第100話 許嫁とウォータースライダー
大きな広いプールにシオリと入り、ビーチボールで戯れる。
「それ」
パーン。
「えいっ!」
バシュ。
「そーれ」
パーン。
「えいっ!!」
バンッ!
「――アタッカーかっ!」
俺は一旦中断してから叫んだ。
「なに?」
「いや、バレー部かて!」
「いつだって真剣勝負」
「体育会系かっ! ――まぁ良いよ? その心意気は良い事だ。でもな、おまっ……。浮き輪しながら言っても格好つかないぞ?」
「ハンデ」
「いらねぇよ! ――てかさ……もしかしてシオリ……泳げないの?」
聞くとシオリは「むむ」と怒った声を出す。
「そんな事はない」
「ほぅ」
ボール遊びの為に離れていた距離を詰めて、彼女の隣に立つ。
「じゃあ軽く泳いで見せてくれよ」
「良かろう」
シオリは浮き輪を外して俺に渡してくる。足は着くのでもし彼女の発言が強がりだとしても溺れる事はないだろう。
シオリは大きく息を吸って潜った――かと思ったら浮き上がりそのままジタバタとし出した。
「し、シオリ?」
俺の呼びかけは水中なのか彼女に届かずにシオリはただひたすらに水飛沫をあげてその場に止まっている。良かった。ここのゾーンに人が少なくて本当に良かった。はた迷惑だよ。この水飛沫。
「おーい……。シオリ?」
少し心配になった声を出した所でシオリは「ぷはぁ」と水面から顔を上げて髪の毛をかき分けた。
その姿は海底から上がって来たマーメイドの様に美しかった。姿だけだけど――。
「こんなもの」
「泳げてねぇじゃん」
「失礼な。五センチは行けたはず」
「センチ!? センチの世界でそんなマーメイドみたいな上がり方したの!?」
「その呼び名――悪くない」
「悪いわ! 人魚に謝れ!」
「逆に問う。人魚が陸に来たらセンチも動けないはず。それと比べると私の方がマシ」
謎理論で開き直りやがった。
「いや……。――体育の……。プールの時とかどうしてんの?」
「ふふ。そこは女の武器を使えば済む」
「お前……意外と悪だよな」
「ハードボイルドと言って欲しい」
こいつ色々間違ってやがる……。
「――そんなに言うコジローは泳げるの?」
「そりゃ五十メートル位ならいけるけど」
「メートル? コジローの分際で?」
「お前見とけよ」
持っていたボールと浮き輪をシオリに預けて俺は潜水を始めた。
別に水泳部ではないけれど、潜水で十メートル位は行けるだろう。
そこからゆっくりと浮力で浮かび周りに人がいない事を確認するとあまり水飛沫を極力立てない様にクロールを行い、壁際まで来ると一回転ターンをしてシオリの方へ戻る。
少し人の気配があるのでそのまま潜水で戻ろうとするが、シオリの足が無かったので水面から顔を出すと。
「おかえり」
プカプカと浮き輪に乗って夏の日差しを浴びているシオリがいた。
「くそっ! 悔しいけど、その姿似合い過ぎてムカつくわ!」
まぁ? 別にここには泳ぎに来た訳じゃなく、あくまでも遊びに来たので、泳げる、泳げないはさして問題ではない。
俺達はあまり人気のないプールからウォータースライダーへと移った。
プールの目玉と言っても良いウォータースライダーはここには三種類あり、どれも超人気である。
一つは二人乗りの浮き輪に乗っての超ロングスライダー。
初速が速いかと思えばグネグネとカーブが多く、最後は最初よりも早いスピードのストレートコースでゴールのプールの中に絶対に浮き輪から落ちてしまう作りの少しジェットコースターに近いスライダー。
もう一つはボードを使用。こちらは六人乗りのボートに乗って物凄い傾斜角を利用しての急上昇、急下降を楽しむ、こちらも絶叫系。
三つ目は浮き輪等なしのシンプルなスライダー。それでも他のプールよりも長い作りになっている。
――以上、パンフレットの説明文より。
俺達はまず二人乗りのスライダーに並んだのだが、やはり目玉という事で長蛇の列。まるでテーマパークのアトラクションを待つかの如し、待ち時間が長い。
「まだかな。まだかな」
この前行ったアウトレットパークの魔女っ子アニメのショップ――程ではないが、珍しく彼女はワクワクしているのを表に出していた。
「――あの子……」
「うわ……レベル高っ……」
「やばいな……」
周りから聞こえる男性の声につい反応してしまう。
シオリを見ると、濡れたフリルビキニはピタッと身体に引っ付き、先程乾いていた時の可愛い印象からセクシーな印象にジョブチェンジしており、男性の視線を釘付けにしていた。
