第4話 ロミオと人間嫌いなジュリエット

(自分で言ってても意味ワカンネぇよなぁ……)


 ソファの消火活動も無事に終え、大人しく座っている俺を興味深そうに眺めるジュリエット様の視線により、意識が現実世界へと戻ってくる。


 それにしても、なんだよロミオゲリオンって?


 誰がつけたんだよ、こんなフザケた名前?


 遊び心を忘れない少年のような奴だなぁ。気が合いそうだ。


「さて……立ちなさいロボ」

「――はい」


 命令を下すことに慣れたその声音に、反論することなく素直に従う。


 まぁ断るなんて選択肢、はなから存在しないんだけどね。


 ジロジロと俺の立ち姿を観察するジュリエット様を横目に、俺もバレないようにジュリエット様を観察していく。


 ジュリエット様は俺より頭1つ分どころか、3つ分くらい小さい。


 大体俺が180センチ前半だから、ジュリエット様はおそらく150センチギリギリあるかないかといった所だろうか。


 それにしても、ほんとお人形みたいに綺麗な女の子だなこの子。


 肩まで切りそろえたサラサラの金髪といい、雪原のような真っ白な肌といい、ほんと作りモノみてぇだ。


 だが俺の目を一番よくいたのは、その作り物めいた美貌でも何でもなく、スーツの上からでも分かるほど存在感を主張している爆乳である。


 なんだあのトンデモねぇ爆乳は!? 身長が小さいせいか、ジュリエット様のお胸の果実が余計にデカく見えて仕方がねぇぞ!?


 もうね、たゆんたゆん♪ なの。


 はたから見ても分かるくらいバインバイン♪ なの。


 ほんと同じ人類というカテゴリー以外で俺と共通が見当たらねぇよ!


 そんな下心丸出しでパイパイを観察している俺に気づくことなく、ジュリエット様は思むろに鋭い視線を燃え朽ちたソファに向け、


「まったく……人間という生き物は本当に愚かで醜い生き物だ。自分の欲求に従い、平気で他人を傷つける。それは何でだと思うロボ?」


「……アカシックレコードに接続。――エラー、エラー。必要十分条件に見合う回答がありません」


 よし、とりあえずコレでいい。


 困ったときはロボットぽいことを口にすれば何とか誤魔化せるハズだ!


 俺の意味不明な返事を聞いて、ジュリエット様は何故か満足したように頷いた。


 が、次の瞬間には視線だけでハエを殺しかねない圧力を身体中から発散させ、忌々しげにこう口にした。


「それはねロボ、人間には『心』があるからだよ」

「心、ですか?」

「そう。心があるから『欲』が生まれる。欲があるから人を傷つけ、奪い、おとしいれようとする」


 だから、とジュリエット様はどこからともなく取り出したナイフを机の上にざんッ! と叩きこむなり、研磨けんました日本刀のごとく酷く冷え切った瞳で俺を見上げてきた。


「だからボクは心を持たない、感情を持たない無機質な道具しか信用しない」


 あっ、ヤベぇ……この女性ひとマジで人間嫌いだ。


 氷細工のように触れれば壊れてしまいそうな繊細そうな見た目に反して、触れるモノは何でも斬る! と言わんばかりに硬く、冷たく、尖りきった雰囲気を発散させるジュリエット様。


 これでもう万が一俺が人間だとバレた場合に考えていた「ドッキリ大せいこぉ~うっ!」と言ってお茶を濁して逃げ切る策はもう使えない。

 

 というか使ったら最後、マジで殺されかねなくね? コレ?


 親父から聞いていたが、まさかココまでとは……この人、自分以外誰も信じていないわ!


 だからこの屋敷に執事もメイドも居ないのね、ロミオ納得だよ☆



「いいかいロボ? これだけはよく覚えておくんだ。ボクは基本的に人間が嫌いだ。大嫌いだ。その中でも1番嫌いな人間は……ボクに嘘をつく人間だ。もしボクに嘘をつき刃向はむかう人間がいればそのときは――我がモンタギュー家の持てる全ての力を使ってその者を抹殺する」

「…………」


 逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ!


 思わず「ミサトさぁ~んっ!?」と叫びそうになる心をグッ、とこらえる。


 なるほど、あのときのファーストチルドレンはこんな気持ちだったのか。まさに今の俺と瞬間、心、重ねている。


 というかコレ、マジでヤバくね?


 洒落にならないくらい俺、ヤバい状況に置かれてね?


 ちょっ、助けてパパン!? と我が親愛なる父上の方を盗み見ると、そこには、


「あぁ~、今日もいい天気だなぁ~……明日もきっといい天気♪」


 と、窓の外を眺めながら、ノホホンとしている親父がいた。


 おいクソジジィ!? 実の息子がピンチのときに現実逃避してんじゃねぇ! 


