万能魔導士は冒険者に向いてない

札川凛太

第1節「魔導検査と決意」1

 バタン(寝室の扉が開く音)


「サロス、起きなさーい!」


「…」


「今日の朝食当番はあなたですよー」


「うーん、むにゃむにゃ」


「なにその創作物でしか聞かないような寝言。起きてるなら早く起きて。」


「寝てる」


「起きてるじゃん。…あーそういう感じ?はいはい、わかりましたよ。


こ、こーんなに可愛い幼馴染が起こしに来てあげたんだから速く起きなさいっ!べ、別にあんたの為なんかじゃないんだからっ!」


「ツ、ツンデレだ!いにしえの幼馴染系ツンデレだ!しかも自分の可愛さを自覚してやがる!もうとっくに絶滅したと思ってたのにまさかこの時代に見られるなんて俺はなんて運がいいんだ!」


「満足したらはよ起きろ。」


「あ、はい。」


 そうして目を覚ます。まず目に入ったのは、美しい緑の髪だ。差し込む太陽の光を背景に一段と輝いて見える。すでに一通りセットし終えているようだ。あー寝坊しちゃったかな?昨日ちゃんと早めに寝たはずなんだけど、申し訳ないことをした。とりあえず、その緑髪の持ち主であり、俺の彼女でもあるフィスィへ言う。


「おはよう、フィスィ。」


「おはよう!」






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「さっすがサロスー!今日のご飯も美味しいー!卵焼きとか特にいいねー!」


「朝からテンション高いな。で、なんであんなに早く起こされたんだ?」


 そう、起きてから時間を確認したら全然寝坊なんてしていなかった。むしろいつもより早く起こされたのだ。つまり俺は悪くなかった!心の中での謝罪を返してほしい。


「いや、ドキドキしてあまり眠れなかったもので。」


「え、もしかしてそれだけ?何か起きなきゃいけない理由があったとかじゃなくて?」


「それだけだよ?」


「それじゃあまだ寝てた俺悪くなかったんですけど。叩き起こすなんて酷いよ、シクシクシクうわーん」


「きっっっ…それは謝るけど。」


「『きっ』の後に何を続けようとした何を」


「急にしくしくとか言う方が悪い…ってそんなことはどうでもいいでしょ。で、私のツンデレはどうだった?」


「最高でした。」


 もう少し寝ていたかったが、彼女のツンデレを見られて満足だ。そうに違いない。『きっつ』なんて言われていないのだから、うん。


「ドキドキして寝られなかったって、やっぱり今日が魔導検査の日だから?」


 何を隠そう(誰も隠してない)、今日は一年に一度の魔導検査の日。魔導検査はその日までに16歳になった者が受け、自分の魔導適性、つまりどの魔法がどのくらいの程度使えるかが数値として表される日だ。


「そうそう!逆になんでサロスは落ち着いてるの?」


「検査する前から自分の魔法の実力ってわかってるからな。フィスィは明らかに緑魔法が得意、というか他の色はほぼ使えない。対して俺は全部の魔法がまんべんなく使える。しいて言うなら緑魔法が得意だけど、正直それはフィスィと一緒に練習してたからな気がするし、六つの魔法の中で一番数値が低くてもあんまり驚かないかな。ともかくそんな感じで予想はつくから調べなくてもよくね?とさえ思ってる。」


「そうはいかないでしょ!苦手だと思ってた色の魔法が才能あるとしれば頑張るきっかけになるし、自分のことをちゃんと知っておかないとこの先戦っていけないからね!」


「まあ、確かに…戦うってことは、やっぱり夢は冒険者から変わらない?」


「そうね、危険な仕事ってことはわかってるけど…やっぱり夢は簡単に変わらない。まあ、私は恐らく緑魔法の究極魔導士スペシャリストかそれに近い数値だろうし、冒険者は向いた職業でもあると思うし、ね。」


「…そっか」


「…サロスは?そういうあなたはなりたい職業とかあるの?サロスはたぶん万能魔導士オールラウンダーだと思うし、引く手数多じゃない?」


「まあ、ね。色々考えてはいるよ。」


「…そう」


 そこで会話が途切れたのは、朝ご飯を食べることに集中するためだ。会話に夢中で冷め始めているから。それ以上の意味はないと思う。







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「ごちそうさまでした!!」


「はい、お粗末様でした。」


「少し教会に行くには少し早いね…ってその目は何?」


「いや別にー?なんでかはわからないけど眠たいなーって思ってるだけだよ?」


「そのことまだ恨んでるの…執念深いことで。」


 食器を片付けながらそんな話をする。念のため断っておくが本当に恨んでるわけではない。ただ眠いのは本当。でもさすがに二度寝してしまうのもどうかと思うし…


「よし!眠気覚ましの体操をしよう!!!」


「うわっびっくりした!急に叫ばないでよ情緒不安定かよ馬鹿!愚図!鈍間!」


「さすがに罵倒がひどくないですかね?…はっ!もしかして今朝のツンデレがまだ残っているのか?そうかそうかそう思うとちょっと良いなこれ。でもねフィスィさん、最近はツンデレに対して当たりが強いんだ。もう少しデレを見せて優しくしてくれてもいいんだよ?」


