第3話 ロミオと長ぁ~い1日!

 意味が分からない、そういった感情を最後に覚えたのいつだろうか?


 俺の記憶する限りでは確か……そう、アレは中学1年生の8月、夏休み最終日のことだ。


 幼稚園からの腐れ縁である我が従兄弟、大神金次狼おおかみきんじろうの家で、同じく幼稚園からの腐れ縁である司馬青子しばあおこちゃんと、学校は違ったけれど金次狼の子分と化していたあーちゃん(本名は俺も知らね)と共に夕方、線香花火をしていたときだった。


 大神家の前の道路で4人肩を寄せ合いながら、線香花火に火をけ、しみじみと夏の終わりをしんでいたときにソレは起こった。


『この火が落ちたら、夏も終わりだな……』なんて、らしくもなくセンチメンタルかつロマンティックなことを口にする金次狼。


 金次狼はどういった経緯いきさつがあったのかは知らんが、その前年の小学6年生の夏、2カ月もの間、富士の樹海で生活し、別人のようになって帰って来たことがあったのだ。


 一体何がどうなったら小学6年生の男の子が富士の樹海で生活することになるのか、すごく気になったが、まぁ金次狼なので深く考えないことにした。


 そんなひとなつを過ごしたせいか、金次狼はしきりに『今年は本当にいい夏休みだ……』と言っていたのを覚えている。


 だからだろうか、金次狼は少しでも長く線香花火を持たせようと一生懸命だった。


 俺と青子ちゃんの線香花火はすぐ落ちてしまい、それに続くようにしてあーちゃんの線香花火もポトリッ、と落ちる。


 そんな俺たち3人とは対照的に、必死になって線香花火に火をともし続ける金次狼。


 だが世の中、始まりがあれば終わりがある。


 あっけなく、金次狼の線香花火は地面へ落ちた。


 金次狼は火の灯っていない自分のこよりを見下ろしながら『終わっちゃったよ、俺の夏……』と寂しそうに微笑んだ。


 その哀愁あいしゅうただよう笑みに、金次狼の純粋極まりない気持ちを感じたのか、彼の子分であるあーちゃんがそっと金次狼に近づいた。


 あーちゃんは残念がる金次狼の手からこよりを受け取ると、その先端を掲げてみせた。


 そこには大きな火種がパチパチと燃えていた。






 ――そう、夕日という名の大きな火種が、こよりの先にともっていたのだ。






『きんちゃん殿、こうすればまだ夏は続くでおじゃるよ?』とグルグルメガネの奥の瞳をすがめながら、はにかむように笑みをこぼすあーちゃん。


 あーちゃんのそんな笑みに俺と青子ちゃんが見惚れてしまう。


 そのどこまでの気高く、美しい姿に、不覚にも心を奪われてしまった。


 どこまでもまっすぐな彼女の笑みを真正面から受けた金次狼はどんな反応をするのだろうか?


 気になった俺と青子ちゃんは彼女の隣に立っているハズの金次狼の方へと視線を向けた。







 ――そこには金次狼ではなく、何故かトヨタ・プリウスが停まっていた。







 そして運転席からベルト、ホック、チャックを全解放し、完全臨戦態勢の成人男性が『うひぃ~っ!?』と言いながら姿を現した。


 大神家の大黒柱にして『タバコを吸うくらいなら乳首を吸うわ!』でお馴染みの金次狼のパパ上、大神士狼おおかみしろうさんだ。


 士狼さんは金次狼の分身とも呼べる邪悪なる肉棒をチャックからはみ出しながら、『漏れる、漏れるぅぅぅ~っ!?』と悲鳴をあげて家の中へと入って行く。



 もう何が起こったのか分からなかった。



 あまりにも見事な手品を見たとき、その凄さを理解できない感覚に似ていた。


 なんせ我が十年来じゅうねんらいの友が消えた代わりに車と、この場におまわりさんが居れば一発で逮捕されかねないオッサンが現れたのだ。


 もはや俺の混乱は想像にかたくないだろう。


 そんなカオスを加速させるかのように、数秒後、ドシャリッ!? と粘土を遥か高みから叩きつけた音と共に金次狼が空から降ってきたことも意味が分からなかった。


 頭痛をこらえるようにこめかみを押さえる青子ちゃんの横で「親方……空から男の子が」とつぶやいたのを覚えている。


 そんな俺たちを横目に、しばらく呆然ぼうぜんとこよりをかかげていたあーちゃんだったが、行き場を無くしたこよりに視線を移すや否や、『左手はえるだけ……』とかシュートのコツを呟いていたっけ。


