第1話 ぽんこつアンドロイドは『ベテラン恋人モード』の夢を見るか?

『豪華絢爛』と言わんばかりに我が桜屋敷の周辺に桜吹雪が舞いあがる4月の中ごろ。


 花粉界の汁男優にして、空飛ぶ精子の称号を欲しいままにしているスギ花粉が「ノンケだって構わないぜ?」と言わんばかりに男女平等に穴という穴をドロドロの汁まみれする季節。


『知ってるかおまえら? 花粉ってさ、ようは草木の子種なんだぜ? つまり春っていうのは日本全国どこでも植物たちによる乱交パーティー会場になるんだぜ? そう考えたら、ちょっとワクワクしてこないか?』


 と、当時5歳になったばかりの自分の息子と甥っ子に桜を見ながらそう力説する我が叔父、大神士狼さんの言葉が今は懐かしい。


 今頃ナニをしているのかなぁ、アノ人?


 まぁアノ人のことだ……どこへ行ったとしても息子共々どうせロクなことはしていないだろう。


 そうそう、春と言って思い出されるのはやっぱり小学6年生の自由研究発表会のことだろうか。


 さすがは小学校最高学年ということもあり、各クラスの自由研究のクオリティは格段に高かった。


 が、断言しよう。そんな各クラス及び他学年の追随を許さないレベルで俺たちのクラスの自由研究は群を抜いてハイレベルだった。


 春休み開け、新学年始まって1発目の授業にて、赤城あかぎちゃんの『若者のセックス離れについて』とネットで拾ったであろうモザイクがキツイ性行為の写真を大量に資料に仕入れ、小学生という免罪符をフルに活用してもギリギリアウトな発表が開幕ブザーとなり、自由研究発表会スタート。


 彼女に続け! と言わんばかりにテレビ番組でよくやっている自由研究に使える科学の特番を丸写しどころか、番組自体を参考資料としてそのまんま公開した秋山くんが鮮やかに先陣を切って行く。


 御両親がヤのつく自由業の方である川田ちゃんの『誰でも簡単に出来る、足がつかないマネー・ロンダリングの方法』や、大崎くんの『片栗粉で作る、お手軽07ホールケーキ』など実用性に富んだ研究発表が展開のバリエーションに幅を持たせていく。


 そんなある種神々の戦いにおいて『子猫の観察日記』などという絶望的な備えでいどみにかかった我らが幼馴染みにして、クラスのマドンナ、司馬青子ちゃんのたぐいまれなる勇気も忘れてはいけない。


 そして満を持して登場したのが……そう俺、安堂ロミオと我が従兄弟、大神金次狼おおかみきんじろうだ!


 金次狼との共同製作にして、我が叔父、大神士狼さん監修のもと出来上がった、小学校6年間の集大成となる神の作品。


 この作品を発表するために、俺たちは小学1年生の頃より下準備を続けていた。


 町で採取できる小動物の交尾写真をひたすら集め、比較、分析、羅列、考察を続けた5年間。


 その下地の全てがこの作品に収束されていた。



 そして俺たちは後に後世へと語り継がれることとなった伝説の自由研究、『哺乳類ほにゅうるいが生殖活動を行うポイント』という名のタイトルの青姦スポットを発表した。



 春は変態が多いこの時期だからこそ出来る、究極の自由研究タイトルだ。


 気候、時間、体位、プレイ内容等々。事細かに、モザイク無しの性行為写真も添えた渾身の1作が、声高らかに発表されていく。


 気がつくと、クラスの男子たちが全員前かがみになり、女子の視線がゴミカスを見るような目に変わっていた。


 そして俺たちの自由研究は見事クラスで1番の評価を受け、翌週の全校集会の前で発表する名誉をさずかった。


 ただ、あまりに自由過ぎたのか学校側からは難色を示されたが、その実、男性教員たちからは大好評で、俺たちの自由研究のコピーをくれと求められたほどだ。


 まぁその後、何故か金次狼諸共もろとも、当分の間、青子ちゃんからゴミカスを見るような目で無視されたり、士狼さんが学校へ呼び出されたり、担任の教師がPTA総会に呼び出されて辞職に追い込まれたりなど、子どもにはよく分からないイベントが多数起こったりもしたが……まぁそれはまた別のお話。


 さて、そんな淡い恋の記憶……でも何でもないどうでもいいコトを何故今思い出しているのかと言えば――




「安堂主任……さっそくだが電話で伝えたようにロミオゲリオンについて話がある」

「は、はいっ!」

「…………」



 そうだねっ! 超絶不機嫌なジュリエット様の圧力から逃げるためだね☆


 いやぁ、もう凄いぞ?


 春の陽気など一瞬で凍りつくような圧倒的プレッシャーを前に、親父の数少ない毛根が悲鳴をあげてハラハラと抜け落ちていってるからね? もうコッチがハラハラだよ!


