女にも、そして彼女の両親にも。だが、彼がそれに気づくときはくるのだろうか。


「まだまだ幼いのに、認めたくなかったんだがな。でもフィスィがあんなに本気で私たちを説得している様子を見ると、ダメとは言えなかった。ほんと、誰に似たんだか。」


「さあ?でも私の隣に頑固で愛情深い人がいる気がしますね。」


「はっはっは、何を言いたい?」


「いえ、別になんでも。」


 夫婦は空を見上げた。青く澄み渡った空だ。昨夜の雨雲はもう遠く離れてしまった。太陽の周りにはもう雲一つない。今日は別れの日だ。あの二人はきっと二人で生きていくのだろう。彼女らがこの家に帰ってくるのはいつになるのか、そんなことは誰にもわからない。でもどうか、今日の太陽のように、何にも邪魔されず、輝き続けることができることを願おう。


「…今日は高めのワインでも入れますか。私もあなたも、思い出話に花を咲かせたいでしょうし。」


「…そうだな。今日くらいは感傷に浸りたい気分だ。」


 夫婦は家に帰って行った。その日、その家からは絶えず話し声と笑い声が聞こえていたという。

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