第2話 保育園児のけいちゃん、カレーを作る

 

 あの日からと言うもの智也が俺に妙に構ってくるようになった。

 正直、先生の後ろに隠れていてもおかまないなしなもので、俺も苦労する。

 

「はーい、今日はみんなでカレー作ろうねー」

 

 何て言って保育園のみんなでカレーを作ることになったのだが、俺は正直に言うとこの日が不安で仕方なかった。

 料理をすると言うことは、火を扱うし、刃物も扱う。

 俺の人生の中でも、強い恐怖を与えてきたものだ。火、特にライターとタバコ。

 思い出すだけでも鳥肌が立って冷や汗が止まらない。

 

「むり!」

 

 年甲斐もなく、いや、歳に似合っているのか。それは分からないけど、俺は溢れてくる感情に蓋をする術を持っていなかった。

 

「けいちゃん?」

「ひっ……」

 

 声をかけられたから、ではなく。

 ただ、智也が手に持っていた物を見て怖くなった。

 刃物の形をしている。

 嫌だ、見たくない。

 

「っ、こないで、こないで!」

 

 先生に抱きついて、みっともなく喚く。分かってる、自分がどんなに恥を見せているかも。顔を上げたくない。

 きっと失望していることだろう。

 何もできない俺に。

 

「こら、智也くん!」

「え?」

「包丁を持ちながら歩いちゃダメでしょ?」

「あ」

「立ち歩く時はちゃんと、危なくない所に置いてからね」

 

 そんなやり取りが聞こえて、次の瞬間にふわりと俺の頭が撫でられる感触が伝わってくる。

 

「京ちゃん、大丈夫だから」

「…………」

「今日はもう寝ちゃう?」

「うう」

「京ちゃんは料理は、無理そうだね……」

 

 そんなことない。

 否定したかったけど、俺にはできなかった。刃物も火も無理だ、怖くて仕方ないから。

 こんな怖いものばかりの俺は呆れられるんだろうか、何もできないって。

 必要とされてないって。

 それは嫌だ。

 そんなの、嫌だ。

 

「や、るもん」


 ちょっとだけ、声が引くつく。


「大丈夫?」

「やれるから!」

 

 一番、嫌なのは先生にも見限られること。俺は見捨てられたくないんだ。

 

「けいちゃん!」

「っ!」

 

 また智也が来た。

 今度は包丁を置いてきたみたいで、俺は先生の足の後ろから半分だけ顔を覗かせる。

 

「ねえ、けいちゃん!」

「…………なに?」

「けいちゃんにもできるのみつけた!」

「え?」

「本当? 智也くん?」

 

 満面の笑みで先生のエプロンの裾を引っ張って智也はある場所に連れていく。カレーを作ってる場所は怖いから、俺は目を瞑ってたら先生は手を引いて連れていってくれる。

 

「ここ!」

「これなら確かに京ちゃんも出来るね。ね、京ちゃん」

「……うん」

 

 包丁も、火も使わない。

 つまりは米を用意すると言うことだ。炊飯器が沢山あって、ああ、これなら俺でも出来るか。

 

「おれもやる!」

「そっか、カレーの方は他の先生もいるし。先生もこっちに居ようかな」

「…………」

「頑張ろうね、京ちゃん」

「うんっ。……ありがとな、ともや」

 

 少しばかり恥ずかしさを感じながらもお礼を言う。

 今まで、全然人に感謝したこともされたこともほとんどなかったから。どこか、不慣れでぎこちなかったかもしれない。

 それでも、智也は気持ち悪がらずに笑みを返してくれたのだ。

 そりゃあ主人公か。笑顔が眩しいや。

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