第6話 ロミオと寂しがり屋な後輩

 まるで性という名の偉大なる海路グランドラインに出航した中学男子並みに興味津々とばかりに俺の内部構造について質問してくるジュリエット様。


 それはまさに女体を前にした童貞の如く、お目目をキラキラさせて、だ。


 おかげで解放されたのは夜の9時少し過ぎである。


 俺は疲れたを癒すように屋敷のすこっみにある角部屋――もとい今日から俺の部屋となる自室のベッドに執事服のままダイブしていた。


「あぁ、疲れたぁ~。……って、明日もぇからさっさと身体を拭いて歯ぁ磨いて寝ないと」


 疲れた身体に鞭を打ち、ベッドの上でムクリと起き上がりながら執事服を脱いでいく。


「……そう言えば、何気に1人部屋って初めてなんだよなぁ」


 今までは家の都合上、親父と同じ部屋で寝起きすることが多かった俺としては、自分1人だけの部屋というのは何気に新鮮だった。


 この部屋を自分の好きなようにカスタマイズしてもいいと考えたら、ちょっと、いやかなりワクワクしている自分が居る。


 これはアレだ、レンタルビデオ屋の18禁コーナーに初めて足を踏み入れるときの高揚感に似ていると言えば分かってもらえるだろうか。


 何とも言えない興奮と高揚感が俺の身体を包んでいると、執事服のポケットに突っ込んでいたスマホがブルブルと震えだした。


 こんな時間に電話をかけてくる相手なんぞ1人しか知らない俺は、なんら躊躇うことなくスマホの通話ボタンをタップした。


「よぉましろん、昨日ぶり。元気だった?」

『そういうセンパイは昨日に比べて声に張りがありますね? アレですか? 愛しの後輩の声が聞けて元気になっちゃいましたか?』

「ハハッ! ほざけ小娘?」


 ガッハッハッハッハッ! と電話越しでお互いに笑みをこぼす俺と我が愛しの後輩、七海真白こと通称ましろん。


 あぁ、なんかましろんの声を聞いたら安心して気が抜けてきやがったぜ。


『ところでセンパイ? 今日家に居なかったみたいですけど、どこ行ってたんですか? せっかく愛しの後輩が一緒に遊んであげようとしてたのにぃ~』


「ん? あっ、そう言えばまだましろんには言ってなかったっけ? 俺、ちょっと就職して今地元離れてんだよ」


『えっ!? センパイ就職したんですか!? 昨日アレだけ騒いでいたクセにもう!? どこに就職したんですか!?』


「どこって言うか、う~ん……ロボットに就職したというべきか?」

『ロボット? 工場ってことですか?』

「まぁ似たようなもんだ」


 おまえと同い年の金髪合法ロリ巨乳のロボット執事兼恋人に就職したよ♪ って言っても『ナニ言ってんだコイツ?』って思われるだけだろうしなぁ。


 だって言ってる俺ですら「ナニ言ってんだ俺?」ってなってる位だし。


 まぁ事情も事情だし、俺の仕事はあんまり詳しく説明しない方がいいだろう。


 そんな俺の思いとはよそに、ましろんは『はへ~』と感心したような声をあげて手放しで俺を褒めちぎってきた。


『相変わらず頭とフットワークが軽いですねセンパイ』

「ちょっと? フットワークはともかく頭は余計じゃない?」

『何はともあれ、就職おめでとうございます! ご褒美に真白のスリーサイズを教えてあげましょうか?』

「上からバスト83、ウェスト54、ヒップ81だろ? 知ってるよ」

『なんで知ってるんですか!?』


 何故か愛しの後輩の愕然がくぜんとした声音が鼓膜を震わせてきたが……ちょっと質問の意味が分からないなぁ。


「『なんで』って、可愛い後輩の個人情報くらい知っておくのは先輩として当然のたしなみだろう?」

『いや変態も当然のたくらみですよ!? 普通に気持ち悪いです!』

「お、落ち着けって。そうカッカすんなよEカップ?」

『なんでカップ数まで知ってるんですか!?』


 もう気持ち悪いを通り越して純粋に怖いですよ、いやマジで! と何故か批難の言葉を浴びせてくる我が後輩。


 おいおい、なんでコイツはこんなに怒っているんだ? 更年期障害か? もしくは新手のツンデレか?


 おいおいツンが激し過ぎだろ? そろそろデレてもいいだぜ?


 ちなみに個人的にはツンデレの比率は『ツンツンツンデレ、ツンデレデレ』くらいが大好きです。


「それで? こんな時間にどうしたよましろん? 先輩のイケメンボイスが聞きたかったのか? どうだ生の先輩ボイスは? あまりのイケメンぶりにお股でも濡らしたか?」


『ハハッ! 人間、しょうもないセクハラを前にすると【死ね】っていう言葉以外に何も思い浮かばないんですね! 勉強になりました!』


「ちょっと? 仮にも先輩だよ? 言葉づかいに気をつけてね?」


 言葉のナイフが愛しの先輩のセンチメンタルハートをグサグサとメッタ刺ししているよ?