 約2週間ぶりにジュリエット様の部屋に呼び出された親父は、大人のオモチャのようにブルブルと震えていて……正直直視に絶えなかった。


「あ、あのジュリエット様……? ロミオゲリオンについて話し合う前に、1つだけ質問よろしいでしょうか?」

「なんだ? 言ってみろ、許可する」

「あ、ありがとうございます。で、ではお言葉に甘えて……」


 そう言って親父は大理石のテーブルを挟むようにソファに腰を下ろしているパンツスーツのジュリエット様に視線を寄越したので、俺も合わせるように彼女に意識を向けた。


 太陽のようにキラキラと光る金色の髪。


 あどけなさが残る愛らし顔つき。


 小学生と見間違うほどの華奢で小さな身体。


 だというのに、そんな小さな身体とは不釣り合いの大きなお胸。


 そんな彼女をさも当たり前と言わんばかりに、股の間に挟んで座っている愛息子まなむすこ


 しかもどこぞのバカップルよろしく、ジュリエット様は完全に体重を俺に預けリラックスモードへ突入している始末だ。




 ……うん、そりゃ言いたいことの1つや2つ位あるわな。




 親父は大体俺は予想した通りの言葉を、困惑気味に口にした。


「な、何故ロミオゲリオンがそこに……?」

「背もたれの代わりだ。……なんだ? 文句でもあるのか?」

「い、いえっ! 滅相もありません! とてもいい使い方かと!」


 全力で媚びを売る親父を尻目に、「ふんっ」と鼻を鳴らすジュリエット様。


 なんだこのウルトラプレッシャー三者面談は?


 一体前世でどれだけ悪徳を積んだらこんなコトになるんだよ?


 戻りてぇっ! 超自室に戻りてぇっ!


 戻って大人しくシコってお昼寝してぇ!


 気分はまさに痴漢乗車率100%の超特殊車両に乗り合わせた女子校生のようだ。おいおいどこの最終痴●列車だよ? 俺も乗せてよっ!



(ろろろ、ロミオきゅ~んっ!? なんだかお嬢様がすっごい怖いんだけど!? ナニをしたのさマイサンッ!?)


 対面に座る親父からSOSのアイコンタクトが飛んできた。


(何もしてない! マジでナニもしていないから俺、ホントに!)

(いやいや、どう考えてもマイサンが原因でしょコレ? というか、もしかしてロミオが本当はロボじゃなくて人間だってコトがお嬢様にバレたんじゃないのコレ!?)

(あぁ~……)

(えっ? なにその『心当たりが多すぎて判別できない』って声は!? ちょっとロミオ、我が息子マイ・サンよ!?)


 親父の責めるような視線が肌を突きさす。


 もうこの時点で大方分かっているとは思いますが、一応自己紹介しておきますね☆


 どうもぉ~、ジュリエット様の恋人役兼お世話係の『汎用ヒト型決戦執事』人造人間ロミオゲリオンこと安堂ロミオでぇ~す♪


『とある』理由でアンドロイドのフリをしている人間族オス属性でぇ~す。


 ちなみに現在、俺とジュリエット様と向かい合うように座って恨めし気な視線を送っているスーツ姿のあのオッサンの名前は安堂勇二郎。


 我が偉大なるパパンにして、最近植毛に手を出そうか本気で悩んでいる安藤家の大黒柱だよ♪


(というかねロミオ? パパちょっとした疑問なんだけどね? 何かジュリエット様、おまえに妙に懐いてない? この1カ月でナニをしたんだよマイサン!?)

(ワンコみたいで可愛いでしょ?)

(……今の彼女を可愛いと言えるのは世界中を探してもおまえだけだよ)


 そう言って親父は王者の貫録を漂わすジュリエット様にチラッ、と視線を向け……すぐさま愛想笑いを浮かべた。


 その媚びへつらった態度が気に入らなかったのか、さらに眉根を寄せるジュリエット様。


 途端に親父は「ぴぃっ!?」と小さく鳴いた。


 ジュリエット様はその巨大なお胸の前で腕を組みながら、若干イライラしているのか、キツメの口調で親父に詰問きつもんした。


「もう質問はないか? 無いなら本題に入るぞ? ボクは時間を無駄にする人間が大っ嫌いなんだ。……安堂主任はそんな愚かな人間じゃないよなぁ?」

「は、はひっ! モロチン――もちろんですとも!」


 余程焦っていたのか、噛んでとんでもねぇセクハラのジャイロボールをジュリエット様にぶつける親父。


 あっ、もしかして安藤家はココで終わりかな?


 と、脳内で親父の葬式の準備をし始めていたのだが、どうやらこの言い間違いは見逃してくれるらしい。


 ありがとうございます、お優しいジュリエット様っ!


