第25話 アンドロイドは砕けないっ!

「まったく、思い込んだら一直線なのはおまえの悪いクセだぞ白雪?」


 そう言ってツカツカとバージンロードを逆走し、まるで本日の主役と言わんばかりに、堂々と金色の髪をなびかせコチラに歩いてくる女性に、この場に居る全員が息を飲んだ。


 もはや可愛いや綺麗を通り越して暴力的とまで言える美貌びぼうと色気、そして目を見張るほどの抜群のプロポーション。


 真紅のワインレッドのスーツに肩にかけたトレンチコートという出で立ちは、さながらマフィアの首領ボスといったところだ。


 だというのに、顔からは近所のワルガキのように微笑をたたえている。


 そのアンバランスとも呼べる不思議な魅力に、俺は時を止められたように数秒間ほど見惚れてしまった。


「て、テレシア様……」

「そんな他人行儀な呼び方はよせ。私とおまえの仲じゃないか。昔みたいに『てっちゃん』で構わないさ」

「さ、流石にこの歳でその呼び名を言うのはキツイです。それに私はもう白雪家当主ですから、周りの目もあります。あとここには部下も居ますので、あまり変な事を言うのはやめていただきたい」


 ましろんパパがそう口にした瞬間、『テレシア』と呼ばれた美女は、これみよがしにため息をこぼして見せた。


「ハァ~、ツマラナイ男になったねぇ、おまえ。昔のおまえは女1人のために身体を張れる魅力的な男だったのになぁ……そこに居る我が社のアンドロイドのように」

「ッ!?」


 そう言ってましろんパパから視線を切る美女。


 そのまま流れるようにボロボロな俺の対面に立ち、何かを見定めるようにジロジロと顏を覗きこんでくる。


 俺は身体を硬直させながらも、必死になって頭を高速回転させていた。


 この美女が誰だか分からない以上、今下手に動くのは危険すぎる。


 かと言ってここに長居するのも危険だし……どうする? 一か八か、さっき開けた風穴を通って外へ逃げるか?


 チラッ、と例の銀ピカロボが倒れている場所へ意識を向けると、『テレシア』と名乗る美女はそっと俺の耳元までその潤んだ唇を持って来て、



(大丈夫、私は君の味方だよ)



 と言った。


(それよりも、もっとよく顔を見せておくれ? ……うん、やっぱりあの人の息子だな。目元の辺りとかソックリだ)

「ッ!?」

(おっとぉ、そんなに警戒しないでおくれ。寂しいじゃないか。大丈夫だよ、君がアンドロイドではなく人間であることは娘たちには言わないでおいてあげるから。むしろ私としてもその方が都合がいいしね)


 今度こそ心臓を鷲掴みにされたように呼吸が止まった。


 この人……俺の秘密に、正体に気づいているのか!?


 耳元で甘い声を出されたせいか、それとも決定的な秘密を握られているせいか、背筋がゾクゾクする。


 気がつくと、俺は警戒レベルをMAXまで引き上げていた。


「あ、あなたは一体……?」

「なぁに、通りすがりのお金持ちさ」


 そう言って子どものように微笑む美女の顔が、何故か俺のご主人様の笑顔と重なった。


「さて、それじゃさっさとこんな茶番を終わらせるとするかねぇ。……白雪っ!」

「な、なんでしょうか?」


 美女あらためテレシアさんに名前を呼ばれたましろんパパの肩がビクッ! と跳ね上がる。


 まるで借りてきたキャットのように大人しくなったパパ上に、テレシアさんは近所の駄菓子屋に行くようなフランクな感覚で、


「アンタの会社、ウチが買い取るわ」

「えっ? ……えっ!?」


 ビックーンッ! と浜に打ち上げられたハマチのように身体を硬直させるパパン。


 口を金魚のようにパクパクさせながら「な、なんで……?」と口にするパパンに、テレシアさんは何も答えない。


 それはまるで「答える必要はない」と言わんばかりの態度だった。


 そんなテレシアさんの姿を見て、何を言うでもなく「……はい」と力なく頷くましろんパパ。


 まさに傲慢の権化のごとき姿勢。本来なら許されない態度だ。


 だが世の中にはそんな傲慢が許される人間がごく少数だが存在することを俺は知っている。……ウチのママンとかね!


 テレシアさんもおそらく、我が家のママンと同様にそのごく少数側の人間なのだろう。


 そう考えたら背筋が冷たくなった。マジで何者なんだよこの人?


「それからそこの、白雪の娘」

「は、はいっ!」


 突然名前を呼ばれてパパン同様にビックーンッ! とお股に仕込んだローターを突然ONにさせられたJKのように背筋を伸ばす我が後輩。


 そんなましろんに向かって、色気が立ちのぼっているかのように蠱惑的な笑みを深めてテレシアさんはこう言った。


「おまえはたった今、この瞬間、私に買われたわ。よっておまえの生殺与奪権はこのテレシア・フォン・モンタギューが握っていることになる」

「……へっ? も、モンタギュー? あれ?」

「ッ!?」


 困惑した声をあげるましろんの隣で、俺は雷に打たれたように身体を震わせていた。


 あぁっ!? そうだ、思い出したっ! 思い出したぞっ!


