第7話 安堂ロミオは逃げ出したい! ~家宅捜査編~

 何事においてもそうだが、往々おうおうにして圧倒的才能は人々を黙らせてしまうコトが多々あるモノだ。


 例えばそう、俺が中学に上がったばかりの頃なんかがいい例だ。


 中学生と言えば『性』という偉大なる航路グランドラインに出航したばかりの海賊のようなモノ。


 そんな奴らにおいてエロい本はもはや生活必需品以外の何物でもなく、誰しもが有しているのは自然のことわりのように疑う余地がなかった。


 のだが、実は我が従兄弟、大神金次狼おおかみきんじろうの部屋にはある時期までその手の素敵アイテムがまったく存在していなかったのだ。


 コレだけ聞けばみな『奴は解脱げだつ、もしくは真に理性のみをり所とした知的生命体へとワープ進化したのか!?』と思うかもしれないが……実はそうじゃない。



 真実はもっと残酷で、邪悪だった。



 中学男子にとって『性』という事柄はある意味大人の象徴であり、タバコやお酒のようにインスタントで大人になれる気分を味わうことが出来る事象の1つであった。


 だからそういう話題をサラリと言えるのが大人で、カッコイイ! みたいな純度100パーセントのバカ思考をしている中学生は世界に数多くおり、それは俺たちの中学校にも居た。


 その筆頭となっていたのが、俺の元クラスメイトの脇坂わきさかくんだ。


 当時のウチのクラスの男子には、明るくて優しいクラスのリーダー的存在の秋山くんや、ゲスなコトを考えさせたら右に出る者は居ない板野くん、人々に勇気と希望を与えるコトに関しては比類なき才能を発揮する川田くん、そして説明不要の金次狼という妙に個性的な人材が揃っていたため、人気者になりたいが突出した個性を持っていなかった脇坂くんは自然と影が薄かった。


 だからこそ、彼は下ネタというアナーキーなジャンルに切り込んでいったのだ。


 脇坂くんはあえて女の子の前でそういう話題を口にし始めるコトにより、自分の存在を周りにアピールしながら、恥ずかしがって閉口へいこうしてしまう男子を子ども扱いして優越感に浸る小悪党であった。


 そんな未来の犯罪者である脇坂くんがある日、クラスの中央でふんぞり返りながら、


『なぁ、今夜のおまえらのオカズってナニ?』


 と、中学生という免罪符をフルに活用してもギリギリアウトな質問を全員に聞こえるように、ニヤつきながら口にしたのが終わりの始まり。


 青子ちゃんを除き、クラス内に居た女子生徒全員が『うわぁ……』と汚物でも見るような目を俺たちに向けてくる。


 そんなドM大歓喜の視線にさらされながら、何人かの男子生徒はノリノリで答え、女子人気の高い男子生徒は曖昧な答えを口にして場を盛り下げつつも逃げ切る派閥に別れた。


 中でも印象的だったのは『今日はカレーライス♪』とけがれを知らない中田くんや、『コーヒー豆のような肌をしたプリプリのお尻が魅力的なアメリカのモデルさん!(46歳)』と10代前半にして世界と戦える素質を開花させた逸材、桜井くんたちだろうか。


 まぁ、それはそれで女子たちから『うわぁ……』というリアクションを引き出していたが。


 もうお分かりいただけたと思うが、ある種この手の質問をされること自体バツゲームなのだ。


 そんな中、脇坂くんの矛先がついに金次狼へと向いたのだ。


 瞳を閉じて、己の魂と対話するかのようにムッツリと黙り込む金次狼。


 脇坂くんは『おいおい! まさか大神も中田側かよぉ? まったく、お子ちゃまだなぁ!』とあざけりバカにしてたっけ。


 コレには流石の俺も文句を言ってやろうと脇坂くんに食ってかろうとしたが、知的でクールなナイスガイとしてかよっている俺に火の粉が降りかかり、女子生徒からの人気が下がる質問をされるのは看過できない懸念けねん事項だったので、俺は泣く泣く金次狼を見殺しにすることを決めたっけ。


