第101話 許嫁と妖精と

 まるで妖精を見ている様であった。


 セミロングのプラチナの髪は夏の太陽を浴びてキラキラと光っている。

 彼女を纏う白のビキニは布の面積が少なく、彼女の豊満な胸がどれほどに大きいかを表している。

 しかしながらその姿を見てもイヤらしいという感情が湧かない。

 なぜなら、それを通り越して美しいというシンプルな思想に辿り着くからだ。

 身長も高く、俺より数センチ小さい程度なので女性としたらかなり高いと言えよう。


 私、実はプールの妖精なんです。


 そんなふざけた事もすぐに信じてしまいそうな程である。


 シオリとは全く違った美女。美のステージが違うのでどちらが美しいなんて比べられない。

 スポーツで例えるならば野球とサッカーと言うべきか……。

 どちらもスポーツで球技だが、全く違うもの。そんな感じの美である。


「――ア!」


 プラチナの髪の美女は声を出してすぐに手を離す。


「ゴ、ゴメンなさい。アタシ……間違いをしました」

「いえいえー」


 見たら分かるが海外の方っぽく、少しだけカタコトだが日本語を喋れるらしい。


「知りアイに似てたので……」


 声をかけてきた感じ、名前を呼びながらだったので多分そうだとは思ったが――。

 こんな美女と知り合いの俺に似てる人、羨ましいな……。


 ま! 俺は天使の許嫁だけどな! 


「はぐれたんですか?」

「ハイ……。ベンジョで踏ん張って戻って来たら、ソウがララバイしてました」


 うん。言ってる事おかしいし間違ってるけど、まぁ理解した。


「連絡付かない感じですか?」

「スマホ鳴らしても出んとです」

「そうか……。恥ずかしいですけど迷子センター使ってみても良いかもですよ?」

「迷子センターですか……」

「確か……脱衣所近くにあった様な……」


 場所を説明すると美女が申し訳なさそうな顔をして言ってくる。


「サーセン。よろしい、かったーのなら、共に参られてくれませんか?」

「え?」

「その……。ソウと離れ離れになり侍達が決闘を申し込んでくるです」

「は?」


 流石に意味が分からないので頭の上に?マークが飛び出した。


「えっと……。間違えたかな……。――ソウから教えてもらたです。海やプールで殿方が声をかけてくるのを決闘。その声をかけてくる殿方を侍と呼ぶと」


 おい、ソウさん。ピュアな海外な人に意味不明な日本語を教えるな。


 ――しかし……。それはおそらくナンパだな。

 ま……こんだけ綺麗な人が歩いていたら声をかけたくなる気持ちも分かる。


「アタシとても強い。決闘申し込まれたら相手を銀河の彼方へ鉄道の夜してしまいます」


 意味不明過ぎて言葉のみで理解しようとするのをやめた。


「ともかく一緒に行って欲しいって事ですか?」

「ハイ! その通りです」


 彼女は、伝わった、と喜ぶ様に微笑んだ。


「でも、俺で良いんですか? あなたから見たら俺もそこら辺の男と変わらないと思いますけど……」

「あなたはソウに似ます。ソウはこの日本で、いや、世界で一番イケてるメンズです」

「いきなりどした?」

「泉の様な知識。誰よりも頭が良い」

「お、おおん。説明してくれるのね」

「万能。運動神経エグい。そして誰よりも優しくイケメンでコミュ力エグくてイケメン」


 彼氏自慢的なやつ? コミュ力をイケメンで挟む辺りにその人が只者ではない様な気がする。


「あれです!」

「どれ?」

「ゴッドです! かなりゴッド。そして――」

「そして?」

「神!」

「いや! 意味一緒!」

「そんな神にアナタ似ます」


 何かの勧誘かな?


