第18話 ぽんこつアンドロイドは悪役令嬢とラブラブデートの夢を見るか?

『マー坊の仇じゃぁぁぁっ! くたばれヤのつく自由業共ぉぉぉぉぉっ!?』

『ッ!? あぶねぇヤスッ!』

『アニキぃ~っ!? アニキぃ~っ!?』


 映画もだいぶ佳境に差し迫ってきたなぁ、と溢れ出る涙の雫をそのままに、食い入るようにスクリーンを凝視する俺。


 そこには青色のスモッグを着込んだ園児のター坊が、機関銃片手にヤクザの事務所にカチコミをかける名シーンが映っていた。


「じょ、ジョーのアニキッ!? そ、そんなっ!? ま、負けないでジョーのアニキッ!」


 俺の横に座っているマリア様が小さく悲痛な声をあげながら、マー坊の放った銃弾から舎弟のヤスを守るべく身をていして彼を守るジョーのアニキを必死に応援していた。


 始まった当初は『なんじゃこのB級映画臭がプンプンする奴はっ!? 絶対にツマランじゃろ!?』と文句を言っていた彼女だったが、気がつくと手に汗握って映画の世界へとトリップしていた。


 何なら隣に俺が居ることすら忘れていそうだ。


 まぁマリア様がこうなってしまうのも仕方がない。


 なんせ俺たちが今ている映画は今年一番の名作と名高い『園児VSヤクザseason20~お砂場での誓い~』というハートフルラブストーリーなのだから。


 ここまでのあらすじをみんなに熱く語りたいのは山々なんだが、おそらく語り出したら文庫本3冊ぐらいの量になってしまうので泣く泣く割愛。


『やめてくださいアニキッ! 今【ひまわり組】にカチコミをかけた所で俺らに勝ち目なんて……』

『ヤスよ……男にはな、勝ち目が無くても闘わなければならない時があるんだよ』

『じょ、ジョーのアニキぃぃぃぃ~っ!?』


 ヤスにそう言葉を残しながら絵本片手にター坊の居る【ひまわり組】にカチコミをかけるジョーの兄貴。


 そのいさましい姿に俺の中で熱い何かがこみあげてくるを感じる。


 一度覚悟を決めたのならば【退かねぇ】【びねぇ】【うつむかねぇ】――まさに男の鏡のような男、いや漢だぜジョーの兄貴。


「ガンバレ……ジョーの兄貴ガンバレ!」


 マリア様も胸が熱くなっているのか、何度も何度も小声で「ガンバレ、ガンバレ」とジョーの兄貴にエールを送る。


 チクショウ、可愛いなこの人。


 今ならこの暗闇に乗じてキスをしてもバレないんじゃないか?


 と俺のよこしまな気持ちなぞ知るよしもないジョーの兄貴が、絵本片手に仲良し幼稚園【ひまわり組】の教室の扉へと手をかけ、




 ――ズダダダダダダンッ!




 と扉越しに銃弾がジョーの兄貴の身体を貫いた。


「ッ!?」


 突然の銃撃に驚いたのか、マリア様がチマッ、と俺の私服の裾を握る。


 いやぁ、確かに今のは驚いた。


 もう心臓が止まるかと思ったよね。あまりの可愛さに……ね?


 ほんとモンタギュー姉妹は天然で俺の男のツボをスナイプしてきやがる。


 何なの? 天性のスナイパーなの?


 まぁ現在スナイパーなのはジョーの兄貴を待ち伏せして一斉に機関銃をぶちまけた【ひまわり組】の園児たちなんだけどね。


 もちろん身体を蜂の巣にされた程度でジョーの兄貴がくたばるハズもなく、クライマックスは兄貴の持って来た絵本をお砂場でみんなに語り聞かせて園児たちと和解、そのままみんなでYOASOBIさんの曲を熱唱してハッピーエンドだった。


 もはや現代の疲れた大人たちにこそ観て欲しい、最高の1本だった。


 余韻に浸りつつ、マリア様の手を引いてゆったりとした足取りで映画館を後にする俺たち。


 余程感動したのだろう、マリア様は目尻に涙のたまを結びながら「うぅ、ぐすん……ジョーのアニキ、ジョーのアニキぃ~っ!?」とうわ言のように繰り返していた。


 どうやら満足してもらえたらしい、おススメした身としては嬉しい限りです!


