思い出話と月の泉

 * * *


「ふふ、みんなちゃったね」

「そうだな」


 おまつさわぎのあとふねうえことないほどらかっていた。みんな各々おのおの理由りゆうねむりこけている。おおきなおなか上下じょうげさせてしあわせそうなかれらに布団ふとんをかけた。

 ドンクはひさしぶりのおさけ舌鼓したつづみ。すっかりぱらったあとはおりの舟歌ふなうた大声おおごえうたい、ディーディーがそれにはらかかえてわらころげていた。どもたちはおにくとジュースをあさりながらその様子ようすたのしそうにながめていた。唐突とうとつられたときはちょっとこまりながらもこえをそろえてうたい、みんなかたんであのつきこうにかって大声おおごえさけんだりした。

 ――そうしてわたしとジャンだけがしずかな甲板かんぱんうえのこったのだった。

 どもたちかせ、船室せんしつしずかにめたわたしかってジャンがこっそり手招てまねきする。すぐそばにはふなべりにそなけられたボートがひとつ。

 いたずらをかんがえるようなそのやんちゃなに、なんだかものすごくわくわくした。

「ね、ソフィー」

なになに?」

二人ふたりでちょっとそうよ」

「え!?」

 まさかその言葉ことばかれくちからてくるとはおもわず、びっくり。

「……いやだった?」

「や、じゃなくて、まさかジャンがうとはおもわなくって……」

 ほら、いつも真面目まじめ格好かっこういいから、とかいそうになったくちしかる。なにわそうとしてんのよ、このくちは!

 一人ひとりになりながらあわあわしているとジャンがかたらしてくすくすわらう。

「な、なによぉ」

「んふふ。まあ? おれもいたずらきですから」

「もうー」

 二人ふたりでおどけてまたくすくすわらった。

 やがて月光げっこうびながらジャンがしてきた。

「ほら、おいで。きみせたいものがあるんだよ」

「ええ、よろこんで」

 ボートはやがて海面かいめんりた。

 オールをぎしぎしわせながらすこしずつすすんでいく。

 ほしえないぐらいつきかがやいてた。


 * * *


「ジャンって、むかしから海賊かいぞくだったの?」


 おもむろにいてみる。

 しばらくはだまったままだった。

「いや、うーん。なんえばいんだろ」

「じゃあお父様とうさま立派りっぱ海賊かいぞく船長せんちょうとかだった?」

「それはあきらかノーだな。元々もともと海賊かいぞくとはまった無縁むえんいえだ」

「そうなの?」

「まぁな」

 でもあまおどろかなかった。なんというか、もとめていたこたえだったようなすらしているぐらい。

「それじゃあジャンは本当ほんとうなにになる予定よていだったの?」

くにえらひと政治家せいじかみたいにくにうごかしてたみ平和へいわみちびく……てきな? まぁそんなとこだ」

貴族きぞく?」

「かなぁ。そこらへんはよくかんないけど」

なんで? 特別とくべつなの?」

「いや? すごいおさなときげてきちゃったからさ」

げ……」

 さらっとながしたかれ言葉ことばに、今度こんどはハッといきをのまざるをえなかった。

 ほんんできた「ヤバン」な海賊かいぞくイメージとちがっていたから、もしかしたら元々もともと海賊かいぞくではなかったんだろう。それは予想よそう出来できていた。

 でもそこからさききりにつつまれたかれ姿すがたまではえなくて、でもりたくて。

げたの?」

 おもわずまえのめりになっていた。

げたよ。ソフィーみたいにね」

 そうって不意ふいにあごをこしょこしょなでてくるかれかた冗談じょうだんめかしているのに、そのひとみはどこかとおくをさびしげにている。

 ギャップにきこまれていく。

おれさ、“キゾクのあそび”ってのがだいきらいだった。自由じゆううごけないし、香水こうすいのにおいがクサイし、なんかえらそうだし、たのしいこと出来できないし、ふくはキツイしさ」

