第2話 ぽんこつアンドロイドは恋人とイチャイチャ♪ する夢を見るか?

「――おいどうすんだ親父!? あんな大見得きって!? アンタの息子はなぁ、女というモノを母親しか知らないド腐れ童貞クソモンスターなんだぞ!?」


「お、お、お、落ちちゅけロミオっ! ま、まだ慌てるような時間じゃにゃいっ! と、とりあえず落ちちゅいて……タイムマシーンを探しゅんだ!」


「待て親父っ! 机の引き出しを開けるんじゃない! そこには絶対ナニもないっ!」


 親父を隣室へと連れて行き、扉が閉まるなり、今にもキスせんばかりの勢いで親父に詰め寄るイケメンアンドロイド(ニセ)の俺。


 親父は猛り狂う俺を何とか宥めようと、「落ちちゅけ、落ちちゅけ!」と繰り返しながら、狂ったように机の引き出しを何度も開け閉めし始める。


 どうやら机の引き出しから青いタヌキが出現して過去に連れて行ってくれる未来に賭けたらしい。


「そ、そうだコレは夢だ。夢に違いない。実はパパは今悪い夢を見ていて、朝起きたら小学3年生の夏休みに戻っているに違いない。そのまま慌ててラジオ体操へと向かって、クラスのマドンナのミキちゃんと一緒に勉強して、気がついたら2人の恋が走り出していて――」


「落ち着け親父ッ! 自分を見失うな! というか、こんなコトしている場合じゃねぇんだよ、マジで!?」


 ガクガクと親父の肩を乱暴に揺する。


 ぶっちゃけマジで時間が無いのだ、親父のコントに付き合ってやるほど心に余裕がない。


「ハッ!? こ、ここはどこ……? パパは誰?」

「おいジジィ、マジで時間がねぇんだよ! ボケてる暇があるなら打開策を考えろ!」

「ヤダもぉ~、息子がこわ~い♪」

「ごめん、父親だけど1回言わせ? ぶっ殺すぞジジィッ!?」


 キャピキャピしながら甘えた声を出すマイダディ。


 途端に胸に湧き起こるタールのような粘つき、それでいてドライアイスよりも冷え切り、マグマよりも熱く煮えたぎるこの感情……なるほど、コレが殺意か。勉強になったよ。


 お礼のチップの代わりに、親愛の意味を込めて首だけ抱きしめてやろうかなコイツ?


「マジでどうすんだよ!? 親父だってジュリエット様が嘘を吐く人間が1番嫌いだって知ってんだろうが! このままじゃ嘘がバレて俺たちお陀仏だぶつだぞ?」

「じゃあパパ、先にあの世アッチって場所を取っとくね?」

「早まるなダディッ!? 生きろ、そなたは美しいっ!」


 窓の外へと身を乗り出そうとする親父を後ろから羽交い絞めにする。


 いくらここが2階とは言え、親父の貧弱ボディでは間違いなく即死する。絶対する!


「待て待て親父ッ! せめてあの世へレリゴーする前に、何か息子に妙案を残してから逝ってくれ!」

「大丈夫、パパはロミオの潜在能力ポテンシャルを信じてるから!」

「だから丸投げヤメロって言ってんだろうが! ちょっ、マジで何かいい案ないの!?」

「じゃあ参考程度にパパとママの『チョメチョメ☆』の話……聞く?」

「あぁヤメテヤメテッ! 何が悲しくて自分の製造過程の話を聞かにゃならんのだ!」


 しかも『イチャイチャ♪』じゃなくて、『チョメチョメ☆』の方っていうね!


 何の罰ゲームだよ、コレ……。


「大丈夫、大丈夫っ! ロミオの大好きな月9の主人公、もしくは少女漫画に出てくる俺様系イケメンのマネをすればどうにかなるって!」


 そんな適当な、と親父に食って掛かろうとしたその矢先、




 ――コンコンッ。




 と扉のドアがノックされた。


『安堂主任、まだなのか? もうとっくに5分は過ぎているぞぉ?』

「「ッッッ!?」」


 き、来たっ!


