第115話 海の世界で(冬馬視点)

「ごめんなさい。待った?」


 トイレの奥にある椅子に座っていると純恋がやって来たので立ち上がる。


「いや、俺も今来た所だ」

「あの眼鏡の人一色君だった?」

「ああ」


 言うと純恋は「やっぱり」と笑い出す。


「――という事は、やはりそちらは七瀬川さんだったか?」

「そうだったよ。でも何でわざわざ眼鏡なんかしてるんだろ……」

「そりゃ――」


 俺が答えようとすると「あ、そういえば」と純恋がポンと手を叩いた。


「汐梨ちゃんから聞いたんだけど、一色君って文学少女萌えなんだって。だから汐梨ちゃんにあんな格好させてデートさせてるって。それに合わせて自分も眼鏡かけたのかな?」


 どうやら純恋は尾行されているという認識はないみたいだ。


 恐らく七瀬川さんが上手くかわしたのだろう。

 そうだとしたら話を合わせないといけないな。


「小次郎がそういうフェチな部分はある。七瀬川さんに眼鏡かけさせて『リビドーがリミットブレイクでインザゴー』とか訳の分からない事をほざいていたな」

「うん。ともかく一色君がクソ野郎って事は分かった」


 すまん小次郎。純恋の中のお前の評価がう〇ちになったわ。


 何かを成すには犠牲は付き物か……。


「――そろそろ行こうか」

「うん。次は何処へ行く?」

「そうだな……」


 俺達は歩みを始めながら次の行き先を考える。


 イルカショーも見たし、次のアシカショーまでは時間がある。

 別にショーに拘る必要はないが、抑えておきたい部分ではある。

 それは単純に面白いのもあるが、一番の理由は癒されるからだ。

 人混みの中を歩き回るよりは座ってショーを見てグルグルと考えている頭を癒やしてもらいたい。


「あ、ペンギン見たい」


 メインストリートを進んでいると、頭上の看板に『ペンギンゾーン』と書いてあるのを指差して純恋が言った。


「では、そこへ」


 答えると純恋は「あ、う、うん……」と微妙な反応を示す。


 ――いや……それは俺か……。


 いつもの自分ではないのには気が付いている。

 口から食べた物が出そうな程の違和感。足元は何処か柔らかい物の上に立っている感覚。

 

 所謂緊張状態。


 そんな状態だからこちらの反応が微妙になってしまっているから純恋も微妙な反応になってしまうのだろう。


 ――小次郎よ……。お前もこんな感じだったのか? そうだとすると、やはりお前は凄いよ。


 友人へ心の中で称賛を送りメインストリートを進んで行くと、徐々に辺りが暗くなって行くのが分かる。


「――うわぁ……」


 突如、隣で純恋が声を上げたのでパッと周りを見る。


「凄いな……」


 こちらもつい声が出てしまった。


 いつの間にか俺達は海の中へ入っていたから。


 三百六十度見渡す限りの水中を様々な海の生物達が気持ち良さそうに泳いでいた。


 どうやら水中トンネルに入ったらしい。


「綺麗だね」

「ああ……」


 見上げると、まるで魚が空を飛んでいるかの様に泳いでおり、横を見ると見た事もない魚が、刮目せよと言わんばかりの色合いで泳いでいたり、下を見ると、平べったい魚が隠れていたり――。


 ここがメインだと言っても過言ではない程に美しい世界が広がっていた。


『この後告ったら良いんじゃない?』と言う小次郎の言葉。


『早く告って楽になれば良い』と言う七瀬川さんのメッセージ。


 それが出来たら簡単だドアホと思っていたのに――。


「純恋……。好きだ……」

「――え……」


 自分が重大と思っていて、その言葉を言うのにどれ程の勇気がいるのだろうと考えれば考える程怖かったのに、この海の世界は自分の考えがちっぽけな物だと教えてくれる。


「俺は純恋が好きだ」


 彼女の目を見てはっきりと伝える。


 緊張して上手く想いを伝える事が出来るのか。

 そんな事ばかり気にしていたが、この世界はそんな事を忘れさせてくれた。


「――え、ええっと……。あ、あれ……。ええっと……」


 突然の告白に純恋は困惑している様子だ。


 そりゃそうだ。


 なんせ歩いていたらいきなり告白されたのだから。


「俺は三波先生が好きだった」


 自分語りを始め、俺は彼女から視線を水槽へ移す。


「正直な所、俺は先生とどうなりたいか? と聞かれたら答えられる自信が無かった。今思うと好きというよりかは憧れに近い存在だったのかも知れない。でも、確かに俺は先生に恋をしていたと言える」


 いきなりの語りなのに純恋は黙って聞いてくれている。


「そんな先生が結婚すると聞いて自分の想いを先生へぶつけてケジメはつけた。それは……親友からの後押しがあったからだが……」


 ふぅと深呼吸をする。


「ケジメをつけた後、今までを振り返ったら、入学してからずっと一緒にいる女の子がいたんだ。思うと、その子と一緒にいると落ち着くし、何よりも楽しいんだ。それに気が付いていなかった。浅はかだったよ、それに気が付かないなんて……。それに気が付いた時、その子とどうなりたいかと考えると――ずっと一緒にいたいと思ったんだ」


 純恋の方へ視線をやると、彼女は真剣に俺を見てくれている。


「純恋……。俺と一緒にいてくれないか?」


 彼女に問いかけると真剣な表情のまま純恋が言った。


「もう、先生の事は忘れたの?」


 聞かれて、うん、と答えるのがベストなのだろうが、俺は純恋の事を真剣に考えているから、正直に答える事にした。


「好きとかそういう感情ではなく、俺にとっての初恋だから、思い出として残ると思う」

「――そっか……」


 寂しげに答えられてしまう。


 ――選択を間違えてしまったみたいだ……。


 ここは正直に答えるべきではなかった……。嘘でも彼女だけを見ていると答えれば良かった……。そうすれば純恋にそんな表情をさせなくてすんだのに……。


「しかし――」


 それでも俺はお前が好きだ。


 そう言おうとした瞬間だ。


「――!?」


 唇を奪われてしまった。


 俺達の前を通行人が早足で過ぎ去るのが分かるが、今は周りに気を使う余裕なんて無かった。


 何秒、何分かの口付けを交わすと純恋が離れる。


「――す、みれ?」

「これがあたしからの答え」


 言いながら少し照れた様な表情を見せてくれる。


「忘れられない初恋があるなら、初カノのあたしが忘れさせてあげる」


 少し恥ずかしがりながら言うと純恋を手を差し出してくる。


「行こ冬馬君。これからが初デートだね」


 そう言う彼女の手を俺は握り「そうだな」と言って俺達は手を繋いで海の世界を楽しんだ。

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