 そんな俺の視線に気がついたのか、マリア様はハッ!? としたように目尻に浮かんだ涙の雫を指先で拭い、


「ま、まぁまぁじゃったな。うむ、B級映画にしては中々によく出来ておった。B級映画にしては、な」

「ジョーの兄貴、最高でしたね」

「うむっ! とくにあの【ひまわり組】に絵本の読み聞かせをさせるクライマックスのシーンなんぞ近年稀に見ぬ名作――ハッ!?」

「気に入って貰えたようでなによりです」


 途端にマリア様がカァーッ! と耳朶じだまで真っ赤に染めて、犬歯剥き出しで言葉を紡ぎ始めた。


「ち、違うぞ!? 今のは、その……そうっ! 頑張ったジョーのアニキに敬意を表しただけで、別にこの映画自体を褒めたワケでは――おい下郎ッ! 何故妾の方を見てニヤニヤする!? 不敬であるぞ!?」


 ほんとに違うからのっ!? と年相応に、いやそれ以下に妙に強がるマリア様が可愛らしくってつい笑みが零れてしまう。


 そんな俺の姿が気に入らなかったのか、マリア様は不満を訴えるように俺の手を握る指先に力をこめた。


 が、それすらもイジらしく感じてしまい、余計に笑みを深めてしまう俺。


「その不愉快極まりない笑みをやめぬか、愚か者め。えぇいっ、もうよい! 次はどこへ行くんじゃ!?」

「マリア様はどこか行きたい所とかあります?」

「こんな庶民が行くような場所に妾の行きたい場所なんぞ無いわ。キサマの好きな所で良い、さっさと案内せよ!」

「では映画の感想でも言い合うべく近くのカフェテリアへ――いや、まずは『あそこ』へ行きましょうか」

「『あそこ』?」


 コテンッ、と首を捻る彼女の手をリード代わりに気持ち早めに歩くペースをあげていく。


 そのままゲームセンターの入口近くにあった巨大な筐体きょうたいの中へと彼女を案内する。


 マリア様は物珍しそうに筐体の中でキョロキョロと辺りを見渡し、


「下郎、ここは?」

「ここは現役女子校生の聖地と呼ばれている『プリント倶楽部くらぶ』、またの名を『プリクラ』と呼ばれている神々の住まう場所です」

「ぷりくら……聞いたことがある。確か庶民の女たちがこぞって通う無人の写真屋のコトじゃろう? ほほぅ、ここがそうか」


 マリア様は興味深いと言った様子でモニター画面を凝視していた。


 モニターからは「お金を入れてね♪」と資本主義の申し子と化した女の子の声音で、現金を要求してくる声が鼓膜を撫でる。


 俺はなるべく下心を出さないように気を付けながら、爽やかな笑みを浮かべて何も知らないマリア様に提案してみた。


「どうでしょうマリア様? 庶民の女の子がどのような暮らしをしているのか、社会勉強がてらに自分と一緒にプリクラを撮ってみませんか?」

「ふむ……よかろう」

「ありがとうございます!」


 心の中で「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」と雄叫びをあげながら、素早く財布を取り出す。


 マリア様の御気分が変わらないうちに早くっ! 早くコインを投入するんだ!


 震える指先で500円硬貨を投入口にプラグイン・ロックマ●エグゼ・トランスミッションッ!


 チャリンッ♪ という心躍る音と共に、モニターから女の子の愛らしい声が俺たちの鼓膜を、いや魂を震わせた。


『モードを選んでね♪』

「おっ? 始まったぞ下郎?」

「始まりましたね。あっ、マリア様。モニターが見づらいでしょうし、もっと近くに寄ってください」

「むっ? わかった」


 マリア様がモニターを覗き見るべく、俺に寄りかかるような形で身を寄せてくる。


 途端に彼女のしっとりと汗ばんだ肌から柑橘系を彷彿とさせる爽やかな匂いが熱気と共にむわっ! と俺の鼻腔をこれでもかと蹂躙した。


 もう何ていうか……俺、このあと死ぬんじゃねぇの?


 突然訪れたラッキースケベに感謝している間に、目の前のモニターにピコン、と文字が浮かび上がった。


「【友達モード】と【恋人モード】がありますが、どちらにしますか?」

「【下僕モード】や【他人モード】はないのかえ?」

「あれ? もしかして今自分ディスられてます?」


 心、壊れるかと思った。


「ハァ、しょうがないのぅ。はなはだ不本意ではあるが、【友達モード】で撮影してやろう。はなはだ不本意じゃがな」

「大事なコトなので2回言ったんですか?」

「うるさいぞ下僕? よいからはよぅ【友達モード】を選ばぬか」

「か、かしこまりました」


 マリア様にせっつかれ、俺は慌ててモニターの中で燦々と輝く文字を指先でタッチした。




『恋人モード♪』




「なんでじゃっ!?」

「うぉっ!? ビックリしたぁ……どうしたんですかマリア様? そんな大きな声を出して? 耳が痛いですよ?」

「妾は頭が痛いわっ!?」


 突然「君に届け!」と言わんばかりに、マリア様が怒声とも取れるような悲鳴をあげた。


 筐体の中で反響したマリア様の声音が思った以上に大きく、耳の奥がキーンして……うぅ。


 顔をしかめる俺を無視して、マリア様はキッ! と眉尻を吊り上げ、


「下郎ッ! キサマ何をごくごく自然に【恋人モード】を選んでおる!?」

「【恋人モード】? マリア様は何を言って……」


 俺はモニターの画面に視線を落とし、


「……ほんとだぁ!? 何故か【恋人モード】で撮影することになってるぅ!? なんでっ!?」

「キサマが押したんじゃろがいっ!」


 気がつたらナチェラルに恋人モードを選んでいた。


 な、なんだ? もしや何者かの陰謀か?