「……」

なにより、まちたみをバカにしてるのがにくわなくって。いつもこーゆーのやだってってたら今度こんどまわりの大人達おとなたちしかったりわらったりしてくるんだ。しつけがわるいってさ」

「まあ」

「な? 失礼しつれいぶっこいっちゃうだろ? おれはこんなにも格好かっこうくてあたまくてお行儀ぎょうぎくてイケメンなのにさ!」

「あれ、あたまかったっけ」

「ソフィイイイ」

「ふふふ、ジョーダンよ」

 不満ふまんそうにじっとつめ、それからはなしもどる。

「――ま、とにかくそーゆーこと。みんなえらそうだし、すぐにバカにしてくるし、自由じゆうにさせてくれないからさ。……おとうといてげてきちゃったんだ」

おとうと? いるの?」

「いるよ。おにいちゃんのイケメンな双子ふたごおとうとがね」

 また冗談じょうだんめかしてむねてながらドヤがおめた。

「――あ、そうだ。な、ソフィー、いてよ。アイツな、すごいんだぜ? おれより優秀ゆうしゅう勉強べんきょうもできるしスポーツもできるし、すらっとしてて笑顔えがおもキレイでさー。政治せいじとかもおれよりよくかってるし、ヴァイオリンまでけるんだよ? ――んだよ、ヴァイオリンって。イケメンのお約束やくそくすずしいかおでクリアしやがって」

「ジャンはげんとかっちゃうタイプでしょ?」

「そうだなぁ。ホラ、あのセットさ。よくよくるとけんたてえてくるだろ?」

「あきれた! こわしたの?」

「そううなって! そりゃ楽器職人がっきしょくにんにはわることしたっていま反省はんせいしてるけど……」

「もう……いつかかえったらちゃんとあやまりなさいよ」

「へーい」

 なんだかおねえちゃんとおとうとみたい。

「それじゃあジャンはそのおとうとさんとはなかわるかったの?」

「へへ。と、おもうだろ? ちがうんだねー、むしろおれにアイツがあこがれてたんだねー!」

「へぇ! すごいじゃない!」

「だろ!? アイツ、自由時間じゆうじかんになったら図書館としょかんすみほうまでるんだ。何故なぜっておれがいるからな!」

「とするとあなたは勉強べんきょうからげてるのね? すでに」

「モチロン! 真面目まじめにやってるのはアイツだけだよ」

「あきれた!」

「だからそううなってば。――あ、で、はなしもどすけど、そこはおれらの秘密ひみつ基地きち毎日まいにちのように海賊物語かいぞくものがたりんでは二人ふたり地図ちずえがいた。ドクロのおおきなしまに、妖精ようせい秘境ひきょうもりおくにはドラゴンがねむ洞窟どうくつがあって、そのおくには神秘しんぴいずみがある。ドラゴンが気持きもちよくねむってるすきもぐってみるとそこには別世界べっせかいひろがっているんだ! 大人達おとなたちだれもここにれないひろ世界せかいゆめくに!」

「わぁ、素敵すてきね!」

「そりゃおれかんがえるからな! ――でもこういうたのしい時間じかんながくはつづかない。教育係きょういくがかりなんかはおれらがどこにいるってってるからまっすぐ図書館としょかんつかまえにやってるんだよ」

「え!? そんなのどうやってげるのよ!?」

「だーいじょうぶ! そこらへんおれらのほう一枚いちまい上手うわてだから」

「もしかして……あなをカーペットのしたったりしたのね?」

大正解だいせいかい! どろんこまみれになりながら二人ふたりうみ目指めざしたよ。それでつかまったら今度こんどべつあなるんだ。それで最終的さいしゅうてきなそのかずなんと!」

