第7話 ロミオとジュリエットの1日~ジュリエット編~

 ジュリエット・フォン・モンタギューの朝は早い。


 夜10時には就寝し、目覚まし時計が鳴る6時よりも数分前に目を覚ますのだ。


 本来であればここでカーテンを開け、朝日をたっぷりと浴び、気分を高めていくのだが、ここ2週間ばかりは生活習慣がちょっとだけ変わっていた。


 そこから6時になるまでベッドの上で微睡まどろみながら、彼が来てくれるのをしばし待つ。


 数分後、コンコンッ、と控えめなノックが部屋へと木霊し、数秒後「失礼します」の声と共にコツコツと足音がコチラに近づいて来て、耳に優しい。


「おはようございますジュリエット様。今日もカラッと晴れたいい天気ですよ」


 そう優しげな声音で遠慮がちに身体を揺らすのは、2週間前に彼女の屋敷にやってきた唯一の使用人にして、人類最初の最新型アンドロイド『汎用ヒト型決戦執』人造人間ロミオゲリオンだった。


 まるで揺りかごのように優しく身体を揺さぶられ、再び睡魔が襲ってきたが、ロミオゲリオンを困らせるワケにはいかないと思い直し、身体を起こす。


「おはようロボくん。毎朝起こしてもらってゴメンね?」

「いえ、コレが自分の職務ですから。お嬢様はお気になさらず」


 うやうやしくこうべれるロミオゲリオン。


 そんなロミオゲリオンを改めて見返すように、ジュリエットは彼の姿を視界に納めた。


 やや赤みがかった短髪に人の良さがうかがえるような優しげな顔つき。


 長身でありながら、細いというイメージはなく、引き締まった肉体といった方が適切だ。


 以前1度だけ彼の着替えを覗いてしまったことがあるが、まるで人間の筋肉のように美しくしなやかで、ロボットだというのに思わずドキドキしてしまったほどだ。


 今にもロケットが飛び出してきそうなロケット発射台のごとき腹筋。筋張った筋肉。巨木の如き力強い両腕。ガッチリした下半身。


 そして何よりも、まるで本当に生きているかのような生命力溢れる素肌すはだ


 ほんと最近の人工筋肉はすごいなぁ、なんてことを考えていると、ロミオゲリオンが心配そうに「お、お嬢様?」と声をかけてきたので、慌てて意識を切り替える。


「自分をそんなにジロジロ観察して、どうかしましたか?」

「ううん、何でもないよ? ただ、誰かと挨拶を交わすのはいいものだなぁって思ってさ」


 嘘ではない、モンタギュー家の長女として生まれたジュリエットには心を許せる人間なぞこの世に存在しなかった。


 大体自分に近づいてくるやからは金の匂いに惹きつけられた亡者か、甘い汁をすすろうと骨のずいまでむしゃぶりつくそうとするクソ野郎か、自分を利用しモンタギュー家に取り入ろうとするゴミカス野郎しか居なかった。


 そんな中で生きていれば人間を信じられなくなるのは当然のことと言えるだろう。


 だからこそ、彼女は長い間1人でこの屋敷で生活していたのだ。


 自分を守るため、家を守るために。


 故に無機物ではあるが誰かに「おはよう」と言ってもらえるのは新鮮であり、また1日の楽しみの1つでもあった。


「さて、それじゃそろそろ着替えようかな。ロボくん、適当なスーツを取ってもらえるかな?」


 かしこまりました、と言って部屋の隅に置いてあるクローゼットへと向かうロミオゲリオンを尻目に、彼が用意してくれたお手ふきで顔を拭う。


 ほどよい人肌の温度が心地よいソレから顔をあげ、パジャマとして愛用している緩めのホットパンツとシャツへと手をかける。


 さっさとホットパンツを下ろし、シャツを脱いで、お気に入りのワインレッドの下着姿へと変わったジュリエットは、いつの間にか持って戻って来ていたロミオからスーツを受け取り笑みをこぼす。


「ありがとうロボくん」

「いえ……こちらこそありがとうございます」

「???」


 一瞬だけロミオゲリオンがニチャリ、と邪悪な笑みを浮かべたような気がして彼の顔を覗き見るが、そこには「どうかしましたか?」と言わんばかりのいつも通りの彼が居るだけだった。


 大体ロミオゲリオンはロボットである。人間のメスの身体を見て欲情するような作りにはなっていないハズだ。


 そもそもロボットに恥じらいを覚えてどうするボク? と自分の自意識過剰さに苦笑してしまう。


 気のせいだな、とジュリエットは結論づけ、寝る前に外していたブラジャーを装着し、さっさとパンツスーツに袖を通す。


 そしてパリッ! とノリが利いたスーツを身に纏い、ロミオゲリオンが部屋まで持って来てくれた朝食をいただくのだ。


「いつもありがとうロボくん。まさかロボくんが料理まで出来たなんて驚きだよ」

「恐縮です」

「ハハッ! そんなに畏まらなくてもいいよ、ボクとロボくんの仲じゃないか」


 誰にも見せたことが無いような柔和な笑みを浮かべるジュリエット。


 きっと彼女の部下に今の顔を見せてやれば『誰だおまえは!?』と全員心の中でツッコむことだろう。


「今までは自分で朝作らなきゃいけなかったけど、ロボくんのおかげで大分余裕が出来たし、ほんとロボくんがウチに来てくれてよかったよ!」


 ニパッ! と花が咲いたように微笑むジュリエット。


 今までの彼女の人生経験上、料理に毒を盛られることの方が圧倒的に多かった。


 そのため、安全を考慮し自分で作ること多くなり、結果それなりに料理の腕にも自信がある。


 が、それでもやはり自分1人のために料理をするのは味気がなく、面白くもない。


 現在は幼少期から毒殺され続けた影響からか、多少の毒では害が無いほど頑丈に育ってはいるが、それでも誰かに料理を作らせるのは抵抗があった。


 だがロミオゲリオンがロボットである。


 自分の命令を忠実に実行する愛すべき機械である。


 機械であれば欲もなく、自分を毒殺しようとすることもない。


 故にジュリエットは安心して朝の準備をロミオゲリオンに任せていた。


「それにしても、ロボくんの作る料理は変わってるというか、珍しいよね。今日のは……なんだい、このトーストの上にスクランブルエッグみたいなモノが乗っかっているヤツは?」


「コレはスクランブルエッグトーストです。……もしかしてお嫌いだったでしょうか?」


「ううん、珍しくてつい聞いてみただけだよ。庶民っぽくてボクは好きだよ、コレ」


 そうしてまた1つ微笑みを返すジュリエット様。


 その姿は本当に聖母のようで……普段の刺々しい雰囲気が嘘のように思えてくるほどだ。


 ジュリエットは自分の身体の一部になってくれるエッグトーストに「いただきます」と感謝の言葉を告げ、子どもっぽく荒々しく大口で朝食を食べ始めた。


 このあとは時期当主として母に委ねられた仕事をしなければならないのが億劫だが、それでも今この瞬間は確かに幸せだ。


 こうしてひとときの幸せを噛みしめながら、ジュリエットの1日は始まっていくのだ。

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