 だが金次狼には俺の助けなど必要なかった。


 そう、この男は並みの男ではないのだ。


 ソレを脇坂くんが知らなかったのが運の尽き。


 彼のあざけりは【大神金次狼】という才能を開花させてしまったのだ。


 そして金次狼は中学3年間の青春と引き換えに、パルプ●テに匹敵する真実の呪文を口にした。








 ――小学校の修学旅行の写真、と。








 瞬間、水を打ったかのように静かになる我がクラス。


 他のクラスの喧騒けんそうが反響してしまうほど異様に静かになってしまった教室の中で、俺たちはヤツの言葉を噛み砕き、理解しようと必死に頭を回転させた。


 しょうがっこうのしゅうがくりょこうのしゃしん……しゅうがくりょこうの写真……修学旅行の写真。


 だんだんと事態を飲みこめてきた女子生徒の顔色が、青色を通り越して紫色になっていく。


 そう言えば、修学旅行や遠足なんかに行ったとき、金次狼は自分が映っていなくとも全部購入していた記憶が事態の理解に一役買ってくれた。


 てっきり仲間想いな男なのだとばかり思っていたのだが……真実はあまりにも残酷で醜悪しゅうあくだった。


 俺はこの日、真に突き抜けた才能は人を黙らせることが出来るコトを知った。


 これこそが本物の証であり、【大神金次狼】というたぐいまれなる才能を有した男のみが足を踏み入れることが出来るステージなのだ。


 もはやその圧倒的才能の暴力を前に、何も言えなくなってしまう脇坂くん。


 俺は心の広辞苑に『【写真】――詠唱すると周りを沈黙させることが出来る禁断の呪文』と書き加えながら、哀れみをこめた視線で脇坂くんを見続けた。


 その日を境に脇坂くんは皆の前で下ネタを言うことをやめ、無理に人気者になろうとすることを辞めた。


 ちなみに補足説明させてもらうならば、修学旅行の写真とはいえど、当時の俺たちからしたらほんの1年前の写真であり、知り合いのちょっと前の写真というレベルである。


 だから金次狼がロリコンだとか、犯罪者予備軍だとかそういうコトは断じてない。ヤツの名誉のためにもコレだけはハッキリ言っておこうと思う。


 アイツの好みは年上お姉さん系だ。


 もっと言うなら『おねショタ』が大好きだ。


『おねショタ』の魅力に気づいたときには、もうショタではいられないジレンマに頭を悩ませながら、




『おねショタの主導権をショタに握らせるな!』




 と力説していた頃の金次狼が懐かしい。元気にしているのだろうかアイツは?


 それにしても、やはり金次狼は凄い。


 もう何が凄いって、日々クラスの女の子の写真で自己鍛錬を行い、学校や街中で彼女たちと会うたびに、心の奥底でニチャリッとほくそ笑んでいたのかと思うと、人類という生き物がいかに醜悪で業が深い生命体か考えずにはいられない。


 こうして金次狼は中学3年間の青春と引き換えに、ヤツがカメラないしはスマホを取り出すと、青子ちゃんを除く女子生徒全員が周りから居なくなる特技を習得した。


 とまぁこのように、圧倒的才能は時として人を黙らせてしまうことが多々あるのだ。


 さて、ソレを踏まえた上で、今、俺たちが置かれている現状を整理してみようか。


 美少女3人を引きつれて久しぶりに実家へ帰って来たと思ったら、自室がエロ本になっていた。


 うん、ナニ言っているのか分からないよね? 俺も分からないや!


「……なんだ今のは?」


 目の錯覚か? と言わんばかりに独りごちるジュリエット様。


 その傍で目を真ん丸にして固まってしまうマリア様。


 おそらくああいうたぐいの本を初めて見たんだろうな。マリア様は「理解出来ない……」と言わんばかりにポカンッ、と口を開けて直立不動で硬直していた。


 そんなマリア様を見ていると、真っ白な雪原の上の全裸でダイブしたときのような言いようのない背徳的な快感が背筋をゾクゾクと駆けあがっていくのを感じる。


 なんだろう……ちょっとクセになりそう。


 こうとびきりムチムチな子……もとい無知な女の子に性的なコトを教え込むって言うのは、ある種ピカピカに磨かれた窓ガラスに指紋をベタベタつけるかのような気持ちよさがあって、その……なんだ? ハァハァ。