 確かアンドロイドになる前に親父に渡された資料で見たことあるわ、この人!


 この暴力的なまでの色気と存在感は、間違いない。あの姉妹の母親だ!


 ジュリエット・フォン・モンタギュー様とマリア・フォン・モンタギュー様の実母にして、世界規模の資産家でもある現モンタギュー家の御当主様――テレシア・フォン・モンタギュー様だ!?


 えっ、ちょっと待って? わかっ!?


 写真で見るよりわかっ!? モンタギューママ若っ!?


 えっ、うそ? 波紋の呼吸でも使ってるの? お肌ピチピチじゃん、ぴちぴちピ●チじゃんっ!


 ほんとに二児の母親か!? ウチの母ちゃん100万人分くらいのお肌年齢じゃんっ!


「おまえは今、白雪家令嬢ではなくただの1人の小娘、『白雪真白』であることは理解出来るか?」

「は、はい。り、理解しました……」


「よし。なら最初に言っておくぞ? 私は仕事が出来ない無能とイケメンがこの世で一番大っ嫌いだ。そんな奴らに私の大事な時間をかされたと思うと、捻り潰したくなる。正直、こんな茶番に付き合わされてイライラしているし、何なら君の身柄を風俗に売り飛ばしてしまってもいいとさえ思っている」


「……はい」


 スカ●ターがぶっ壊れそうなほどのテレシア様のお肌年齢にビックリしている俺を尻目に、冷酷に、淡々とましろんに言葉をぶつけるモンタギュー家当主様。


 そのあんまりな言い分のおかげで我に戻った俺は、テレシア様の視線からましろんを庇うように身体を滑り込ませた。


 ふざけんな、ここまで来てそんなエンディングなんて俺は死んでも認めねぇ。


 俺の後輩は風俗になんかに売り飛ばさせないぞ?


 と、徹底抗戦の構えでテレシア様を射竦いすくめるが、当の彼女は「大丈夫」と言わんばかりに俺に向けてウィンクを飛ばしてきた。


「だが、どんな人間だろうと等しくチャンスは与えるべきだと私は考えている。そこで、君の存在価値を私に示してみせろ」

「存在価値を示す……ですか? それは一体……?」


 おずおずと言った様子の我が後輩に、テレシア様はガキ大将のような無邪気な笑顔を浮かべ、


「白雪真白くん。君は今日からモンタギュー家専属のメイド見習いとして働いてもらう」

「「ッ!?」」


 驚きに顔を見合わせる俺とましろん。


 それってつまり……今回の結婚の件はそれでチャラってことか?


「ちょっ、待ってくださいテレシア様!?」

「待たない。これは決定事項だ」


 慌ててテレシア様に言い寄ろうとするましろんパパだったが、にべもなくバッサリ切り捨てられてしまう。


 が、それでも必死に食い下がろうとするパパン。


「で、ですが――ッ!?」

「あぁ~、うるさいうるさい。大体おまえが負債ふさいなんかかかえなければ、こんな事にはならなかったんだろうが」

「そ、それはそうなんですが……」

「娘が心配なら、さっさと会社と家を建て直して私から買い戻してみせろ」

「て、てっちゃ~ん……っ!?」


 そんなあんまりなぁ……、と何とも言えない表情で顔を歪めるましろんパパ。


 ちょっとだけスッキリしたのはナイショだ。


 テレシア様は話は終わりだと言わんばかりにパンパンッ! と2つ手を叩いて鋭く「はい、おしまい。みんな撤収、撤収ぅ~♪」と口にした。


 それだけであちこちからため息がこぼれ、空気が弛緩しかんしていく。


 そしてテレシア様と半泣きのましろんパパを先頭に、みなゾロゾロと教会を後にして行く。


 残されたのは俺とウェディングドレスを着こんだ後輩だけ。


「え~と……センパイ、これは?」

「……とりあえず、一件落着ってことでいいんじゃないか?」


 耳が痛いほどの静寂の中、俺とましろんの声だけが教会へと反響する。


 我が後輩はいまだに状況が少し飲みこめていないのか、確認するようにその愛らしい唇を動かした。


「ということは、真白はもう結婚しなくていいってことですか?」


 俺は返事の代わりにため息を1つだけこぼし、そっと彼女に右手を差し出した。


「帰るか、俺たちの家に」

「……はい、センパイッ!」


 まるでお手でもするかのように、俺の手を握る後輩の顔は笑顔だった。


 涙の後が残る顔で、それでも俺の後輩は笑っていた。


 あの全てを諦めたような笑顔じゃない、俺がいつも見ていた心が軽くなるような笑顔で。


 それだけでここまでやった帳尻が全部あったような気がした。


「あっ、そうだ。忘れないうちに言っとくわ」

「はい? 何をです?」


 コテン、と可愛らしく首を傾げるましろんに、俺は会心の笑みを浮かべながら、


「そのウェディングドレス、似合ってるぜ」

「……む、むぅ……」


 後輩はひどく赤面した。

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