AWO〜ゼロと愉快な5人の仲間たち〜

瀬戸卯辰

第1話 プロローグ

 目の前に広がる数万もの魔物。それに立ち向かうは三千の国兵と訪問者プレイヤーの軍勢。


 勝てないと絶望に顔を青く染める者、民を守るのが誇りだと決死の覚悟を決める者、大規模イベントだと騒ぐ者。三者三様の反応を見せるが彼らの後ろには王都があり、街中からは不安の声が聞こえてくる。

 彼らの勝利条件はただ一つ、住民に被害を出すことなく魔物を退けることだ。


 魔物の大氾濫スタンピード


 魔泉が突如として決壊することにより起こる魔物の大量発生。それが今、彼らに猛威を振るおうとしていた。


 静寂のみが支配する戦場に突如として雷鳴が鳴り響いた。

 先刻までは晴天で雲一つなかった空模様が徐々に黒い雲で覆われていく。

 それに合わせるようにファングウルフが遠吠えをし、ゴブリンやオークたちが武器を掲げる。そして奥にいる魔物たちも雄たけびを上げた。

 まるで今から起こるのは戦闘ではなく、ただの蹂躙であると言うかのよう。


 魔物のたちの鼓舞が最高潮に達した時、一条の光が戦場に落ち、そこから一体の化け物が現れた。

 そして宙に舞い上がった。

 それは全身を黒く染めた人間のような姿でありながら、蝙蝠の羽に先が三又の槍のようになった尻尾。極めつけは額から伸びる二本の角が生えた異形の化け物だった。


「悪魔だ! 悪魔が来たんだ! やっぱりあの噂は本当だったんだ!!」


 それが現れた瞬間、一人の兵士が泣き叫んだ。

 それを起点に恐怖は伝染し、戦場に立つ者たちが悲嘆に暮れ始める。それほどまでにその悪魔は異様な気配を放っていた。


「これは、これは。私の催し物に来てくださって誠にありがとうございます。訪問者共がいるのは想定外でしたが贄が増えたと考えればまさに幸運!!」


 『勝てるわけがない』誰もがそう思った。たった数人の訪問者を除いて。

 悪魔が空中にて演説をする最中、城壁の上では紫の瞳が特徴的な男を筆頭に数名の訪問者が眼前の悪魔を眺めていた。


「落とせるか?」


 先頭に立っていた男が長弓を持つ男に問い掛ける。


「もちろんだよ、ゼロ。僕に任せといて」


 ゼロと呼ばれた男に頼まれた金髪の男は弓に矢を重ね弦を引いた。


「この街を滅ぼせば私はさらなる高みに昇れる!! さあ、パーティーをはじ......グッハァ!?」


 悪魔が高らかに笑い、いざ戦闘の幕を切って落とそうとした瞬間、遠方から飛来した矢に撃たれ墜落する。


「流石、僕だね」 

「だせえな、あいつ!!」

「そう言ってやるな」

「俺たちも下に行くか?」

「ですな。吾輩も早く戦いたいですぞ」


 戦場に立つ誰もが城壁の上と墜落した悪魔を何度も見返しながら唖然とする中、彼らは我関せずと話し出す。


「魔物たちは任せられるか?」


 ゼロと呼ばれる訪問者が後ろにいる豪華な剣を腰に携えた訪問者に話し掛ける。


「分かりました。下のプレイヤーは私たちが指揮を執っておきます。それにしてもイベントシーンすら許さないとはあの悪魔に同情しますね」

「それが私たちの楽しみ方だからな。さて始めるとするか」

 

 城壁に立つ彼らは笑みを浮かべながら地面に飛び降りる。彼らが見据えるのは悪魔ただ一人。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


 墜落した悪魔は立ち上がり、魔物と人間が攻防を繰り広げる戦場を睥睨する。

 その瞳には怒りと微かな怯えが見て取れた。


 そこに数人の訪問者が殺到する。全員が何かしらの得物を携え攻撃していく様はまさしく勇者というにふさわしかった。だが、それは敵が魔物ならばの話であって悪魔に挑むなど愚行だ。


 悪魔が虫を追い払うが如く腕を振るう。すると先ほどまで悪魔に攻撃をしようとしていた者たち、さらに周囲の者まで巻き込んでその姿を骸へと変え、神々の加護により教会へと送還されていく。