「「百二十六個ひゃくにじゅうろっこ!!」」

 こえがそろってジャンがまるくした。

「アレ、よくってんじゃん! うってやつ?」

なんかねーひとってんのよ。なんかねー」

 そうって二人ふたりでケタケタ。

「――でも、おれはアイツをいてきた。あんなにしたってくれてたのに」

「……」

 あるよる二人ふたりはおじいちゃまに脱走だっそうしたいってことをとうとうけたらしい。もう我慢がまんができないってくジャンに、おにいちゃんがくならぼくもとってかないおとうとに。おじいちゃまはかんがいた結果けっか、とある場所ばしょ二人ふたりをかくまうため、協力者きょうりょくしゃんで脱走だっそう決行けっこうしたという。

「それがレイレイとの出会であい?」

 しずかにうなずいた。

「でもアイツは全員ぜんいんから期待きたいされてた。おれはオジャマむしだからべつくても、アイツだけはずっと手元てもといておきたかったんだ」

「……」

「……どんなにじいちゃんとレイが抵抗ていこうしても、さすがに大人数おおにんずうにはてなかった。おれはといえばそのおにみたいな軍隊ぐんたいこしかしちゃって」

「それで、ずっとなやんでたの?」

「……はは、カッコわるいだろ? 多分たぶんアイツ、一番いちばん最初さいしょおれげたのってたぜ? きっとうらんでる。それがこわくてさ。ずっとあのくにかえれていなかった。この眼帯がんたいも」

 いながら右目みぎめをそっとなでる。

はずしてかがみればアイツのかおうつるから。められるのがこわいし、てしまえばおにになったアイツがっかけてきそうながして、それもこわくて」

「……」

「ずっと、だれにもえなくて」

「ジャン……」

「だからおれはじめておまえ出会であってさ、おまえがいきなり子分こぶん二人ふたりかこいこんだり、結婚けっこんしたくないとかったりしたときはさすがにびっくりした。おなじだって、おれ一緒いっしょだっておもってさ」

「……」

「だからかな? 冒険ぼうけんしてみようっておもえたんだ。うみえて、こわいものにかおうってにようやくなれた。あの遺跡いせき攻略こうりゃくも、きっとおまえがいたから出来できた。――ありがとな、ソフィー。かえしたくてもかえしきれないよ」

 そうってるあいだにボートはとある岸辺きしべにたどりいた。真上まうえにはものすごいたかさの岩壁がんぺきがずっとつづいている。

「さあ、いた。ここだ」

「ここは?」

「ふふ、ソフィーもってる場所ばしょだよ」

「え? なになに?」

「それは内緒ないしょ

「えー!」

いまかるから。ほら、足下あしもとけて」

 ながい、薄暗うすぐら洞窟どうくつすすむ。月光げっこうはいってこなくて、ひかりはジャンのランプだけ。時折ときおりぽちゃん、ぽちゃんとみずのたれるおとがして、ジャンのふくをちょっとにぎった。大丈夫だいじょうぶだよ、とにっこりわらう。

 やがていたのは天井てんじょういたあなからすっと月光げっこういずみのある場所ばしょだった。水面みなもしろふかあおのコントラストがとてもきれい。

「まだまだ、本番ほんばんはこれからですよ。ソフィーさん」

 いずみまわりをぐるりとかこいわみちすすむ。

 すぐそばによくえないけどちいさなつくえちいさな椅子いす、たくさんの紙筒かみづつ落書らくがきもたくさんあった。メモもたくさん。手紙てがみもたくさん。ふとについた一通いっつうのそれにはたくさんの文字もじしたたことのあるおじさんのかわいらしい似顔絵にがおえと「がんばれ」の一言ひとこと

 そこがなん場所ばしょなのか。すぐにかった。

 少年しょうねんいきづかいがこえるがする。

げだしたおとこ最初さいしょにたどりいた場所ばしょはとてもさびしい『つきいずみ』とばれるところで、ここでもひとりぼっちなうえ大好だいすきないたずらもできなくなってしまったそのかなしくてかなしくて一人ひとりでしくしくいておりました。――でもいまは、きみがいる」

 ここにって、とうながされたいしのステージみたいなところつとあたまなにかがせられた。直後ちょくごふわりとして、でもすこしちくちくする、あのレースの感触かんしょくあしをなでた。