「そ、それでジュリエット様? 用件は一体なんでしょうか? ……もしやロミオゲリオンに何か不備でもありましたでしょうか?」

「そうだ、その通りだ。よく分かっているじゃないか」


 サァッ、と親父の顔が一瞬で青くなる。


 ついでに俺の顔からも血の気が引いていく。


 ロミオゲリオンの不備と言ったら、もう1つしかない。



 や、やっぱりお嬢様は俺が本当は人間だってコトに気がついていたんだ!



 だからその責任を取らせるために親父をココへ呼んだのか! そういうコトだったのか!


「そこまで分かっているなら、もうボクの言いたいことは分かるな?」


 親父は「クッ、殺せ!」と快楽堕ちが確定している女騎士のような面持ちで、ジュリエット様を見据えた。


 途端に風俗の待合室のような重苦しい嫌な雰囲気が俺たちの間に流れた。


 ……いや行ったことないよ風俗なんて。又聞き☆ 又聞き☆


 ジュリエット様はそんな沈黙を破るかの如く、親父をまっすぐ射抜き、俺たちを断罪するべく、その愛らしい小さな唇をそっと動かし――





「――安堂主任……何故ロミオには『恋人モード』なる機能が備わっていない?」





 ――と言った。


 ……うん?


 えっ? なにっ? 今、俺たちナニを言われたの?


「も、申し訳ありませんジュリエット様。も、もう1度だけ言っていただいてもよろしいでしょうか?」

「むっ? 聞き逃したのか?」


 親父も俺と同じく混乱しているのか、震えた声音で再度お嬢様にリピートをお願いしていた。


 ジュリエット様は「しょうがない奴だ」と小さくため息を溢しつつ、今度はちゃんと聞き取れるようにハッキリと間違うことなく、こう言った。


「安堂主任。何故ロミオには『恋人モード』なる機能が備わっていない? ロミオはボクの恋人になるために生まれてきたアンドロイドなのだろう?」


 ジロリッ、とお嬢様に睨まれ、真冬のタマキンのようにその場で縮こまってしまうマイダディ。


 あぁ~……コレはつまり、アレか?


『ボクの彼氏(役)のクセにイチャイチャが足りねぇぞオラァ!』ってコトで不機嫌だったってコトかな?


 おいおい、可愛さの塊かよ……キスしてもい~い?


「確かにロミオは良いアンドロイドだ。そこは認めよう。だが、ボクは『恋人役』となるアンドロイドを作るように命令したハズだ。だというのに、ロミオは一向に恋人らしく振る舞わない……コレは一体どういうことだ?」


「も、申し訳ありませんでした! そう言えばお嬢様にはまだ伝えていませんでしたね!」


 説明しろ、と鋭い視線を寄越すジュリエット様。


 その圧力を真正面から受け止めてしまった親父は、慌てたようにポケットからUSBメモリを取り出してみせた。


「実は今日、お嬢様のもとへ窺うと同時にロミオゲリオンをアップデートしようと思っていたんですよ!」

「アップデート?」


「はいっ! アップデート内容は先ほどお嬢様が口にした通り、世間一般的な恋人たちがするようなコトを一通り集めたデータをロミオにインストールしようと思ってましてね! 題して『ベテラン恋人モード』です!」


「『ベテラン恋人モード』……だと?」

「はいっ! 口から砂糖どころかタピオカミルクティーを吐きだしちゃうくらい、甘々の恋人気分を味わうことが出来る『イチャラブ♪』モードです!」


 そう言って親父はUSBメモリを天高くかざし――ちょっと待てジジィ!?


『ベテラン恋人モード』ってなんだ!?


 ありもしない機能をペラペラ喋るんじゃねぇよ!


 こちとら生まれてからこの18年と9カ月、彼女居ない歴=年齢の『ベテラン童貞』なんだぞ? 毎日が『ベテラン童貞モード』なんだぞ!? 魔法使いに片足突っ込んでんだぞ!?


 分かってんのか!? アンタの息子は童貞をこじらせたモンスター童貞なんだぞ!?


 と心の中で乾いた叫びを繰り返すが、もちろんパパンは気づいてくれない。


 思わず両手の中指が勃起しそうだ。


「『イチャラブ♪』モードか……なるほど。それは今日中にアップデート出来るのか、安堂主任?」

「はいっ! もう別室で時間を頂ければ5分以内には完了します!」

「なるほど、分かった。――ロミオ」

「はい、お嬢様」


 俺のお股の間に座って背中を預けていたジュリエット様が、のっそりと立ち上がった。


 その瞳は期待でキラキラしていて……おっとぉ? これは詰んだかぁ?


 お嬢様は氷のような微笑を浮かべながら、スッ、と扉の方を流し見しつつ、こう言った。


「安堂主任を隣室へ連れて『ベテラン恋人モード』をダウンロードして来なさい」


 ボクはここで待っているから、と微笑みを添えるジュリエット様に、俺は首を縦に振ることしか出来なかった。

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