第18話 ぽんこつアンドロイドは悪役令嬢を看病する夢を見るか?

 マリア様とラブラブデート(?)をした翌日の朝7時。


 ゴールデンウィークもいよいよ後半戦に突入しようとしたこのタイミングで、我が桜屋敷ではちょっとしたトラブルが発生していた。


 そう、あのお優しいマリア様がお熱を出して横になってしまったのだ!


「だ、大丈夫ですかマリア様っ!? し、死んではいけません!」

「こ、この程度の熱で亡くなるかバカ者……」

「で、ですがっ!? さ、38度5分もあるんですよ!? 高熱ですよ!?」

「声がデカいわ……頭に響くからやめぬか。こんなモノ、1日大人しく寝ておればすぐに治るわ」

「ほ、本当ですかっ!?」

「うぅ……だから声がデカいと……ハァ。もうよい、横になっておれば治るから、おまえは自室に戻っておれ」


 いつもなら小言の1つや2つくらい飛んできそうなタイミングなのに、マリア様は寝巻き姿のまま、ベッドの上で気怠けだるそうな声をあげるだけで、とくに何も言ってこなかった。


 これは非常事態だ! 緊急事態宣言だ!


 俺は改めてベッドの上で横になっているマリア様を見つめた。


 瞳も潤んで、頬も若干紅潮しており、熱っぽい吐息を何度も繰り返し吐き出しているマリア様のお姿は何ともツラそうだ。


 どうやら本気で具合が悪いらしい。


 どれくらい悪いのかと言えば、我が偉大なる盟友、大神金次狼の中学時代の成績ぐらい悪いと言えば分かりやすいだろうか。


 なにソレめっちゃ悪いじゃんっ! た、大変だぁっ!


 従兄弟は頭が悪いし、マリア様は具合が悪いし、後輩は性格が悪いし……いったい俺はどうすればいいんだ!?


 恥ずかしながら、生まれてこのかた病気には一度もかかったことがないため、看病の仕方がまったく分からない!


 こ、こういう時、俺は一体どうすればいいんだ!?


 祈ればいいのか? 踊ればいいのか? 脱げばいいのか!?


「ま、マリア様……」

「……むっ? まだ居ったのか?」

「じ、自分に何か出来るコトはありませんか? な、何でもヤリますよ!?」

「なんでキサマがそんなに慌てておるんじゃ……? 別に何もせんで良いし、そう狼狽うろたえんでもよいわ」

「で、ですが……」

「妾の事は気にするな。もう慣れたモノじゃから」

「? な、慣れたというのは、どういう意味ですか?」


 本当なら病人を静かに寝かせてあげるのが1番なのだろうが、このときの俺はそんな発想なんぞまったくなかったため、ついマリア様に聞き返してしまった。


 マリア様は珍しく苦笑を浮かべながら、真っ直ぐ虚空だけを見つめて、うわ言のように唇を動かした。


「もともと妾はそんなに身体が丈夫な方ではないんじゃよ。ちょっと無理をすればすぐにガタがくるポンコツなんじゃ。ほんと自分の身体のことながら繊細せんさい過ぎて嫌になるわい」