 主賓しゅひんだ!


「たった今完了しましたっ!」

「ちょっ、親父っ!?」

「ここまで来たらもう腹を括るしかない!」


 頑張れロミオ☆ とウィンクを飛ばしながら無責任に扉の方へと移動する親父。


 親父は俺の制止を振り切って、俊敏な動きで扉の前へと移動すると、顔にこびへつらった笑みを浮かべてドアノブへと手を伸ばした。


「お待たせしましたジュリエット様っ! ロミオゲリオンのアップデート、完了です!」

「遅いぞバカ者。10分も待ったではないか」

「も、申し訳ありません。ついでにロミオゲリオンの身体の方もメンテナンスしていたので、ちょっと時間がかかってしまいまして……」

「むっ、そうか。ソレなら仕方ないな。もちろん異常はなかったんだよな?」


「はいっ、それはもうバッチリですっ! ロミオゲリオンには自己修復プログラムも入っておりますから! ちょっと位の動作不良も自分で何とかしてしまいますよ!」


「ほほぅ、ロミオにはそんな機能も搭載されていたのか……知らなかった。さすがはジュリエット工房の科学の粋を集めて作り上げたアンドロイドだな」


 感心したように感嘆の声をあげるジュリエット様。


 安心してくださいお嬢様、俺もその機能、今知ったので♪


 なんだか俺の知らないうちに、勝手に新しい機能が追加されていくんだが……分かってるの親父? ソレを実行するのはアンタの可愛い息子なんだよ?


 というか、よくもまぁ舌の根が乾かない内に、あんなに適当なコトをペラペラと口に出来るモノだ。一体パパンは舌が何枚あるの?


 前前前世は生粋の詐欺師さんだったのかな? そのぶきっちょな笑顔めがけてやってきたのかな?


「ではロミオ、ボクの部屋に来なさい。安堂主任、今日はご苦労だった。もう帰っていいぞ」

「はいっ! それでは安堂勇二郎、これにて失礼いたします!」


 見捨てないでパパンっ! という1人息子の眼差しを無視して、意気揚々とその場を後にする我が親父殿。


 たまに思うのだが、俺は本当に家族に愛されているんだろうか?


 信じていいんだよパパン?


 遠ざかる親父の背中を見送りながら、すぐ隣のジュリエット様の部屋へと移動する俺たち。


 そのままパタンッ! と扉が閉まるなり、




「――それじゃロミオくんっ! さっそく『ベテラン恋人モード』ONオンだよっ!」




 と先ほどの仏頂面から一転。桜の花が咲いたように満面の笑みを浮かべて俺に詰め寄ってきた。

 

 これが俺、安堂ロミオことロミオゲリオンしか知らないお嬢様の秘密。


 その名も『ワンコ』モードだ。


 いつもの人を寄せ付けない氷のような態度がガラっと変わり、まるで無邪気な子犬のように架空のイヌミミとシッポをぶんぶん振り回しながら、俺に甘えるように身を寄せてくるジュリエット様。


 恐らくこの光景を親父が目にしたら「だ、誰だおまえぇっ!?」と声を荒げることだろう。


 そう、人間には厳しいお嬢様だがアンドロイド(だと思っている俺)には超絶優しいのだ!


 それはもう快楽を身体に刻み込まれた堅物女教師のようにっ!


「ピピッ、音声認識完了。『ベテラン恋人モード』ON。起動まで残り30秒お待ちください」

「うんっ! へへっ……な、何をされちゃうのかなボク?」


 わくわくっ! と言った様子で今にも架空のシッポが千切れんばかりにピコピコしているのが分かる。


 くぅ~っ、その期待に満ちた眼差しが何とも心に悪いぜ!