「うん、やっぱりおまえのためにつくられたものだよ」

「ティアラ……?」

「そうさ。おれぬすめるっていったふたつの宝物たからものうちひとつ。そしてもうひとつは――」

 いながらかれはさっきのつくえのそばまで移動いどうし、そこにいたランプのふたをける。ろうそくのちいさなあかりがともなってゆらゆられた。


いまかる」


 ふぅっとした瞬間しゅんかんしこむつきひかりがティアラにかってまっすぐびた。そのひかりけたティアラはまわりにうつくしいひかり模様もようひろげていく。

 べにうつくしい模様もよう反応はんのうして連鎖的れんさてきしろあおむらさきなど……えず言葉ことばではくせない、まるでステンドグラスのような、もしくは花畑はなばたけのような。そんな風景ふうけいまえをいっぱいにげた。


 その幻想的げんそうてき光景こうけいにどうしてか、おもわずなみだがこぼれた。


『そうして二人ふたりはもう一度いちど冒険ぼうけんて、最後さいご素敵すてきなおたからうみこうでつけたのでした』


「おばあちゃま……」

「どう、おどろいた?」

 ぼうぜんとしているわたし満面まんめんみをかべるかれ近付ちかづく。

おどろいた。すっごくおどろいた……でもどうしてこれを?」

「ガキのころ、じいちゃんからここがつきいずみだってかされてたときからなにかあるようながしててさ。本当ほんとう自分じぶんだけのものにしておく予定よていだったけど」

わたしのために?」

「だって俺達おれたち、もう『仲間なかま』なんだろ?」

 見開みひらいた。

 それをてジャンがふとほほをなでる。

 やさしそうなかおに、そのうごきに。

 心臓しんぞうがぐわんとはねる。


「ほら、そのかおたかった。いつもびっくりさせられるのがおれだけなんていやだもん」


 ほほかれたがそのままわたしる。

「ね、ソフィー」

「な、なに?」

「もうめた?」

なに、を?」

「これからどうするか。――ひめもどるのか、それともちが人生じんせいすすむのか」

 あ。

 われてからおもす。

 すっかりわすれてた。

 自分じぶん結婚けっこんしなくちゃくにがめちゃめちゃになるとか、義務ぎむがあるとか、でも自由じゆうになりたいとか。

 大事だいじなことなのにすっかりわすれてた。

「ソフィーはどうしたいの」

 はげしくまよいながらおよがせながら上目うわめづかいでかれると、予想外よそうがいやさしいかおをしていた。

わたし……」

「ん」

「う、うーん……」

「まだまよってるならおれ意見いけんってもい?」

「え」

大丈夫だいじょうぶ、ソフィーはまだめなくてもい。それに最後さいごめるのはおまえ自身じしんだ、最初さいしょったかもだけど。いまからうのはあくまでおれ言葉ことば

「うん」

おれはね、ずっと一緒いっしょにいたいっておもってるよ」

「……!」

 なんとなくさっしてた言葉ことばなのに、それでもどぎまぎしてしまって言葉ことばかえせない。

かなうならきみ一緒いっしょどものころからゆめてた冒険ぼうけんたい。それでさ、かくされた楽園らくえん財宝ざいほうかく場所ばしょなんかつくるんだ!」

 どもっぽくそうってわらだい大人おとな

 でもまったおなかんがえ。


 なやまずわたしえたなら。


 やがていつまでも返答へんとうのないわたしかおかれのぞきこんできた。

「……あ、あれ、おれがそうおもっちゃまずいかな」

なにってんのよ、うれしいにまってるじゃない」

 ほほあつなみだが、さっきのとはちがなみだがこぼれ、そのかおをみてジャンもうれしそうにかおをほころばせた。

かった」

 そのままひたいわせて、一緒いっしょわらした。

 しばらくして、かれがふと真剣しんけんかおになる。

「……ね、じて」

 うなじのあたりにひろれた。

 のぞきこむ、うっとりとしたかおがこれまたれくさくって反射的はんしゃてきじた。


 ――そのとき


「そこまでです」

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