「いや、多分……ビビる位にそれ俺に似てないな」


 彼女の発言が全て正しいのならそれは俺とは全然違う。

 ――てか、そんな人間がこんなプールにいるのか? 末恐ろしいな。


「アナタ似てるから信用エグい」


 似てるから信用出来るって、どんだけその人の事好きなんだよ……。


「だから永遠に共にいてくれませんか?」


 いきなりプロポーズされた気分。それはソウさんに言ってあげて。


「いや、まぁそれは構いませんが……。俺も連れを待っているので、もう少しだけ待ってくれませんか?」

「モチのローンです。人数多い方が……。方が……。あれです……。あの……。エグっ! です!」


 この人、多分心がめちゃくちゃピュアなんだろうな……。そしてゴッドで神であるソウさんは性格悪いんだろうな……。


「――ア……。名を名乗るのを忘れてました。いえ、アタシは名乗る程の者じゃありません」


 いきなり始めて、いきなり終わったので転けそうになる。


「アタシはディアナです」

「ご丁寧にありがとう。俺は一色 小次郎と言います」


 見た目は美女だが、なんだか言葉を覚えたての子供と接しているみたいになるので、幼稚園児に自己紹介するみたいに優しく言う。


「ワオ!! 侍!? 侍のマツリですか!?」


 恐らく偉人である佐々木小次郎の事を言っているのだろう。

 そこら辺をいじられているのは慣れているので良いのだが、祭りってなんだろ……。


「コジロウといえば巌流島! アタシ知識ありますよ」


 言うと彼女は可愛らしく手を叩いた。


「なーるど! 把握! コジロウ、ムサシ待ってるです! お話通りです! ヤベ、日本パネェ」

「いや、待ってねぇよ。ここ巌流島じゃなくてプールだわ。てか宮本武蔵と佐々木小次郎がプール来るはずねぇだろ。仲良しか」

「コジロウ安心。死亡フラグ回避出来る」

「そんな日本語は知ってんだな」

「なぜなら、アタシめっちゃんこ強い。今から稽古してムサシ葬る事が出来る。コジロウお星様になるよ」

「死んでんじゃん」

「行くよ! コジロウ! ディアナ秘伝の技! コジロウに継ぐよ!」


 彼女は剣を構えるフリをして「ココでこう!」と言うとディアナは足を滑らせる。


「キャ!」


 可愛らしい悲鳴と共にほぼ素肌の美女が俺に抱きついてくる。そりゃプールサイドではしゃいだらそうなる。


 しかし、まぁ――経験した事のない柔らかさ。極上の体験に俺の脳裏にシオリが浮かび上がり罪悪感が生まれる。


「オー……。こういう時は……えっと……なんだっけ?」

「し、知るかよ……」

「確か聞いた……ソウから……」

「良いから離れてくれ」

「ゴメンなさい」


 離れるとディアナは「思った!」パンと手を叩く。


「アタシ! ツンデレだよ! ご主人様!」


 ソウ……。お前、何を教えて――。




 ――ガシッ。




 突如肩を掴まれる感触。別に強く掴まれた感じではないが物凄い攻撃をされている様な……。

 RPGで例えるとHPが減っているのではなくMPが減っている様な……。そんな攻撃を受けている気がする。


 そして背後から漂う殺気。


 それはホラー映画とかである、振り向いたらダメ的なやつをリアルで体験している。

 実際に体験すると、夏だと言うのに何だか寒い。

 まるで、いきなり雪山に立っているかの様な錯覚に陥る。


「なに……してるの……?」


 聞こえてくる聞き慣れた声はまるで吹雪の様に冷たかった。そして、そのオーラは俺を絶対に成敗する――そんなオーラだ。

 前言ってたよな? 俺のオーラは錆鉄御納戸色だって。

 シオリ、俺にもお前のオーラが見えたぞ。お前のは黒だ。シンプルな黒。それは全てを無に帰すような黒。ダークマター製作所のお前にピッタリだな。


 心の中では饒舌に話す事が出来るが――。


「――ち、違う……誤解……」


 実際は舌が回らない。


「誰が弁解を求めたの? 私の質問に答えて」

「す、すみません」

「すみませんじゃなく、何をしてるの?」

「えっと……これは……」


 肩に置かれた手に力が入った時、暗黒の風が吹いた。


「ぐっ、はっ!」

「謝る時は相手の目を見なきゃ――ね?」


 やばいやばいやばいやばい。怖い。怖すぎる。良い声が逆に恐怖を掻き立てる。

 

 振り向いたら死ぬ。きっと死ぬ。でも振り向かなければもっと死ぬ。

 どちらを選択しても同じだ……。


 意を決して振り返ると、そこには雪山にいる雪女の様な――シオリがいた。


 その表情は――無である。


 これはアカンやつや……! 無はエグい……!


 すぐさま俺は正座する。


「し、シオリ――」

「誰が正座して良いって言ったの?」

「い、いや……」

「求めてない事をしないで。早く質問に答えて」

「ぉ、俺じゃなぃ……。ち、違う……」


 否定しても無表情で冷たい目をされてしまう。


 どうしろって言うんだ?


「どうしろって言うんだ?」


 し、思考が読めるのか!? マジモンの化け物じゃねーかよ……。


「どうしろもこうしろも何をしているのか簡潔に、端的に、明確に、答えれば良いだけ。それをグダグダととりあえず土下座で誤魔化そうとしている」


 シオリはしゃがみ込み、顎クイをしてくる。


「美女捕まえて、自分の性癖叩き込んで楽しいのか? おお?」

「ひぃぃ」


 そんな俺達を見てディアナが感心して言った。


「やっば、ムサシ超つえぇ。パネェ」

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