エピローグ 白雪真白はあきらめないっ!

 モンタギュー家の女帝、テレシア・フォン・モンタギュー様の鶴の一声により、無事(?)ましろんの結婚式をぶっ壊すことに成功した1週間後の土曜日。


 俺の後輩を取り巻く環境は大きく変化を見せていた。


 まず、彼女のパパ上が経営していた会社のほとんどがモンタギュー家系列の会社に合併・吸収された。


 それにより何とか倒産はまぬがれたものの、実質経営権はテレシアママンが握る形になってしまい、ほぼほぼ白雪家は没落に近い状態になってしまった。


 結果、俺の後輩の約4カ月にも及ぶお嬢様性活は終止符を打たれ、どこにでも居る普通の女の子『白雪真白』へと戻った。


 もちろん今の白雪家が私立セイント女学院の学費を払えるワケもないので、ましろんは退学のまま。


「なら他の高校に転校したのか?」と言われたら、実はそうではない。


 彼女はモンタギュー家のメイド見習いとして1から勉強するべく、高校には通わずメイドとしてモンタギュー家で働くことになったのだ。


 まぁ本人もお嬢様をしていた頃よりも楽しそうにしているし、これはこれで良かったのかもしれない。


 さて、ではそんな彼女が今現在何をしているのかと言うと――




「――と、言うワケでっ! 今日からテレシア・フォン・モンタギュー様の命令により、ジュリエット様の身の周りをお世話することになりました白雪真白ですっ! よろしくお願いしますっ!」




「……なぁロミオよ? どうしてこうなった?」

「ピピッ。エラー、エラー。回答にお答えすることが出来ません」


 俺とジュリエット様は、可愛らしい白と黒を基調にしたメイド服を着こんでにっこにっこにー♪ と満面の笑みを浮かべてる我が後輩、ましろんと対峙していた。


 時刻は午前10時少し前。桜屋敷の玄関にて。


 ジュリエット様は頬をピクピク痙攣させながら、ニッコニコの我が後輩をどう扱えばいいのか苦心している様子だった。


「あぁ~……ゴホンッ。白雪の姫よ? これは一体何の冗談だ?」


「冗談ではありませんよ、ジュリエット様。それから真白はもうモンタギュー家のメイド、『お嬢様』ではありません。ですので真白のことは気軽に『おい白雪っ!』とでも呼んでください」


「そうか、分かった。なら白雪、今すぐ回れ右して本邸に戻れ。命令だ」

「申し訳ありませんジュリエット様、それは出来かねます。真白はテレシア様の命を受けてここにおりますので、勝手な判断をするワケにはいきません」


 言外に『真白を追い出したかったら、テレシア様にかけあってみるんだな。まぁ無駄だと思うが』と口にする我が後輩。


 その表情は至極申し訳なさそうなのだが、唇は隠しきれない愉悦の笑みで歪んでいた。


 んん~っ、俺の後輩は性格が悪いっ! 先輩、そんな風に育てた覚えはなくてよ?


 溢れ出る愉悦がお嬢様にも伝染したのか、ジュリエットお嬢様は「そうか、そうか。それならしょうがないな」と余裕の笑みを浮かべてましろんと向かい合うが……気のせいか、さっきからコメカミがピクピクしているように見えるんですが、気のせいだよね?


「それでは改めまして、本日よりよろしくお願いします、お嬢様♪」

「あぁ、こちらこそよろしく頼むよ、白雪」


 うふふふふっ、唇に手を当て楽しそうに微笑む美少女2人。


 いやぁ、ほんと可愛い女の子2人がこうして談笑していると絵になるよなぁ。


 でも、何でかな? 2人の笑顔を見てると膝が震えだしてくるのは? これが武者震いなの?


「さてっ、時間ももったいないですし、さっそくお仕事を始めさせてもらいますね?」

「ふぅ……好きにしろ。ボクは部屋に戻って休む。行くぞ、ロミ――」

「かしこまりました」


 そう言って自室へと歩き出すジュリエット様の言葉をぶった切るように、ましろんはスススッ、と俺の真横まで音も無く近寄ってきた。


 そしてそのまま流れるように俺の執事服の裾をチマッ、と握ると、覗きこむような上目使いで、


「ではセンパイ、お仕事の内容を教えてもらえますか? 真白はまだここに来て日が浅いので。そうですね、ここでは何ですし、キッチンの方まで移動しましょうか? ……2人っきりで」

「――ちょっと待て白雪」


 クルリッ、と身をひるがえし華麗なるUターンを決めるお嬢様。その瞳には何とも言えない剣呑な色が浮かんでいた。


 ふぇぇ、お嬢様怖いよぉ~。と萌えキャラ化している俺の真横でましろんはシレッ、とした表情のまま、にひっ♪ と口角を吊り上げた。


「どうかしましたか、ジュリエット様? 真白たちのことはお気になさらず、どうぞお部屋でおくつろぎくださいませ」

「白々しいマネを……ッ!」


「白々しい? ジュリエット様が何を言いたいのか分かりませんね? 真白はただ桜屋敷ここの先輩でもあるロミオさんにお仕事の内容をうかがっているだけですが?」


「む、ぐぅ……ッ!? こ、このセ●クス・オフェンダーがぁ……ッ!?」


 まるで中学3年の冬、卒業前に記念として校舎を全裸で徘徊していた金次狼を偶然見つけてしまった青子ちゃんのように、とんでもねぇ性犯罪者を射竦いすくめるベテラン刑事さながらの厳しい目つきで、勝者の笑みを浮かべる我が後輩を睨みつけるジュリエットお嬢様。


 う~ん、お嬢様、頭に血がのぼり過ぎて女の子が言っちゃいけないことを口にしてるなぁ。


 あと俺の従兄弟が豚箱に片足突っ込んでいてヤバい。どれくらいヤバいかと言えば……もうヤバい。すっごいヤバい。とにかくヤバい。あとヤバい。


 なんで公安はあんな危険生物をノーマークで野に解き放っているんだ? ちゃんと仕事してんのかアイツら?


「こんなコトなら口添くちぞえしなければよかった……」と何やら激しく後悔しているジュリエット様をスルッとスルーして、花が咲いたように笑みを深めるましろん。


「じゃあ行きましょうか――セ・ン・パ・イ♪」


 そう言っていつもの『センパイ』呼びに戻ったましろんが、今日も元気に俺の手を引いて歩き出す。


 その背後を「ま、待てっ!? ボクを無視するなっ! ボクも行くぞっ!?」と慌てた様子で着いてくるジュリエット様。


 俺は2人のやりとりに内心肩を竦めながらも、顔の筋肉が緩まないように表情筋に力をこめる。


 うんうん、やっぱり俺の後輩はこうでなくっちゃね。


「ほらほら、行きますよセンパイっ! 時間は有限なんですからっ!」


 にひっ♪ と子どものように屈託くったくなく笑う彼女の姿は、何だかとっても魅力的だった。

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