 もちろんそんな態度などおくびにも出すことなく、内心でパニックを起こすナイスタフガイ、ロミオ・アンドウ。


 まったく、自分の演技力に惚れ惚れするね。ほんと何で俺は役者をしていないのか自分でも不思議でしょうかないね! マジで日本の損失だと思うよ!


 まぁ人間、みんな自分の『人生』という名の舞台に立っている役者だから、おかしくもないのかな? ……ナニ言ってんだ俺は?


 どうやらあまりの出来事過ぎて軽くパニックに陥っているらしい。


 落ち着けロミオ・アンドウ、おまえはヤれは出来る子だって俺の中でもっぱらの噂のイケてる男子だろ?


 もっと自分の演技に自信を持て!


 俺が心の中で「ガンバレ♪ ガンバレ♪」と自分を鼓舞している間にも、ジュリエット様は遠い目をしている親父にその切れ味抜群の視線を向け、


「さて安堂主任、ご苦労だった。ロボの性能については後日レポートにまとめて提出しよう。今日はもうお引き取り願って結構だ」


 えっ!?


 思わずジュリエット様の方を向いてしまいかける顔を必死に抑制し、瞳だけで彼女の姿を見やる。


 そこには例の邪悪なる瞳で俺の姿を見据えるお嬢様の姿があった。


 や、ヤバい、ヤバい!? やっぱりまだ人間だって疑われてるよコレ!?


 ヤバいよパピー、助けて!?


「わ、分かりましたジュリエット様! そ、それでは私はここで失礼させていただきます!」


 こ・の・ク・ソ・ジ・ジ・イ☆


 俺の祈りもむなしく、親父は「ガンバ♪」というアイコンタクトだけを飛ばしてさっさと部屋を後にした。しやがった!


 あの、あのクソジジィ……愛しの息子を置いてさっさと逃げやがった!?


「……ふぅ、これでようやく2人きりになれたな」


 親父が退室して数秒後、まるで恋人のようなコトを口走りながらジュリエット様が俺の目の前へと移動してくる。


 頭3つ分小さいため、その瞳は下から覗きこむ感じになるのだが……なんだか睨まれている気がして落ち着かない。


 というかコレ、確実に疑われてるよね? そうだよね?


 無表情だからワカンネぇけど、絶対に俺をヒューマンだと疑っているよね!?


 あぁっ……思えば短い人生だった。


 拝啓 ネトゲ廃人のお母様へ――アナタの血筋は僕で終わりを迎えます。


 それから最近毛根の死滅が激しいお父様へ――くたばれ腐れ外道。


 俺が両親へ感謝の言葉を送っていると、ジュリエット様は無表情、無感情の声音で――





「ふわぁぁぁ~っ! 本物のロボットさんだぁ……しゅげぇ~っ!」





 ――はなく、歳不相応の可愛らしい声をあげてキャピキャピし始めた。

 




 ……………はっ?





「うわぁ~、我が家にロボットがやってくるだなんて漫画みたいな展開でドキドキするなぁ! わわっ!? 肌がゴツゴツだぁ! ロボットだからかなぁ? あっ、ご、ごめんね? 勝手に身体とか触っちゃって?」


 はわわっ!? とおっかなビックリと言った様子で俺の頬をペタペタと触ってくるジュリエット様。


 その瞳は先ほどの日本刀を彷彿とさせる鋭いモノとは違い、ほんわかと温かみに溢れていた。


 もうね、目尻なんかトロンと垂れ下がっているし、それにさっきまでの刺々しい雰囲気が霧散しているんだよね。


 無表情から一転、『にっこにっこに~♪』と言わんばかりに喜色満面の笑みを浮かべて俺のイケてるボディにウルトラタッチしてくるロリ巨乳。



 ぶっちゃけ……誰、この子?



 えっ? さっきと同一人物の人? 途中チェンジとかしてないよね?


 今度は別の意味で混乱する俺をよそに、ジュリエット様はニッコリと花が咲いたような笑みを浮かべて、



「あっ、そうだ! さっきは『ロボ』なんて呼び捨てにしてゴメンね? えっと……『ロボくん』って呼んでもいいかなぁ?」


「……自分のことはどうぞお嬢様のお好きなように呼んでください」


「ほんとに!? じゃあ改めまして、これからよろしくね? 『アーノルド・シュワルツェネ――』」


「『ロボくん』でお願いします」


「へっ? そ、そう? うん、わかった! それにしても声も人間の男の子みたいですご~いっ!」



 キャッキャ! と新しいオモチャを与えられた子どものようにハシャギまくるジュリエット様。


 こうして俺はこの日、俺の運命を変えてしまう本当は甘えん坊なお嬢様と劇的な出会いをすることになったのであった。



「これからよろしくね、ロボくん!」



 そう言って笑うお嬢様の笑顔は、不覚にメチャクチャ可愛かった。

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