 次に悪魔を襲うのは遠距離攻撃職の訪問者によって放たれた矢や魔術だ。

 色とりどりの剣や槍、嵐までもが悪魔に直撃して砂塵を巻き上げる。


 『やったか?』そう誰かが呟いた。だが、それは彼の願望に過ぎなかった。


 砂が舞う戦場の中から悪魔が歩いてその姿を見せつける。

 幾千の魔術を喰らったはずの悪魔には一切の外傷は見られず、唯一変化が見れたのは右手に集う魔力の渦のみ。

 危険を察した魔術士の訪問者が『避けろ!!』と声を出そうとするがその者はその言葉を口に出すことは出来なかった。


 何故なら、彼らが先ほどまで陣取っていた箇所は草木も生えぬ焦土と化したのだから。


 まさに圧倒的力。人類など所詮はゴミであるというかのように悪魔は次々と訪問者を骸へと変えていく。

 興が乗って来たのか、はたまた焦燥に駆られてか悪魔の進撃は徐々に激しさを増す。だが悪魔の行進もここで一時停滞することになる。


 城壁から呼び降りた獣人族の特徴を持った男が悪魔に接敵し、両手で構えた大剣を踏み込みと同時に放つ。

 アーツにより打ち出された大剣は青いオーラで軌道を描きながら悪魔の胴体に直撃した......そう思った瞬間、悪魔はどこからともなく取り出した剣で攻撃を完全に防ぎ、さらにはスキルの発動により硬直状態に入った獣人族の男を殺すためにもう片方の剣を振り下ろした。

 しかし、それを身の丈以上の盾を構えた獣人族の仲間が間に入ることで防ぎ、盾を押し返すことで悪魔の体勢を僅かに崩す。

 そこに追撃を仕掛けるため黒の衣装に身を包んだ男が踊り出て二振りの短剣で斬撃を浴びせる。


 悪魔が痺れを切らし、後退して手に魔力を集中させる。次第に魔力は形を成して魔術陣を構成した。

 それは巨大だった。それこそ、この戦場にいる人間の大半を効果範囲に収めてしまうほどには。

 だが、その魔術が発動されることはない。

 何故なら、先ほど悪魔を撃ち落とした男が弓を構えているからだ。

 その男が放とうとする矢は放電し、風が渦巻いている。


 そして、それが放たれた。

 正確無慈悲に射出された矢は魔力を操作していた悪魔の手を射抜く。

 それだけではなく矢が触れた直後、悪魔の手がプラズマ化し、鎌鼬が蹂躙を始め、悪魔から右手と言い存在を消失させた。


 魔力操作が途切れたことで悪魔が展開した魔術陣は空気に溶けていくように消えていくが再び悪魔の頭上に6つの魔術陣が形成された。それぞれ赤、緑、茶、黄、青、透明の6色だ。

 しかし悪魔の顔には焦りが見えた。

 それもそのはず、その6つの魔術陣を展開したのは悪魔本人ではなく、弓使いの隣にいる仮面を着けた男なのだから。


 仮面の男はまるで指揮者のように腕を振り下ろす。

 すると、それと連動するように展開された魔術陣から火や風、岩、雷、氷、衝撃を具現化した柱が空中より悪魔を圧死させるために射出される。


 魔術の攻撃によりそのHPを減少させた悪魔は立ち上がり、厄介な相手として定めた弓使いの男と仮面の男を殺さんとばかりに地面を蹴り飛ばして二人に急接近する。

 それを阻止するために盾を持った男が間に入るがいつの間にか元に戻っていた右手で吹き飛ばされる。


 遂に悪魔は弓使いの男の目前まで迫る。悪魔は肥大化させた右手を以って弓使いを殴り飛ばそうと拳を突き出し......その場で一回転するはめになった。

 空中に放り出された悪魔は衝撃を受けて地面に叩きつけられ、さらに追撃と言わんばかりに蹴り飛ばされて数度のバウンドの果てに立ち上がる。

 そこで悪魔が目にしたものは弓使いと仮面の魔術士の前に立つ神官服の男だった。


 悪魔がその神官服の男、いや、ゼロという男を視界に入れてから数瞬で再度悪魔に衝撃が加わった。

 それはゼロの蹴りによる攻撃であり、蹴り飛ばされた悪魔はなんとか体勢を整えるが気づいた時にはまたもゼロが目の前におり、拳を突き出していた。

 その攻撃を両腕をクロスすることで防いだ悪魔は訪れるはずの衝撃が来ないことに怪訝そうな顔をするがそれから一拍おいて落雷の如く轟音に衝撃波を伴って悪魔の両腕が消失する。


 悪魔はゼロという男に最大限の警戒を示して腕を再生させればゼロは嬉しそうに口角を上げた。

 悪魔の身体を闇が覆い尽くし漆黒の鎧がその身を着飾る。ゼロが腰から一振りの得物を取り出し、悪魔と相対すればその傍らに残りの5人も駆けつけて各々が戦意を滾らせる。


 戦いはこれを以って激しさを増していく。古の時代、人類を滅亡に追いやった悪魔との戦いが再び幕を開けようとしていた。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


 これは剣と魔法の世界。

 神が世界を創り、天使が管理するマグバースと呼ばれる惑星を自由に渡り歩くことができるゲーム。

 AnotherアナザーWorldワールドOnlineオンライン通称AWOにおいて、“鬼畜神官”や“人でなし”などと不名誉な二つ名で呼ばれながらも最強の座につくプレイヤー、【ゼロ】のプレイ記録である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る