 それともゴ●ゴムの仕業か? おのれディケ●ドォォォ!


「おい下郎? 妾の目には、なんら躊躇ためらうことなくキサマの指がまっすぐ【恋人モード】へ向かって行ったように見えたんじゃが?」

「ヤダだなぁマリア様っ! うっかりですよ、うっかり! これは漫然まんぜんたるうっかりですっ♪」

「そんなうっかりあるか!? 妾をイジめて楽しいか!? そんなに妾のコトが嫌いかキサマ!?」


 顔を真っ赤にして「うぅ~っ!」と子犬のような唸り声をあげるマリア様。


 う~ん、どうやらマリア様は少し勘違いをしていらっしゃるらしい。


 マリア様が嫌いかどうかということならば、俺は躊躇ためらうことなくこの場で彼女の唇を奪い、ソレを返答の代わりにしている所ですよ?


『フレームを選んでね♪』

「もうよいっ! そこをどけ下郎! 妾が直々に選んでやるわ!」

「かしこまりました」


 ズイッ! と俺を押しのけ、モニターの画面へと視線を落とすマリア様。


 マリア様はやや焦った様子でモニターの上で手を迷わせて――固まった。


「……おい下郎?」

「どうかなされましたか?」

「何故ハートが盛りだくさんのフレームしか無いのじゃ? イカれてしまったのか、この機械?」


 数秒固まったのちゆっくりとこちらに振り返るマリア様。


 俺はマリア様が覗いているモニターに目線を落とすと、そこには「これでもか! えぇい、これでもか!」と言わんばかりにハートが散りばめられたわくしかなかった。


「おぉ~、流石恋人モードですね」

「感心しとる場合じゃないわ! どうするんじゃコレ!?」

『あと5秒♪』


 プリクラマシーンの無慈悲な声が響く。


 マリア様は、目をぎゅっとつむり「ええいっ! ままよ」という感じで適当にパネルをタッチした。


 選んだのは――ハートでハートの枠組みを作っているハートの大盤振おおばんぶる舞いのフレームだった。


「ノリノリじゃないですかマリア様」

「ち、違うッ! 適当に選んだらソレになっただけじゃ! 他意はないわい!」


 頬を真っ赤に染めながら明後日の方を向くマリア様。可愛いじゃねぇか。


 マジでキスしてやろうかなコイツ? と思っていると『それじゃ撮影をはじめるよ~♪』という声が筐体に木霊した。


『準備はいいかな? いくよ~5、4,3……』

「はぁ!? も、もうかえ……っ!?」

「やべっ!? マリア様、ポーズ取ってください、ポーズ!」

「ぽ、ポーズって何の……えぇいっ!」


 マリア様は「女は度胸じゃぁぁぁぁっ!」と声を荒げながら、慌ててポーズを取ろうとする。


 が、それより早くパシャッと機械音がすると、『こんな感じに撮れました~♪』とさっき撮れた写真がモニターに表示された。


 そこにはピースを浮かべる俺のとなりで、両手を上げて謎のポーズをキメるマリア様が映っていた。


「お~、いい写真ですねマリア様」

「どこがじゃ……思いっきり変なポーズをしとるではないか……」

「だから言ったじゃないですか? 『ポーズ取ってください』って」

「そ、そんな急に言われても無理に決まっとろうが……」


 ややお疲れ気味にマリア様が口を開く。


 と、同時に『たたたったったら~♪』とスピーカーからファンシーな音楽が流れ出した。


「な、なんじゃ、なんじゃ!?」と慌てるマリア様を無視して『次はウサギさんポーズ♪』とモニターの中で急に出てきたウサギがピョンピョンと跳ねながら俺たちに命令を飛ばしてきた。


『それっ! うさぎさんピ~ス♪』

「う、うさぎさんピースぅ!?」


 ギョッとしたように画面を覗き込むマリア様。


「おい下郎! ウサギさんピースってなんじゃ!? うさぎさん、肉球しかないぞ!? ピース出来んぞ!?」

「そりゃアレですよマリア様。……うさぎさんピースですよ」

「だからどんなピースじゃそれはぁっ!?」


 戸惑うマリア様、しかし残念なことに彼女の結論が出るよりも先にプリクラマシーンの容赦のない催促さいそくがはじまる。


『準備はいいかな? いくよ~♪ 5、4、3……』





 ――気がつくと俺たちはカメラに向かって元気よくアヘ顔ダブルピースを浮かべていた。


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