 結局そのあと、乗用車に派手に吹っ飛ばされたクセに傷一つ負っていない金次狼と共に、夕飯を御馳走になりその年の夏は終わりを告げた。


 思えば、そのくらいから金次狼が妙な打たれ強さを有し始めたような気もするが、正直ソレどころではなかった。


 なんせ自分を殺しかけたパパンと1時間後には平然と食卓を囲む大神家に恐怖を覚えていたからだ。


 普通にケロっとした様子で『父ちゃん、ソース取って?』と口にする金次狼に、俺と青子ちゃん、そしてあーちゃんは戦々恐々としていた。


 俺なら普通に児童相談所に駆け込む。


 というか、あんな事故があったにも関わらず平然と夕飯を用意する金次狼のママンにもいくらか怖いモノがあった。


 この一家、頭の一部にガタでもきているんじゃなだろうか?


 そんなコトを考えながら、金次狼のママンが作ってくれた舌の上でとろける豚の角煮を頬張る俺なのであった。




「お~い、ロミオぉ~? 現実逃避するのは構わんがそろそろ帰ってこぉ~い?」

「――ハッ!?」



 親父の『夜逃げ』宣言が理解できず、異世界へと飛びかけていた意識がやっとのこと現実世界へ帰還。


 ただいま世界、グッモーニングワールド!


 俺は慌ててキッチンから居間へと移動し、親父の肩をガッ! と乱暴に掴んでガクガクと前後に揺らした。


「ちょっ、親父!? 夜逃げってどういうことだ!?」

「お、落ち着け我が息子よ? とりあえずまずは落ち着いてパパの話を聞きなさい?」


 と、事ここ至ってもノホホンとした声音でヘラヘラ笑うマイダディ。


 正直「笑っている場合じゃねぇだろう!?」と怒鳴りつけたい気持ちもなくはないが、俺ももう大人だ。まずは落ち着こう。


 そうだ落ち着け俺。


 まずは落ち着いて目の前の男をボコボコに……違う、話を聞くんだ。


 どうやら自分でも結構動揺しているらしい。


 俺は3度ほど大きく深呼吸を繰り返し、目線だけで「続けて?」と親父にアイコンタクトを送った。


 親父はそんな俺の姿に「うんうん」と1人納得したように首を縦に振りながら、ようやく本題を切り出してきた。


「パパが世界的にも有名な『ジュリエット工房』で働いているのは知っているね?」

「もちろん、俺の数少ない自慢の1つだからな」


 ジュリエット工房――それは大貴族にして大富豪、モンタギュー家が経営する世界の機械産業を二分する大企業の名前だ。


 子どものオモチャから介護福祉ロボットまで、世界の最先端をいく技術を持ったプロフェッショナル集団の集まり、それが俺の親父が所属する会社の実態だ。


 俺も何度か誕生日プレゼントに親父の作ったよくわからんメカを貰ったものだ。


 もちろんソレらは大切にゴミ箱という名の宝物に入れに保存している。今頃冷蔵庫あたりに生まれ変わっている頃だろうか?


 親父はそんな俺のリアクションに満足しつつ、道順を立てるようにゆっくりと口をひらいていく。


「実はパパね、雇用主の娘さん――つまりモンタギュー家の次期当主様から『ある依頼』を受けて秘密裏にヒト型アンドロイドを製作していたんだよ」


「さらっと言ってるけどトンデモねぇモノ製作してるな親父……ん? 『ある依頼』?」


 ソレッてなんだよ? と続きをうながすよりもはやく親父は続けた。


「ここだけの話なんだが次期モンタギュー家当主、ジュリエット・フォン・モンタギュー様は極度の人間嫌いなんだ」

「人間嫌い……?」

「そう。なんでも幼少期の頃からその地位を狙った親族や敵対企業から何度も命を狙われてきたらしくてね、そのせいか無機物しか信用できない女性に育ってしまったんだ」


 しかしソレだと跡継ぎを残すどころか、男性と一緒になることすら出来ない。


 そこでジュリエット様はパパの部署にある勅命ちょくめいを出した、と親父は続けた。


「その勅命っていうのが、少しでも男性に慣れるために、同年代の男性ソックリのアンドロイドの彼氏を製作しなさいっていうモノだった」

「同年代ソックリのアンドロイドの彼氏って……お嬢様いくつだよ?」

「確か今年で17歳だから、高校2年生だよ」


 ソレを聞いて俺はホッと胸を撫で下ろした。


 いやだってさ? コレをしてきた依頼主が三十路独身彼氏ナシとかだったら、あまりの哀れさに直視出来ないところだったよ?