 デリヘル頼んだら教え子が来たくらい心臓に悪いぜ! ……何ソレ最高かよ? 今度妄想しよっと♪


「まだかな、まだかなぁ~♪」

「『ベテラン恋人モード』起動まで残り10、9、8――」


 無表情のままカウントダウンを開始しながら、必死に打開策を頭の中で構築する俺。


 お、落ち着けロミオ・アンドウ。


 我が従兄弟、金次狼の妹、大神玉藻おおかみたまもちゃん(御年13歳)に頼まれてゴリッゴリの18禁BLゲーム『ドキッ☆ おとこだらけのサマーバケーション!』を士狼さんと恋人のフリをして買いに行ったあの苦行に比べれば……こんなモノ屁でもないわ!


「3、2、1……『ベテラン恋人モード』起動完了」

「きたきたっ! それじゃロミオくん、さっそくボクを――うわっ!?」


 気がつくと俺は「先手必勝! ヤられる前にヤれ!」と言わんばかりに、勢いよくお嬢様を抱きしめていた。


「ろ、ロミオひゅんっ!? にゃ、にゃにを!?」


 と狼狽うろたえるジュリエット様の身体をお姫様抱っこしつつ、彼女の天蓋付きベッドへと移動。


 そのまま俺の腕の中でプルプルと震えているお嬢様をベッドに寝かしつけ、肉布団よろしく彼女の上に覆いかぶさる。


「お嬢様、目を閉じてください」

「えっ? えぅ!? ま、待ってロミオくん!? スットプ、スットプ! 一旦ストップ!」

「待ちません、目を閉じてくださいお嬢様」

「で、でもでもっ! お、お日様がまだ見てるしッ! そ、それにお風呂にも入ってないしっ! あ、あとあと、え~とっ……っ!?」

「目を……閉じて?」

「あ、あわわわっ!? ぐ、グイグイくるっ!? ロミオくんがグイグイくるよぉっ!?」


 ジュリエット様は耳朶じだまで真っ赤にしながら、その蒼色の瞳をグルグル回し、猛獣の檻に入れられた子ウサギのようにプルプルと震えていた。


 一方俺に至っては自分が何をしているのか分からず、白濁液のように真っ白になった意識のまま、この前スマホで読んだレディコミの鬼畜メガネの台詞と行動を何も考えず実行していた。


「大丈夫です……自分に身を預けてください」

「は、はひ……」


 お嬢様の顎をクイッ! と持ち上げると、覚悟を決めたのかギュッ! と瞳を閉じるジュリエット様。




 そこでようやく俺は我に返り……ヤベェ、この後どうしよう?



 何かノリと勢いでキスする流れになっちゃったんだけど……えっ? 俺、キスするの? マジで?


 たかが恋人役の分際で?


 この愛らしいお嬢様の唇を奪っちゃうの?


 それはそれで中々に興奮するが……いいのか、ソレは?


 コレ、雰囲気的にキスしたら絶対最後までイっちゃうよね? 俺の凸がお嬢様の凹にジョイントしちゃうよね?


 それは……本当にいいのか?


 童貞臭いと思われるかもしれんが、やっぱりこういうのは好きな人とした方がいいんじゃないのか?