 まぁ普段は気を張っておるから、多少無茶をしようが気合で乗り越えることが出来るんじゃがな。


 と続けるマリア様。


「それでもたまに予期せぬ外部からの刺激により、張っていた糸が千切ちぎれて、こうなってしまうコトがあるんじゃ。だからキサマは気にせんでよい」

「『予期せぬ』って、昨日何かあったんですか? あっ、もしかして自分がマリア様を無理やり遊びに誘ったからソレで!?」

「だから気にするなと言っておろうが」


 さすがに喋り疲れたのか、マリア様は瞳を閉じて、大きく息を吐き出した。


 うん、コレ以上無理をさせるのはよろしくないよな。


 俺はマリア様の言いつけ通り退出するべく、彼女に向かって小さく頭を下げた。


「分かりました……では自分は仕事に戻ります」

「うむ。精進するがよい」


 そう言ってマリア様は力尽きたかのように全身を脱力させた。


 俺は彼女の規則正しい呼吸音を聞きながら、しぶしぶ本来の仕事に戻るべくマリア様のお部屋を後にするのであった。



 ◇◇



 一通りのお仕事も終え、ほんの少し手が空いた俺は、キッチンにこもりマリア様へのお昼ごはんを作っていた。


「う~ん、病人と言えば『おかゆ』なんだろうけど、作り方が分かんねぇんだよなぁ」


 なにぶん看病をしたことも、されたこともないため、『おかゆ』なんていう高等料理を作った事が無い。


 しょうがないので代替だいたい案として、我が家のママンが大好きな柚子風味のサッパリ雑炊ぞうすいをチョイスすることにした。


 これなら作り慣れているし、なにより『おかゆ』っぽいからマリア様でも何とか食べられるだろう、うん。


 俺はパッパと鍋に昆布をぶちこみダシをとりながら、雑炊の準備に取り掛かった。


 数十分後、いつも通りの我が家の雑炊が完成し、ソレを台車の上に乗せて、ほこり避けに銀パカを被せ出撃準備完了。


「ロミオ、行っきまぁ~すっ!」


 と、1人機動戦士ごっこをしながら台車を押してマリア様が眠っているであろうお部屋へと突貫するナイスガイ、俺。


 控えめに3回ノックし、ゆっくりと部屋の中を確認するように扉をあける。


「失礼しまぁ~す。お加減はどうですかマリア様――って、寝てる……」


 ベッドの上で横になるマリア様のもとまで足音なく近づくと、そこには苦しげな表情で寝息を立てているマリア様の姿があった。


 う~ん、ちょっと寝苦しそうだなぁ。


「あっ、そう言えば念の為に濡れタオルを持って来てたんだった」


 確かラブコメの幼馴染みヒロインが主人公を甲斐甲斐しく看病しているとき、額に濡れタオルを置いていたのを思い出して一応持ってきたんだが、どうやら役に立ちそうだ。


 俺は寝苦しそうにしているマリア様の額に濡れタオルをポンッ! と置いて見せた。


「これでよしっ! と。あとは……起こすのも忍びないし、今はゆっくり寝かせてあげようか」


 とりあえずこの雑炊は俺のお昼ごはんとして処理するとして、午後からどうすっかなぁ。


 と、今後の方針について頭を悩ませながら、マリア様が眠っていらっしゃるベッドから離れ、




 ――クイッ。




「おっとぉ?」


 ベッドから離れようとしたその際、何者かによって俺の執事服の裾が引っ張られた。


 いやまぁ、このタイミングで裾を引っ張る人間なんて1人しか居ないんだけどね。


 俺は再びベッドの近くに腰を下ろしながら、苦しげにうめいている彼女に向かって声をかけた。


「申し訳ありませんマリア様。起こしてしまわれましたか?」

「……行かないで」

「はい?」

「行っちゃヤダ……」


 俺の裾を引っ張るマリア様はうわ言のように何度も何度も「行かないで」「行っちゃヤダ」と繰り返す。


 一瞬起きたのかと思ったが……違う。


 どうやら寝惚けているらしい。


 マリア様は焦点の合っていない瞳を俺の方に向けながら、


「おねがい……1人にしないで? 一緒に居て……一緒に寝て?」

「えっ? ……えっ!? い、一緒に寝て!? そ、そそ、それはつまりっ!?」


 抱けというコトか!? そうなんですか? そうなんですね!?(確信)


 おいおいっ、マリア様ったら俺よりも大人の階段を上る気マンマンやでぇっ!


 ホップ、ステップどころかジャンプで一気に上る気やでぇこのぉ!?


 どうする!? イクか!?


 いやしかし、圧倒的に経験がない今の俺に女を持て余したマリア様を満足させるコトが出来るのか!?


 クソゥっ! こんなことなら毎晩ピロートークの練習でもしておくんだった!


 悔やんだ所でもう遅い。コレ以上待たせることはマリア様に恥をかかせるのと同義だ。


 その証拠に答えに詰まった俺を見て、マリア様がせっつくようにその愛らしい唇を動かしてみせた。


「1人はヤダよぉ。おねがい……お姉ちゃん」

「――って、お姉ちゃんかいぃぃぃっ!?」


 どうやら今のマリア様には俺がジュリエット様に見えているらしい。


 ……何か気が抜けたわ。


「熱で変な夢でも見てんのかな?」

「1人にしないで、一緒に居て……お姉ちゃん」

「…………」


 気がつくと俺は、執事服の裾を握りしめていた彼女の柔らかい手をそっと包み込むように両手でおおっていた。


 俺にしているコトに意味なんて無いかもしれない。


 それでも、この優しい女の子が少しでも安心して眠れるように。


 ほんの少しでも幸せな夢にひたれるように。


 そんな小さな祈りと共に、俺はマリア様に向かって囁くように言葉をこぼした。


「大丈夫だよマリア。お姉ちゃんはココに居るから」

「ほ、ほんとに? ずっと一緒に居てくれる? マリアを1人にしない……?」

「もちろん。可愛い妹を1人になんかさせないわ。ずっと、ずぅぅぅぅっっっと! 一緒に居るわよ」

「お母さんは?」

「お、お母さん? お、お母さんはねぇ、え~と……」


 おいおい、なんて要望の多いお姫様なんだ。


 と、内心ちょっと慌てながら、急いで喉の調子を整え、


「お母さんよぉ~(裏声)。すぐ傍に居るわよぉ~(裏声)」


 自分でやっておいてアレだが……こんなオフクロは嫌だ。


 というかオフクロじゃないもんコレ、二丁目あたりでチョメチョメしてる人の声だもん。


 さすがに1人2役は無理があったか!? とマリア様の顔色を窺うが……どうやらアレでよかったらしく、彼女は目に見えて表情を緩めながら「お母さんだぁ……」と嬉しそうに呟いた。


 えっ? ほんとにアレでいいの、ママン?


 モンタギュー家のご当主様の性格がすごく気になる所だ。


「みんな一緒に居てくれる? マリアを1人にしない?」

「もちろん。お姉ちゃんもお母さんもマリアを置いてどこにも行かないわよ」

「……ありがとう、お姉ちゃん」


 それっきりマリア様は力を失ったように何も喋らなくなった。


 その代わり、俺の耳には彼女の規則正しい寝息の音と、穏やかな寝顔だけが映し出されている


 どうやら上手くいったらしい。


 俺はホッ、と胸を撫で下ろしながらマリア様の手を優しく握り続ける。


「それにしても……モンタギュー家の母親って、オネェ系なのかな?」


 というか、ほんとその人は『お母さん』なのだろうか?


『お母さん』じゃなくて『オカマさん』だったりしない?


「まぁいいや。それじゃ俺は自分の仕事に戻って……」


 と、やんわりマリア様の手をほどこうとして。


「えへへ……お姉ちゃんの手、温かくて、大きいね?」

「…………」


 最初に部屋に入って来たときとは打って変わって、すごくリラックスした表情で寝息を立てるマリア様。


 本当に気持ち良さそうに眠っていらっしゃる。


 これが俺と手を繋いでいるからだとしたら……。



「……離すわけにはいかないよなぁ」



 俺は再び彼女の手をぎゅっ、と握りしめながら、小さな苦笑を浮かべるのであった。

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