 なんて独りコッソリ興奮している間に、我に返ったマリア様がポショリと声を漏らした。


「あっ。司馬殿を部屋に置き去りにしてしもうたぞ姉上?」

「……またココを開けるのか?」


 もう開けたくない、と言外に口にするジュリエット様。


 その瞳はさっさと家に帰りたい! と雄弁に語っていた。


「気持ちは分かるが、さすがに司馬殿と約束した手前、勝手に帰るのはマズかろうて?」

「それは、そうだが。うぅ~……」

「女は度胸じゃぞ、姉上?」

「うぅ~……ハァ。しょうがない。ロミオ、ボクの代わりにココを開けてくれ」

「かしこまりました」


 硬い声でそう告げるジュリエット様の前に身を滑り込ませ、ドアノブに手を伸ばす。


 触り慣れた感触が酷く懐かしい、なんて感慨かんがいふけるヒマも無く、俺はゆっくりと扉を開けた。


 そして今再び無数の桃色グッズと、ソレを歴戦の科学者のような鋭い視線で検分している涼子ちゃんの姿が飛び込んできた。


 世界広しと言えど、エロ本という名のお花畑で大人のオモチャとたわむれる女子校生など彼女くらいなモノだろう。


 もしこの場に金次狼が居れば『はっは~ん? さてはこれからエロ本パーティーですな?』とバカ・フルアクセルなことをのたまいながらルパンダイブしている所だ。


 そんなことを考えていると、その愛らしいお顔を真っ赤にさせたマリア様が、チラチラとドスケベ本と俺の顔を交互に見比べながら、


「お、男子おのこの部屋というのは、こういうモノなのかぇ?」

「いや、違うぞマリア。……どうやら『安堂ロミオ』という男はロクでもない男だったらしい。ロミオのモデルになった男とは到底思えない下劣さだ」


 マリア様のお言葉を否定しながら、目の前に広がるワンダーランドを前に、まるで汚物でも見るかのように冷たく言い放つジュリエット様。


 い、いけない!? ジュリエット様の中で俺の株価が大暴落している!?


 ち、違うんですお嬢様! これらの桃色グッズは俺のモノじゃないんです!


 そう、この桃色グッズたちは俺の私物ではない。断じてない!


 そりゃ俺も男の子ですから、多少そういう本は持っていますけどね? こんなにたくさんは持っていませんよ! 本当です! 信じてください!?


 そもそもっ! 俺の部屋はこんなに汚くありません!


 というか何だ!? あの部屋の中央に置かれたシリコン製の筒は!? インテリアのつもりか!?


 と、声を大にして叫びたい! 超叫びたい!


 しかし今の俺は『ロミオゲリオン』。『安堂ロミオ』ではない。


 ここで必死に否定すればお嬢様の中で『ロミオゲリオン』に対する疑念が生まれかねない。


 く、クソゥ! どうすればいいんだ!?


 こうなったら異世界でスライムに転生して一国の王になったあげく最終的に神様さえ超越する力を手に入れて全てをやり直すしか!?


「お待ちくださいジュリエットさま。コレは断じてお兄さまの私物ではありませんわ」


 俺が1人謎のテロリズムを前に頭を悩ませていると、部屋の中央でベテラン刑事さながらにエロ本を検分していた涼子ちゃんが力強く、確固たる確信を持ってその愛らしいお口をひらいていた。


「ほほぅ? 面白い事を言うな司馬の姫よ。その根拠はなんだ?」 

「ワタクシの頭の中にはお兄さまが購入した桃色本のタイトルから中身まで、全てが記録されています。そしてたった今、この部屋のおおまかな桃色本のタイトルを頭の中で検索した結果、該当はありませんでしたわ。つまりコレらの本はお兄さまの私物ではありません!」


 迷いなくそう答える涼子ちゃん。


 うん、色々言いたいことはあるが、今は俺の汚名をそそぐコトが重要だ。


 頑張れ涼子ちゃん!


「し、しかし司馬殿? その『安堂ロミオ』殿が何度か家に帰ってきて、その際に置いて行ったという可能性?」

「ありえませんね。先ほどこの部屋に仕掛けた監視カメラを確認した結果、ロミオお兄さまの姿は1度も確認されませんでしたわ」


 あぁ、やっぱりまだ監視カメラはあったんだぁ。


 一体いつ仕掛けたんだろうこの子?


 というか、我が家のセキュリティ、ガバガバ過ぎません?


 おいおい、ノリのいいビ●チな非処女でも、もう少しガードは固いぞ?


「では司馬の姫よ? この現状の仕業が『安堂ロミオ』ではないとするならば、一体誰だと言うのだ?」

「その答えは、ここにあります」


 そう言って涼子ちゃんは自分のスマホを俺たちに向けて差し向けた。


 彼女のスマホの画面、そこには……俺と同年代の黒髪オールバックの男がいそいそとドスケベ本を俺の部屋へと置いている姿が映し出されていた。


 俺はこの男を知っている。


 彼、いやコイツの名は――





「真犯人の名前は『大神金次狼』。ロミオお兄さまの従兄弟いとこにして、お姉さまの幼馴染み。そして……おおいなる人間のカスの名前ですわ!」




 最後のだけは全面的に同意だった。

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