9話「掲示板にて」




まさか自分がそんなことをするなんて、考えたこともなかった。でも私はインターネットで「自殺」と検索して、瞬時にずらりと並んだ検索結果に、まずはため息を吐く。


まず、ページの一番上には「辛くて死にたいときは こころ電話」という、夜中にも受付をしている自殺防止なのだろう窓口のURLが現れた。その次に「うつ 死にたいと思ったら専門家に相談してみませんか?」、「辛い気持ち、一人で抱え込まないで」、「県内の心療内科・精神科一覧」…。


“…無駄よ。一人で抱え込むな、なんて。だって私だけの気持ちだもの…”


私は自殺を止めるためのページは全部無視して、どこかで誰でも聞いたことのある、「自殺したい気持ちを持った人たちが集まる場所」を探した。検索ページを何枚か送ると、案の定、“自殺掲示板”というものが現れた。


「あった…本当にあるものなんだ…」


なんとなく、独り言が今日は多い気がするけど、私は思わずそう口走って、そのリンク文字をクリックする。画面はぱっと切り替わり、真っ黒な背景に、赤い四角で囲まれた大きなサイト名が一番上に現れた。


最初は黒い背景に赤文字だからよく分からなかったけど、その下にあったのは、掲示板にあるトピックの件名が乱雑に詰め込まれた、大量の文字列だった。その中に、一つだけ一番上に固定されている大きな文字で書かれたトピックのリンクがあり、「初めましてトピ」と書いてあった。


“私、掲示板とかあんまり入ったことないけど、ここに多分自己紹介を書き込むんだろな…”


私はそこをクリックして中に入り、入力画面から、自己紹介を書いた。


“16才です。高校1年です。友達が自殺しました。両親が離婚しました。どうしたらいいかわからないです。わからないけど、死にたいと思いました。”


そこには「詳しい個人情報を書かないで下さい」とはあったけど、「在住県」という欄だけはプルダウンバーで選択することが出来たので、自分が住んでいる県を選択して入力し、メールアドレスも登録してみた。誰かと話したいという気持ちもあったけど、私は何も考えることが出来なかったから、ただ書かれていることに従ったというだけだったかもしれない。



でも、そこに何かを書いたところで、問題は解決されないし、私の落ち込んだ気持ちがすっきりするはずもない。だからトップページに戻って、最初に見た時から気になっていたリンクをクリックした。


「初心者チャット」。そこには小さな文字でそう書いてあった。タイピングがとても遅いけど、とにかく何かを吐き出していないと、私は次に息をすることもできないと思った。チャットルームに入室する名前は、なんとなく「たかこ」にした。



タイガー:今夜もなかなか眠れないなあ

優:私も

ことのり:無理しても仕方ないじゃん(;'∀')

<<たかこ>さんが入室しました。>

ことのり:たかこさん、こん、初めましてですね(^^♪

タイガー:こん。はじめまして

優:こん、たかこさん



“えっ?「こん」って何?”



たかこ:「こん」ってなんですか?

タイガー:「こんばんは」とか「こんにちは」の略だよ(^^)/

優:もう2時ですね、私落ちます

タイガー:おやすみー(^_-)-☆

ことのり:おやすみ優ちゃん

タイガー:あーはらへった

ことのり:私ちょっと薬効いてきました

タイガー:たかこさんっていくつ?(^^♪

ことのり:ここに来たってことは

タイガー:チャット初めてっぽいね

ことのり:病院とか行ってるんですか?



どうしよう…やっぱり全然会話についていけないスピードだし、「病院行ってる?」って聞くってことは、この人たちは行ってるのかな…。私みたいな、一瞬「死にたい」って思っただけの人間なんかがこんなところに居て、いいのかな…。


“「メンヘラ」とかって、聞いたことある…。やっぱりそういう人が集まるんだ…”



たかこ:私は病院は行ってないんですけど、ちょっと事情があって、死にたいんです。それだけです

ことのり:そうなんですね

タイガー:ごはん食べられないとか、体動かないとかある?疲れやすいとか



“どうしよう…なんか、私病気だと思われてる?親切そうではあるけど、なんか薄気味悪い…”



私はしばらく返事を書かなかった。でも、その間にも画面は流れていく。



ことのり:もし、落ち込むだけじゃなくて、気力、体力、食欲にも異常が出たら、専門機関の受診をお勧めしますよ

タイガー:早期発見が早道

タイガー:学生だったら学校、社会人だったら職場行けなくなったら病院よ



私はそこで、ギクッとした。


“最近、学校行きたくなくて、全然行かない日もある…。”


で、でもそんなに問題じゃない、私はちょっとひどく落ち込んでるだけで、それに、自分が病気だなんて感じ、しないし…。



たかこ:学生なんですけど、たまに学校いけないときはあります

ことのり:心配だね

タイガー:ちょっと注意かな、でも、寝られない食べられないになったら病院おすすめ(;^ω^)



“そういえば、最近あんまりごはん食べてないかも…お母さんからも、「もっと食べなさい」って言われてるし…。それに、今日はこんな時間になっても寝てない…”


私はそこで初めてそれに思い至った。それまでは、そんなことを気にしてられる状況じゃなかった。



タイガー:じゃ、俺夜食くってくる(^^)/

ことのり:私は眠いので寝ます。たかこさんお体おだいじに

<<タイガー>さんが退室しました。>

<<ことのり>さんが退室しました。>

たかこ:ありがとうございます、ことのりさん、タイガーさん。



もう遅い時間だったのもあって、みんなあっという間に退室していってしまった。それに、ここはなんだかにぎやかな交流の場って感じみたいだった。


“場違い、だったかなあ…”



そう思っていると、私のポケットの中でスマートフォンが二度振動した。それはメールの受信を報せる振動だ。インターネットカフェに入る時も確認したけど、お母さんから五回ほど電話はあった。もしかしたら、今度はメールかもしれない。


私は見たくなかったのに、やっぱり罪悪感からホーム画面を開いてしまった。でも、そこにあったのは“お母さん”という文字ではなかった。


知らないメールアドレスからメールが来ていた。迷惑メールかもしれないと思ったけど、件名でそうでないことが分かった。



「自殺掲示板見ました」



私はその瞬間、ちょっとゾッとした。多分さっき、「初めましてトピ」にメールアドレスを載せてしまったからだろう。



“嘘。メールアドレス書くと、やっぱり送って来る人って居るんだ。どうしよう。でも、ただのメールだし…”


私は戸惑いながらも、内容を確認する。



「私、同じ県に住んでいる者です。お近くなら、これから会えませんか?」



“なにこれ。出会い系サイトと勘違いしてるんじゃないの?”そう思ったけど、私はその簡素なメールに添えられた最後の一文で、ぐらっと頭が揺らいだ。




「一緒に死にませんか?」







Continue.

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