第29話 汎用ヒト型決戦執事――ロミオゲリオン
「随分と早いご到着だな?」
「ロミオっ!」
町はずれの倉庫に足を踏み入れるなり、夕日のように眩しいオレンジ色の髪をした零号機と、少しだけ弾んだ声音をしたジュリエット様のお声が鼓膜を震わせた。
声のした方向に視線を向けると、そこには両手足をガムテープでグルグル巻きにされたジュリエット様と、相変わらず虚ろな瞳でヌボーッと立っている弐号機、そして軍服に身を包んでいる零号機と花咲研究員の姿があった。
「安堂家の晩御飯は6時からなんでね。早く帰らないとスーパーの特売に間に合わなくなるんだよ」
なんて軽口を叩きながら、視線を零号機からお嬢様へ素早く移動させる。
その柔らかな小さい身体に視線を這わせ、外的外傷がないことを確認するなり、人知れずホッと息をこぼした。
よかったぁ、どうやら最悪の事態にはなっていないらしい。
「さぁ、帰りましょうか、お嬢様。ほら
ジュリエット様に近づきながら弐号機に声をかけるのだが……さっきから弐号機はピクリとも動かないどころか、虚ろな瞳でここではないどこかに見ようとするばかりだ。
「おい、聞こえてんのか
「いくら声をかけても無駄ですよぉ。零号機のジャミングにかかっている限り、弐号機は私の命令しかききませんからぁ」
「……なんだ
ピクッ、と一瞬だけ弐号機の筋肉が躍動した気がした。
そうか、おまえも闘ってるんだな
それが分かっただけでも今は充分だ。
仕方がないので弐号機の代わりにジュリエット様の拘束を解こうと右手を伸ば――そうとするのが、俺と彼女の間を
「どけ
「晩メシなら後で僕らと腹いっぱい喰えばいいさ、
「悪いな、テメェらのチンケな
「そうか、それは残念……だっ!」
ガパッ! と大きく口を開ける零号機。
刹那、キュィィィィィンッ! という機械音と共に喉の奥が光り輝いた。
が、ヤツが何かしでかすよりも速く、俺の左アッパーが零号機の顎を粉砕するべく下から唸りをあげる。
エネルギーの奔流に身を任すように、俺の左アッパーが吸い込まれるように零号機の顎に炸裂する。
途端に「んごぱっ!?」と謎の奇声を発しながら、ふわっと身体が浮かび、数メートルほど空中遊泳を楽しむ零号機。
ボシュウッ! と零号機の口の中で何かが壊れる音がしたが、ドチャッ! と肉体と地面が接触する生々しい音のせいで掻き消えてしまった。
俺は左手をマジマジと見つめたあと、数メートルほど先で横たわっている零号機に視線を移し、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんな零号機? どうやら今の俺はバカみたいに元気らしい。絶好調だ」
「そ、そのようだな……クソッ。衝撃波発生装置がお
「大丈夫だよぉ、また私が直してあげるからぁ。今度はもっといいモノを作ってあげるよぉ」
喉を
苦しげな表情を浮かべるその瞳は、ようやく俺を虫ケラから敵対者と認めたのか、素敵な敵意に溢れかえっていた。
そんな零号機とは対照的に、花咲研究員はお気に入りのオモチャを見つけた子どものように、そのやぼったい瞳をキラキラさせながら、俺を凝視していた。
「それにしても、やっぱりロミオゲリオン・シリーズの中でも初号機は別格みたいだねぇ~。野生じみた直感からくる判断力に、人間はおろかアンドロイドすら凌駕する怪物的
「申し訳ありません花咲様。自分の身体的能力についてはトップシークレットですから、お答えすることが出来ません。禁則事項です」
「そっかぁ~、それは残念だよぉ。じゃあ……無理やり奪うしかないねぇ。――弐号機っ!」
「――ッ!」
瞬間、その逞しい人工筋肉から生み出されるエネルギーに押されるように、ぼぅっと立っていた弐号機が俺に肉薄してきた。
剥き出しの肉体は火傷しそうなほどの熱量を孕んでおり、少しの刺激で爆発しそうなイメージを俺に与えてきた。
弐号機の巨大な拳が頭上から降り注ぐ。
ソレを紙一重で躱すと、今度は巨木のごとき逞しい足が、俺の胴体をぶった切るように繰り出された。
まるで巨大な斧のような一撃を身体全体で受け止める。
ズシンッ! と
身体の奥から甘い痺れが湧き上がるのを感じながら、俺は叫ぶように弐号機に声をかけた。
「おいコラ、ハリボテマッチョ!? なにやってんだ、目を覚ませ! その筋肉は見せかけか!?」
「…………」
「だから無駄ですよぉ~。アナタの声はもう弐号機には届きませんからぁ~。それからぁ、余計な動きは見せないでくださいねぇ~。こっちにはジュリエット様が居るってことを忘れちゃダメですよぉ~?」
しょうがないから壊れたテレビの法則に
それは黒く無骨な小型の銃だった。
「……正気ですか花咲様?」
「正気じゃなければこんなことしませんよぉ~。大丈夫ですよぉ、コレ、単なるオモチャのガス銃ですから。まぁもっとも……」
花咲研究員はガス銃の銃口をジュリエット様の足下に向け、数発弾を発射した。
途端に「ひぅっ!?」というジュリエット様の悲鳴と共に、オモチャとは思えないほどの腹に響く重低音が倉庫内を木霊する。
それと同時に、ジュリエット様の足下のコンクリートが