「…」


「あーちょっと待とうか。とりあえず一旦その拳を握りしめるのをやめよう?ほら、もう暴力系ヒロインが流行る時代でもないし。だからさ、落ち着くべきだと思うんだよ、うん。ちょっ、本気の目をしている!?」


 とりあえずめっちゃ逃げた。俺知ってるんだ、魔物に見つかったときはどうせ襲ってくるのだから全力で逃げた方がいいって。多分それと同じ。張り付いたような笑顔が怖すぎるんよ。ほんと、朝からなんで走らなきゃいけないのだ。ちなみにすぐにつかまったけど、そこまで痛くはされなかった。あくまでじゃれあいの範疇だからな。…なら別に叩かなくてもよくない?とりあえず目は覚めた。




「馬鹿な事してる間にいい時間になったみたいだね。」


「そうね、馬鹿と馬鹿なことをしている間にいつのまにかそろそろ出発してもおかしくない時間になってるわ。」


「じゃあ、馬鹿は部屋で着替えてくる。」


「かっこいい服きてきてねー、馬鹿!」


 やあ、俺の名前は馬鹿。ごくごく普通の16歳だ。本当はサロスというまともな名前があったはずなんだけど、どうやらいつのまにか消えてしまったみたいだ、ははっ。その背景には語るも涙聞くも涙の悲しい話があってね…っとよくわからないことを考えるなんて本当に馬鹿になったかもしれない。というか名前が馬鹿なやつがごくごく普通なわけないよな、どうでもいいけど。


 自分の部屋に入る。さ、おっきがっえおっきがえー。今日私が着るのはこちら!高品質のシルクでつくられた最高級の製品ですもちろん嘘です。家の大掃除をしたときに見つけただけなので何から作られてるかすらわかりません。でもまあ、大きさは合ってるしこれでいいでしょと思ってきれいにはしておきました。


「おお、サロス思ったよりかっこいいじゃん。」


「思ったよりってなんだ、俺はずっとイケメンだぜ☆」


「性格はかっこよくないみたいだね。」


「ぐっ、言葉の刃が胸に突き刺さる」


 久々に、正装に身を包んだから落ち着かない。それをかっこいいなんて言われたもんだから恥ずかしくて照れ隠しのようなことを言ってしまった。ん?褒められたのが恥ずかしくて照れ隠し…?もしや俺ってツンデレか?新手のツンデレなのか?あーやだやだ男のツンデレなんて需要ないぞ?ないよな?(不安)いや、ない。(断言)


 おっと待て、俺がツンデレかどうかという未解決問題を考えてたせいでスルーするところだった。今ちゃんとサロスと呼ばれたよな?よかった、これからずっと馬鹿として生きていかなきゃいけないかと不安だったんだ。(安堵)


「まっなんでもいいしさっさと出発しましょう。まずは私の実家へ行って、それから教会へ行くからね。」


 フィスィの服は彼女の親が用意しているらしい。だから、我々はこれからジャングルの奥地…ではなく彼女の実家へ向かうことになっている。まっ、遠い所に住んでるわけじゃないのにここ数か月会ってないから、顔くらい出しておかないといけないと思うし、ちょうどいい機会だろう。


「こっちは準備できたけど、そっちは?」


「サロスが着替えている間に一通り済ませてるよー!もう出発するだけ。」


「仕事が早いねぇいいことだ。じゃ、出発しんこーう!」


「しんこーう!」


 少しの荷物を持って家を出る。忘れ物はない。戸締りもちゃんとした。別に今日は長く家を空けるわけではないけれど。でも、きっと近いうちにこの家を出ることになるだろう。そう考えると、少し感慨深いな。


「行ってきます。」


 誰かが家に残ってるわけでもないけれど、こういうのは言わないと落ち着かないから。


「サロスーいってらっしゃーい!」


「お前も行くんだよ何他人事みたいに言ってるんだ。」


「はっ、そうだった!忘れてた!」


「ちゃんと荷物も持ってるくせによく言うよ。」


 まったくうちのフィスィさんときたら、ちょっと感傷に浸っていたらすぐこれだ。…もしかしたら、俺の表情の変化とかを見て元気づけようとしてくれたのかな。真実はわからないけれど、いつも彼女は俺を元気づけてくれる。いつでも、どんなときでも。俺はやっぱりそんな彼女が大好きだ。それじゃあ改めて、今度は二人で。


「「行ってきます!」」


 今日の天気は晴れ。一生に一度の日だから、いい天気になってよかった。きっとこの青空も俺のことを応援してくれている。そう信じたい。そうして俺は決意とともに家を後にした。

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