 まったくこの場にましろんが居れば、ヤツの唇を俺の唇でふさいでいるところだ。


『さて、ジャブはここまでにしておいて、そろそろ本題に入りましょうか』

「ジャブうか、豪速右ストレートを放たれた気分なんだが……まぁいいや。それで? その本題とやらは何かね?」


『はい、実は真白……この度家たびいえの都合により、センパイとの思い出の詰まったあの高校を辞めてちょっと遠くの女子高に転校することが決まりました!』


「えっ、マジで!? ましろん転校すんの!?」

『マジです、マジ。本気と書いてマジと読むくらい大マジです』


 後輩の突然のカミングアウトに、クール&タフネスとちまたでもっぱらの評判(だと嬉しい)の俺としたことが大いに狼狽うろたえてしまう。


 そんな俺の気配を敏感に感じ取ったらしいましろんは『たはは……』と申し訳なさそうな声音で、


『いやぁ、この春休みはセンパイと遊んであげるって言ってましたけど、残念ながら引っ越しやら転校の手続きやらで遊べなくなりそうです……』


「マジか……お別れ会くらいしてやりてぇけど、俺も今ソッチに帰ることは出来ねぇしなぁ」


『いやいやセンパイ、せっかくお仕事が決まったんですから、可愛い後輩にうつつを抜かすヒマがあったらキチンと働いてください』


 冗談交じりでそう口にする我が愛しの後輩、ましろん。


 ただ気のせいか、どことなくその茶化しは空元気のように俺に聞こえてきた。


「でもそっかぁ、ましろんが転校なぁ……じゃあもう地元には帰ってこねぇの?」

『う~ん、そこら辺はまだ分からないです。ただゴールデンウィークや夏休みには地元に帰る予定ではありますねぇ』

「おっ、なら夏休みにどっか予定でも合わせて送別会でもやるか! ちょうど俺も夏休みくらいでこの仕事にも区切りがつきそうだし」


 さっきトイレに立ち寄った際にニトログリセリンよりも繊細な頭皮を持つ親父から「夏休み前にはアンドロイドが完成するから、それまでガンバレ!」と連絡があったし、ちょうどタイミングもよろしいだろう。


 なんて思考が錯綜さくそうしている間に、スマホのスピーカーから『いいですねぇ!』と元気一杯の後輩の声音が鼓膜を撫でた。


 が、すぐさま不安そうな声音で、おそるおそると言った様子で、


『あの……センパイ?』

「ん? どったべ、そんな初めてのデートに挑む男子中学生みたいな声をあげて?」

『相変わらず比喩ひゆのセンスが死んでますねセンパイ。って、そうじゃなくて!』


 そのぉ、と電話越しで口をモゴモゴしている気配が伝わってきて首を傾げる。


 なにを恥らっているんだコイツは? らしくもない。


 やがて覚悟を決めたのか、ましろんは妙に弱々しい声で、俺を試すような口調でこう言ってきた。


『ま、またセンパイに電話してもいいですか……?』

「? なんでそんな改まってんの? いつもしてんじゃん?」

『い、いやだって、センパイお仕事で疲れているならあまり電話しない方がいいのかなって……』


 コッチの様子を窺うようなそんな後輩の声音に、つい苦笑が漏れてしまう。


 普段はそんな素振りなんぞおくびにも見せないクセに、こういう所で1歩引いてしまう後輩にいとしさにも似た可愛さを覚えてしまう。


 だから、俺もなるべく彼女が気にならないように冗談交じりの高いテンションで返事をしてやるのだ。


「小娘が一丁前に先輩の心配なんざしなくていいんだよ。迷惑電話だろうがモーニングコールだろうがテレフォンセックスだろうが、いつでもけてこい。寂しくなったらいつでも相手をしてやるから」

『センパイ……』


 ましろんはやけにホッとしたような声で俺の名前を呼ぶなり、


『迷惑電話はともかく、残りの後半2つはありえないです。セクハラです。ノーデリカシーです。これだから下級生から【セクハラ先輩】の2つ名で呼ばれているんですよセンパイ?』


「えっ、俺、後輩たちからそんな風に呼ばれてたの?」


 こ、このアマ……人がちょっと下手に出ればいい気になりやがって……今日のパンツの色は何色だテメェ!?


 上等だ、本物のセクハラってヤツを見せてやるよ!


 と俺が覚悟完了とばかりに口をひらくよりも先に、


『それじゃ、これからもセンパイに迷惑電話しちゃいますね! 覚悟してくださいよセンパイ?』


 にししっ! と、楽しに言われてしまい、かまそうとしていたセクハラが言えなくなってしまう。むぅ……。


 まぁ我が後輩が少しでも元気になったということで、今回はコレでよしとしておこう。


「おうっ、わいファイ飛ばして待ってるわ!」

『それではセンパイ、また明日です!』


 ピッ、と後腐れなく通話が切れ、ようやく我が自室に静寂が訪れる。


 俺はため息を1つこぼしながら、んん~っ! と大きく背を伸ばした。


 今日は、いや昨日から俺の生活環境が未来の猫型ロボット並みに激変したせいか、思ったよりも疲れた……。


「さて、明日も早いし、今度こそ身体を拭いてさっさと寝るか」


 誰に言い聞かせるでもなく1人でそう呟きながら、妙な達成感と共に執事服へと手を伸ばす。


 さてさて、明日からどうなることやら……。


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