4-3 首を吊る
駅周辺から少し外れると、日用品雑貨を売っている店がある。レオはそこにふらふらと立ち寄った。店内は冷房が効きすぎていて、すぐに出たくなった。
どうやって死のうか、と考えているとセールコーナーのカゴに入っていたビニールロープが目に飛び込む。それを購入すると、店を出て、温かい空気に包まれた。
公園に足を踏み入れうろうろと彷徨う。周りが暗くなる中、慎重に丈夫そうな枝を探した。電灯がぼんやりと光を放っている。すっかり暗くなっていた。光のある所から来た人は、レオの姿を見つけられないだろう。
レオの目は闇に慣れてしまっていた。選んだ木に登り枝にまたがると、少し揺らして強度を確かめる。
「大丈夫そうだ」
と、ビニールロープのまとまりを解き始めた。
端を、枝に括り付ける。首をくくるロープワークは授業では教わらなかった。
ダンの手首は細かったが、この枝は太い。とりあえず解けないように、ぐるぐると何重にも巻く。
もう一方の端を、人の頭が通るくらいの大きさの輪にする。自らの首をそこへ引っ掛けながら、ダンの首も苦しかっただろうな、とレオは考えていた。
葉っぱが数枚パサパサと落ちる。
太い首に細いロープが食い込む。ナイフを刺されてすぐに抜かれたような、局所的な熱さが襲った。せき止められる血液によって、目から涙が濾し出された。
◆◆◆
ダンがいつもどんなコースでランニングしていたのか、実はよく知らない。それでもミノルは、彼が立ち寄りそうな場所を周って、姿を探し求めた。
病院に担ぎ込まれていないか訊いてみたが、結果は得られない。
街の様子はいつも通りだ。弟の姿が見当たらないだけ。本当は両親の墓参りをして、今頃はミノルの家に泊まっているはずだった。毎年の行事で、今年も問題なく済むと思っていた。それなのに――――
そうこうしているうちにすっかり辺りは暗くなってしまった。ふくらはぎの感覚がおかしくなってきて、ようやくミノルは公園のベンチに腰を下ろした。尻を着けた途端、体中の悲鳴が聞こえた。
今夜は雨の予報なので、ベンチに座る者は誰もいない。傍にある電灯の周りを、ユスリカが靄のように集っている。空気が湿っていて、べたべたと汗を掻く。
ミノルはベンチに体を横たえる。視界は電灯の強い光と、その向こうにある厚い雲。街の明かりを吸い込んで灰色に染みている。
「ここまで見つからない、と……」
額を伝う汗を、手のひらで拭う。最悪の結末を予想している。ダンから何を言われようと、もう警察を頼る以外に方法はない。
ハァハァと酸素を取り入れていると、涙がはらはらと流れてくる。
たった一人の家族、特に弟を失うこと、それはミノルにとって心身ともの天涯孤独を意味する。
ドサッ
何か重い音が落ちる音。草の音。ミノルは跳ね起き、後方へ首をひねる。鬱蒼と広がった木々があり、道沿いにだけ設置されている電灯の光は届いていない。
何かに突き動かされるように、ミノルは駆け寄り、スマホのライトで辺りを照らす。
すると見覚えのある風貌の男がうつ伏せに倒れていた。顔がこちらを向いていて、太い首にはロープがかかっている。
「あ……レ、レオ? しっかりしろ!」
ミノルは彼の体を仰向けになるよう引っ張る。顔が赤紫色で、首に巻かれたロープは、途中で千切れている。見上げてライトをかざすと、枝にきつく巻かれた片割れがささくれ立っていた。
酷い顔をしているが、脈を測ると僅かに反応がある。
救急車を呼び、その間胸骨圧迫を繰り返す。 ぽつぽつと、頭皮に冷たい刺激が走った。雨だ。ミノルが見上げると、その雫を顔面に受けたが、すぐに眼下を思い出し、レオの肺に空気を送り込む。
だんだんと雨粒が増えていく。頭に落ちた雫が、汗と一緒に顎先へ伝っていく。
どうして、なぜ。
繰り返しているうちに、ミノルの頭にそう疑問が浮かぶ。思いつめていた様子ではあったが、急に、ここまで。
レオはまったく反応しない、手遅れだったか?
突然、音楽が流れた。
「っ?!」
レオのポケットに光の点が見える。
着信だ。
ミノルがポケットから携帯を抜き取ろうとするが、ズボンがぴっちりしていて指を入れられない。しかも雨で表面が滑る。
「バカかこいつは!」
焦りによって、理不尽な罵倒がミノルの口を突いて出た。
ようやく取り出すと、雨粒からかばうように背中を丸めて胸へ抱き込む。
しかし途端に携帯は鳴りやんでしまった。
点滅する光の下に、電話番号が表示されている。
その番号に見覚えがあった。
ミノルはその携帯をぱかっと開いて、履歴から番号を表示させる。そしてダンのスマホを取り出し、連絡帳を開いてケイトの電話番号欄を確認する。
――――一致していた。
「こいつら……繋がっているのか!」
ミノルの体に電撃が走る。雨に打たれながら手の中のそれらを見つめていると、
――ピーポーピーポーピーポー……――
建物の向こうから、救急車のサイレンが響いてきた。
風が強く吹き、雨に濡れた木々が、海藻のように揺れていた。
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