 いやむしろ「現実を見ろ?」と諭しにかかるどころか、一緒に婚活パーティーへ同伴しているところだわ。


 いや17歳でも結構ギリギリか? う~ん?


「もちろん雇用主の娘の依頼だからね、パパたちに拒否権なんか無かったよ」


 さっそく親父たちはその日からジュリエット様の彼氏を作るべく、男性型アンドロイドの製作にとりかかったらしい。


 アンドロイドの製作は難航に難航を示したらしく、もはや国家予算級のお金を投資して開発が行われた。


 そして先日、3年の月日を経て、ヒト型アンドロイドが完成した。


「パパ達は狂気乱舞したよ。なんせ人類で誰もなし得なかった事を成し遂げたんだ! これは世界のロボット産業を一気に発展させるすごい発明だってね」

「確かに、アンドロイドなんてアニメや漫画の世界の話だもんな。ソレを作っちまうなんてスゲェな親父」


 これは未来の猫型ロボットが押入れにやってくるのも時間の問題か?


 なんて考えていた俺の思考をぶった切るように、親父の乾いた笑みが部屋へと木霊した。


「ハハッ……ハァ。ただね? そこで『ある問題』が発生したんだよ」

「『ある問題』? なんだよ? もしかして、起動しなかったとか?」

「いやキチンと起動はしたし、アンドロイドの方には問題はなかったんだよ。……そう、アンドロイドの方には、ね」


 ……なんだろう、すごく嫌な予感がする。


 気がつくとゴクリッ、と喉が鳴った。


 飲み干したのは唾液ではない、あえて言うなら覚悟を飲み干した。


 親父は快楽堕ちが確定している退魔忍たいまにんのような面持おももちで、



「実は……アンドロイドを一緒に開発研究していたパパの部下(三十路、独身、彼氏ナシ)が、その……アンドロイドに恋をしちゃったらしくてね?」

「うん?」

「先日、パパ達が必死の思いで作り上げたアンドロイドと一緒に……夜逃げしちゃった♪ テヘッ☆」

「ムカつく、殺そう」


 うんもうムカつくのね、とにかくムカつくのね、心底ムカつくのね。


 もう何が一番ムカつくって、親父の部下(独身)に盗まれたアンドロイドにでもなく、ちょっとでも可愛い子アピールして誤魔化そうとウィンクを飛ばしてくる親父が一番ムカつくのよね。


 もし肉親じゃなければ今頃俺の拳がこのオッサンの頬にパイルダー・オンしているところだ。


 というかアンドロイドに恋する三十路(独身)もスゲェな。


 漫画以外で見たことねぇぞ、そんなシチュエーション。


 気づけ親父の部下(処女だってさ)よ、そこから先は地獄だぞ?


「アンドロイドに恋しちゃうだなんて……変態の所業じゃねぇか。スゲェな親父の部下」

「まぁあの子は処女をこじらせすぎていたからね。この間も『婚活パーティーに失敗した』って、研究室にこもって泣きながら全裸でソーラン節を踊ってたくらいだし」

「もう末期じゃん……早く誰か貰ってやれよ?」

「本人曰く『あとは納品されるだけなのに……』だってさ」


 全裸でソーラン節って……納品されても絶対に返品されるよソレ? クーリングオフ万歳!