「ちょぉ~っと改造してはいるんですけどねぇ。こんなモノで人体を撃ち抜いたら……どうなっちゃうんでしょうかねぇ~?」
「……この世の中には聖人君子は
「おそらく、腐れ外道でド畜生だな」
「流石はお嬢様。このロミオ、お嬢様の
「……自分たちの立場、分かってますかぁ~?」
笑顔でこめかみをピクピクさせながら、ジュリエット様の絹のような金色の髪を乱暴に握りしめる花咲研究員。
「うぐぅっ!?」と苦痛に表情を歪めるジュリエット様のこめかみをガス銃の銃口でグリグリしながら、花咲研究員は
「私の機嫌を損ねるとぉ、ジュリエット様の身体に一生消えない傷がつきますよぉ~?」
「冗談ですよ。ちょっとしたロミオゲリオンジョークです」
怒らないでくださいよぉ、と肩を竦めながら両手を挙げると、その隙を縫うように弐号機の鉄球のごとき拳が俺の腹部へと突き刺さった。
胃がひっくり返りそうになる一撃を前に、出かかった声を噛み殺し、そのまま後方へゴロゴロと吹っ飛ぶ。
「ロミオッ!?」とお嬢様の心配げな声が大音量となって身体を駆け巡る。
俺は「問題ありません」と言わんばかりに笑みを浮かべながら、立ち上がってみせた。
が、正直胃の中はグチャグチャで、今にも吐きそうなほど気分は最悪だ。
あのマッチョ、マジで手加減なくブン殴りやがったよ……。
「いくら頑丈なロミオゲリオン・シリーズでも、同じタイプのアンドロイドの一撃なら
「……あれ? 今の攻撃だったんですか? 自分はてっきり拳が散歩しているのかと思いましたよ。あまりにも
「……脚、震えていますよぉ?」
「きっと武者震いですね」
不敵な笑みを浮かべながらも、それが強がりだと見抜いているのか、花咲研究員はやれやれと言わんばかりに首を横に振った。
「そんな意固地にならなくても、痛いなら痛いと言えばいいのにぃ~」
「申し訳ありませんが、それは出来ませんね。なんせ意地と
「時代錯誤だねぇ~。そんな肩肘張って生きるのって疲れない~?」
「すっごい疲れますよ」
ぶっちゃけ今すぐ地面に膝を折って腹を押さえてのた打ち回りたい。
なんなら全てを放り捨てて、さっさと家に帰りたい。
俺はそんなどうしようもないほどの弱い男だ。
今も心の奥底では弱音が
それでも――
「それでも、自分は男の子ですから。女の子の前ではカッコよく居ようって決めてるんですよ」
まっすぐ2本の足で地面を踏みしめて立つ。
そうだ、俺は……ロミオゲリオン初号機は
だったら弱音は見せるな。笑顔を浮かべ続けろ。
安堂ロミオは確かに弱い。
超が3つ付くほどのスケベだし、バカだし、アンポンタンのロクデナシだ。
それでもロミオゲリオン初号機のときは、カッコよく居るべきなんだ。
彼女がソレを信じているから。
だから、ロミオゲリオン初号機のときだけは、俺は強者なんだ。
「さて、そろそろ茶番も終わりにしますか。お嬢様、もう少々お待ちください。すぐ片付けますから」
コクンッ、と頷くジュリエット様。
そんな彼女を安心させるべく微笑みを浮かべると、花咲研究員の冷え冷えとした声音が肌を叩いた。
「強がった所で状況は変わりませんよぉ? 弐号機、初号機の動きを封じてください~。零号機、ジャミングの準備をお願いしますねぇ~」
「イエス、マスター」
「了解、ハニー」
パチンッ、と花咲研究員が指を鳴らした途端、肉の塊が――弐号機が弾丸のごとき速度で俺に肉薄してくる。
迫る弐号機の両手をガッツリ握り締め、暴走列車と化した肉団子を受け止める。
と同時に、視界の隅でいつの間にか俺の真横に移動していた零号機がコチラに向かって大きく口を開けていた。
「ジャミング、開始」
「~~~~~~~~ッッッッ!?!?」
瞬間、耳をつんざくほどの高音波が鼓膜を震わせる。
耳を塞ごうにも両手は封じられ、筋肉が硬直し、至近距離で零号機が放つ超音波を全身で浴びる。
あまりのけたたましさに身体の力が抜け、その場で膝を折ってしまう。
「――ジャミング終了。ロミオゲリオン初号機、制圧完了」
「ご苦労様ですぅ、零号機、弐号機。あとは私に任せてください~」
くわんくわんっ、と頭の奥が揺れる変な感覚に囚われる俺の視界では、コツコツと花咲研究員が足音を立てて近づいて来るのが見える。
その目は隠しきれない
「さぁ立ちなさい初号機」
「……はい」
俺は言われた通りスクッとその場に立ち上がった。
それを見て満足そうに笑みを深める花咲研究員。
「よろしい。では私の名前を言ってみてください」
「はい、花咲沙希研究員です」
「では
俺のご主人様の名前?
「自分の、自分の主の名前は……」
「うんうん。大丈夫、言ってごらん」
「自分の主の名前は……」
刹那、ここ数カ月の思い出が走馬灯のように全身を駆け巡る。
それはエネルギーの奔流となり、身体の細胞をこれでもかと活性化させる。
気がつくと、俺の唇は高らかに1人の少女の名前を口にしていた。
「自分の主の名前は……この世でただ1人。ジュリエット・フォン・モンタギュー様です」
瞬間、俺の拳が花咲研究員の顔面に陥没していた。
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