ここで、俺のシオリを誰の目にも見せたくない、という独占欲が発動してしまい、俺はラッシュガードを脱いでシオリに被せてた。
「うわ……。急になに?」
「良いから着て」
「えー……。ヌメってしてるよ」
「気持ち悪いのは分かってるけど着てくれ。頼むよ」
言うとシオリは「まぁ……」と頷いてくれる。
「別にコジローのだから気持ち悪くないけど……」
軽くフォローを入れてくれながらシオリは俺が装着していたラッシュガードを着てくれる。
「どう?」
「――いや、やっぱシオリは何着ても似合うな」
「ふふふ。これでパリコレにでも出る」
良いながらポージングを決めてくる。
「出れそうだから反応に困るな」
「冗談」
嬉しそうに笑った後にシオリはこちらを見てから無表情で言ってくる。
「貧弱貧弱」
「人間を辞めた人みたいな台詞だな。――そんな事は自分でも分かってるよ。だからそれ着てたんだ」
「うん。でも、貧弱で良い」
「そうなの? でもさ、やっぱり筋肉はある程度あった方が良いんじゃない?」
聞くと首を横に振る。
「貧弱でも私を助けてくれるし、おんぶしてくれるし……。それに――」
シオリは俺の身体にピタッとくっ付いてくる。
「私もこうやって守ってあげる事が出来るよ」
「――なんとも男のプライドを絶妙にエグッてくるな」
「男の人は女の人を守らなきゃって思ってる人が多いみたいだけど、結構、女の人でも男の人を守ってあげたいって人多いんだよ?」
「へぇ。そうなんか……」
「そうそう。貧弱なコジローは私が守ってあげる」
――くっ……。ラッシュガードが無ければ素肌でシオリを感じられたのに……。選択ミスだったな。
ようやく順番がやって来て係員さんが「前と後ろにそれぞれお願いしまーす」と説明してくれる。
「どうする?」
「前衛」
「後ろは任せろ」
ワクワクしてたしな、俺は別にどちらでも良い。
ポジションが決まった所でそれぞれ前と後ろに座り、浮き輪のグリップを軽く握り待機。
待っていると係員さんが丁寧に説明してくれる。
「お兄さんの足を彼女さんの横に置いて下さい」
「こ、こうですか?」
「そうそう。それで彼女さんはもう少し彼氏さんの方に頭を――そうですそうです」
係員さんは親指を突き立ててくれる。
「これが安心安全な格好且つ、スピードめっちゃ出ますので、吊り橋効果で二人の距離は更に縮まりますよ」
気立て良く言ってくれる係員さんは耳に手を持っていき「はい、はい。では行きますね」とマイクに話かけた後に浮き輪の後ろを押す。
「いってらっしゃい!」
その声と同時に浮き輪は待機場から一気に滑り出す。
「キャアア!」
「うおおおっ!」
舐めていた。非常に舐めていた。
どうせウォータースライダーなんてそこまでスピード出ずに程よく水と風を感じる程度。
説明文にジェットコースターに近いとかあるのはただの煽り文句だろう。
――そんな事一切無かった。むしろ、安全バーが無く、水着になっている事により体感速度や体感風速はジェットコースターを超えている気がする。
「キャ! キャアア!!」
「ひゅおおお!」
グネグネとカーブする度にグリップを握る手に力が入る。
これ、力抜いたら落ちるんじゃないかと恐怖が出て来る。
「キャアアアア!!」
「わあああああ!!」
最後のストレートはF1レーサーが運転する車にでも乗せられた気分になる程に速く、そのままゴール。
ゴールの所が傾斜角が上がっていたので、俺達は軽く浮き輪と共に数秒間飛行して、ゴールプールに落下した。
「ぷはぁ」
水面から上がると、同時位にシオリが水面から顔を出した。
「ぷはぁ……」
お互い髪をかき分けた後に見合う。
「――あはははは!」とお互い大きな声で笑い出す。
「凄かったね」
「早かったな」
「もう一回! コジロー! もう一回行こう!」
「よし! 行こう」
「あ、その前に」
俺とシオリはゴールプールから上がるとシオリが言った。
「お花摘んでくる」
そう言ってシオリはラッシュガードを脱いで俺に渡すと急足で何処かに向かった。
お花摘んでくるって……トイレか……。
興奮しすぎったてところか?
今、手持ちにスマホもないし、はぐれたら困るのでとりあえずここらで待つか。
シオリから返されたラッシュガードを再度来て待っていると「ソウ! ここにいた」と声がしたと思ったら俺のラッシュガードが軽く握られる。
振り返ると、信じられない程に美しいプラチナの髪の女性が立っていた。
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