「とまぁ、パパの部下がアンドロイドと夜逃げしたばかりにモンタギュー家の資産を使った壮大のプロジェクトは一瞬で水の泡。しかも明日、時期当主様にアンドロイドをお披露目しないといけないのね……アンドロイドが居ない状態で」


 ハハッ、と親父の笑みが引きつっている。


 おそらく俺の顔を引きつっているだろう。


 国家予算級の金を湯水のごとく使って完成させたアンドロイドが失踪、いや神風怪盗バリに盗まれただなんて雇用主にバレれば……間違いなく責任者の親父は解雇されるだろう。


 いや解雇されるだけならまだいい……問題は雇用主に「賠償しろ!」と言われたときのことだ。


 もちろん我が安堂家に国家予算級のマネーを賠償ばいしょうする財力など存在するワケもなく……。


 気がつくと、俺のこめかみに冷たい汗が流れていた。


 そんな俺の気持ちを察してか、親父がぎこちなく首を縦に振った。


「うん、おそらく解雇どころか一族郎党皆殺し、もしくは瀬戸内海のお魚さんのエサになることは間違いないだろうね」

「……この時期の瀬戸内海は冷たいからなぁ、嫌だなぁ」

「さて、パパたちの置かれている現状も分かったことだし、さっさと荷造りをしなさいロミオ。今日中には国外へ逃げなきゃいけないんだから」


 そう言って親父はチラッ、と机の上に鎮座した置時計へと視線を移す。


 時刻はもうすぐ午後1時。俺が高校を卒業してからもうすぐ1時間が経過しようとしていた。


 まさか高校卒業をすると同時に、この世界からも卒業しかけてしまうだなんて、尾崎豊先生もビックリの展開速度だ。


「なぁ親父、今さらこんなことを言うのもアレなんだけどさ、どうにか何ねぇの? その……他のアンドロイドを用意するとかさ?」

「素体データも残っているし別に出来なくもないが……お金と時間が圧倒的に足りないからなぁ。あと3カ月、いや半年……長くて1年ほどあれば完璧なアンドロイドは出来るんだが……」

「じゃあ作ればいいじゃん」


 簡単に言うなよ……、と親父は苦笑交じりのため息をこぼした。


「パパたちがアンドロイドを作っている間の3カ月はどう言い訳をすればいい? アンドロイドのマネをした影武者でも送って誤魔化すのか? ハハッ、不可能だよ。時期当主様と同年代の、しかも男の子のアンドロイドの影武者を無償で行ってくれる人間なんてそう簡単には見つからな――あっ」


 瞬間、親父が何か気がついたように俺をまっすぐ射抜いてきた。


 えっ? なになに? なんでそんな「ヤベェコトに気づいちゃった☆」みたいな顔をするの?


 ブルリッ、と俺の背中に北風小僧100人分くらいの悪寒が一気に走り抜けて行った気がした。


 そんな息子の不安を煽るように、パパ上がこの上なく上機嫌な笑みを浮かべて、


「ねぇロミオく~ん?」


 と猫撫で声を発してきた。


 き、キメェ!? オッサンの甘えた声ほど聞くに堪えないモノはないよね!


「な、なんだよ……?」

「そういえばロミオって、明日から無職のプーさんなんだよね?」

「ちょっと? 人の傷口に塩を塗り込まないでくれます?」


 まだ乾いていないどころかぬめっているというのに、このオッサンは……ッ!


 そんなに息子がニートで嬉しいかコノヤロウ!?


 と、文句の1つでも言ってやろうかとした矢先、親父はニッチャリ、と邪悪な笑みを浮かべてこう言った。


「実はさ、そんなロミオにパパ、お仕事を紹介してあげようと思ってね! 大丈夫、バカでも出来る簡単なお仕事だから!」

「えっ? 今このタイミングで仕事を斡旋あっせんしてくれんの? 夜逃げは?」

「大丈夫、大丈夫! ロミオがこの仕事を引き受けてくれれば夜逃げしなくても良くなるから!」

「俺が引き受けると夜逃げしなくてもよくなる? ……って、まさか!?」


 まるでパズルのピースをはめ込むかの如く、俺の脳裏に稲妻の如き『ある考え』がぎってしまった。


 それはどこまでもバカげていて、1歩間違えれば安堂家の崩壊どころか、我が生涯がマジでゲームオーバーになりかねない諸刃の奇策。


 ま、まさかこのオッサン!? と、俺の驚愕をよそに「その通り!」とばかりに悪い顔を浮かべるマイダディ。






「ロミオ――ちょっとアンドロイドになってみない?」






 こうして俺は無事プー太郎から汎用ヒト型決戦執事 人造人間ロミオゲリオンとして世界屈指の大富豪ジュリエット・フォン・モンタギュー様の彼氏に就職することになった。

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