 だ、だがジュリエット様にここまで覚悟完了させておいて何もしないという選択肢は、ソレはソレで彼女を傷つけてしまいそうで……。


「ロミオくん……?」


 いつまで経っても唇に湿った感触が来ないことを不思議に思ったのか、ジュリエット様が困惑したような声をあげた。


 据え膳を頂くか否かで身体が硬直してしまう俺を薄目で眺めながらも、ソレ以上は何もしてこないお嬢様。


 全ては俺の判断に委ねると言わんばかりに、くたぁ、とベッドに力なく横たわるジュリエット様に、だんだんとまともな思考が出来なくなってくる。


 肩まで切りそろえた金色の髪から、甘い匂いが立ちのぼり、俺の鼻腔をこれでもかと蹂躙し、思考回路をグチャグチャにしていく。


 肌が紅潮し、瞳が潤んだお嬢様は妙な艶やかさというか、色気があり……気がつくと、彼女の頬を優しく撫でる俺が居た。 



 あっ、ヤバい。本能が勝った。



 そう察すると同時に、俺とお嬢様の顔がゆっくりと近づき――






 ――ガチャッ、と部屋のドアがノックも無く開けられた。






「邪魔するぞい姉上。愛しの妹が顔を見せに来たぞ、い……あっ?」

「……えっ?」

「へっ? ……えっ!? ま、マリアッ!? 何でっ!?」


 ノックも無く突然部屋に現れたのは、ジュリエット様の血を分けた姉妹にして、今年私立セイント女学院を首席で入学したマリア様だった。


 マリア様はジュリエット様と同じどこまでも澄んだ蒼色の瞳をパチクリさせながら、アワアワと口をパクパクさせていた。


 その瞳の先にはもちろん、現在進行で姉に覆いかぶさり「よしっ! これからセクロスするぞ!」とやる気マンマ●コにしか見えない俺が映っていて……あぁ~。


 これ俺死んだわ。死んだ。


「なっ!? なななななっ!? あ、姉上にナニをしておるのじゃッ下郎!?」

「おはようございますマリア様。今日もいい天気ですね?」

「う、む? た、確かにいい天気じゃが……えっ? な、なんじゃその落ち着きようは? わ、妾がおかしいのか……?」


 俺は髭剃りのCMに出演できそうな爽やかな笑みでマリア様を出迎えながら、そっとジュリエット様に覆いかぶさっていた身体を起こす。


 いまだ状況が呑み込めず、初デートに挑む男子中学生のようにカチコチに固まるジュリエット様をその場へ放置して、俺は人差し指を勃起させ、自分の唇の前へと持って行った。。


「申し訳ありませんがマリア様、お静かにお願いします。先ほどお嬢様は体調を崩されてしまい、少々熱が出ておりますので1日安静にしていただきたいのです」

「むっ? そ、そうなのか? それは悪いコトをしたのぅ……姉上は大丈夫なのか下郎?」

「はいっ。先ほど熱を測らせていただいた結果、今日1日横になれば充分回復するレベルだと判断しました」


 先ほどの行為は医療行為で深い意味はありませんよぉ、と言外にそう伝える。


 すると根は単純なのか、マリア様は「左様か」と頷いて眉間に寄った皺を緩ませた。


 たまに思うのだが、何故俺は演劇の世界に足を踏み入れなかったのだろうか? もはや日本どころか世界の損失だろ?


 と、自分の才能に若干の恐怖を抱きつつ、マリア様のもとまで移動する俺。


「お嬢様に何か御用があるのであれば、このロミオゲリオンめがうけたまわりますが?」

「いや、構わぬ。別に焦って伝えるべき要件でもない故な。ふむ……ならば今日ばかりは退散しておくとするかのぅ」

「お見送り致します」

「うむ。よきに計らえ」


 扉を開け、マリア様の退出を促す。


 マリア様は珍しく素直に嫌味の1つも言うことなく、ジュリエット様の部屋を後にしていく。


 それだけお姉ちゃんが心配だったのだろうか? やっぱ可愛い所もあるんだよなぁ、この人。


 そんなコトを考えながら、マリア様の背中を追いかけるべく、俺はいまだベッドで横になり固まっているジュリエット様に頭を下げた。


「それではお嬢様、マリア様を御見送りしてきます」

「…………」


 返事がない、ただの屍のようだ。


 おぉっ、お嬢様よ、死んでしまうとは情けない……。


 ゆっくりとジュリエット様の部屋の扉を閉めながら、ホッ、と胸を撫で下ろした。


 一応間違いを起こすこともなく、何とかこの場を乗り切ることに成功したぞ!


 ジュリエット様の貞操の無事を安堵しつつ、ふっ、とらしくもなく余計なコトを考えてしまう。





 ……もしマリア様がやって来なかったら、俺とジュリエット様は一体どうなっていたのだろうか?





 そんなコトを考えてしまい、思わず苦笑が廊下へと転がった。


「ちょっともったい無かった……かな?」

「――ナニをしておる下郎? はよんか!」

「ハッ、ただいま」


 俺は余計な思考をすぐさま切り捨て、声を荒げるマリア様の背中を追いかけた。


 胸の中に芽生えた後悔に気づかないフリをして。


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