第91話 体育祭(一方その頃 冬馬視点)

「冬馬。頼みがあるんだけど――」


 騎馬戦終わりに小次郎から奪ったハチマキを返そうとすると、なぜか彼は受け取らずにそんな事を言ってくるものだから、話を聞く為に紅組側のテントの端までやってきた。


「――それで? 話とは?」


 癖である、ズレてもいない眼鏡をクイッをしながら小次郎に問うといつになく真剣な表情で言ってくる。


「シオリに告白しようと思って」

「――ほぅ……」


 むしろ、あれほどイチャついている所を見せびらかして、まだその儀式を済ましていなかったのか? という疑問はあるが、珍しく真剣な眼差しで言ってくるものだから、そういう事を言うのは黙っておこう。


「手伝えと?」

「流石は冬馬。話が早くて助かるわ」


 小次郎にはこの前の借りもあるし、そもそも俺の親友だ。手伝うくらいはしてやるか。


「ふむ……。俺は何をしたら良い?」

「借り物競走を俺の代わりにゴールしてほしい」


 小次郎の言葉に違和感があったので聞き直す。


「どういう意味だ? 借り物競走を小次郎の代わりに出ろという事か?」


 尋ねると「あー、違う違う」と否定され説明してくれる。


「借り物競走ってお題が出るだろ?」

「出るな」

「それを利用してさ、お題は見ずにとにかくシオリの方へ向かうんだ」

「ふむ。お題を無視して七瀬川さんと一緒にゴール。そこで晴れて告白ってわけか?」

「ちょっとだけ違う。シオリを連れてゴールすると悪目立ちするだろ?」

「まぁな。その上、お題が違うとなれば周りから反感を買うかもな」

「しかも、そこで告白なんて、流石にシオリに迷惑すぎる。だからさ――」


 小次郎が少年の嫌な笑みをしてたところで嫌な予感がした。


「借り物競走でシオリを捕まえて違う場所に移動するからさ、代わりに借り物競走やってゴールしてくれない?」

「ふむ……。なんともすぐにバレそうな作戦を考えるものだな」

「そうかな? 意外とバレないかもしれないぞ?」


 小次郎は言って辺りを見渡す。釣られて俺も見る。


「ここ紅組のテントなのに普通に白組がいてるし、それに競技なんてほとんどのやつが真剣に見ていない」

「確かにな」

「借り物競走なんて全員がバラバラになるんだ。入れ替わったって誰も見ちゃいねーよ」


 俺は眼鏡をクイッとして冷静に言ってやる。


「ふむ。無理だろ」

「――無理かな?」

「無理だろ」

「はぁ……。やっぱ無理か……」


 肩を落として残念がる小次郎。


「でも……これくらい強引じゃないとアイツ逃げるしな……」


 珍しい。


 いつもなら「あ、そう。じゃあいいや」なんてすぐに切り替える小次郎がぶつぶつと何か呪文を唱えるように言っている。


 そこに小次郎の本気が見えた。


「バレた時の言い訳は俺が勝手に決めるぞ?」

「――え?」

「借り物競走の影武者だ。やってやる。だが、バレた時は俺が適当に言い訳しておくぞ」

「良いの?」

「無謀だが仕方ない。小次郎が告白なんて一世一代の事をやろうとしているんだ。従うさ」

「冬馬……。サンキュな」







 絶対にバレる影武者作戦だが、やるからには最低限の事をしておこうと言うわけで、小次郎が都合良く予備の体操服を持っているらしいので六組の教室でサッと着替える事に。


 俺が着替えている間、小次郎はリレーに出場している。

 競技が終われば七瀬川さんを探しに行くと言っていた。

 どうやら彼女は白組のテントの方にいないらしい。

 七瀬川さんがいなかったらこの作戦の根本的に成り立たないので、こちらも影武者がバレた時の言い訳を考えながら探してやるか……。純恋なら居場所を知っているかもしれないな。聞いてみよう。


 教室を出て、純恋の方へ行こうとした時だ。


 廊下から「がんばれ!」と言う応援の声が響いてきた。校舎には誰もいないので声がよく響く。


「一組の方面からか……」


 なんとなく気になって一組方面へ足を運ぶ。


 六組の隣の五組は扉が閉まっていたが、階段を挟んで四組の教室のドアが開いていた。


 教室の一番後ろの窓にはロングヘアーの女生徒が窓の外に向かって黄色い声を出していた。


「がんばれコジロー……。わぁ……! 速い速い! ふふっカッコイイ」


 いる? 俺マジで必要? さっさと告白して二人で永久にお幸せにしてろよ。


 つい、そんな事を思い浮かべてしまった。


 そんな俺の気配に感づいたのか、窓際で小次郎を応援していた美少女がこちらを振り向く。


「六堂くん?」

「こんな所で応援しなくても、もっと近くで応援したらいいんじゃないか?」


 言いながら彼女に近づくと「あ、あれだよ」と言い訳を開始する。


「私白組だし」


 そんな言い訳が可愛らしくて俺は笑いながら「そうか」と言って窓の外を眺める。


 リレーが終了して、小次郎が自分のテントに戻らずに白組のテントに向かって走っているのが伺えた。

 後で教えてやらないと。


「最近、小次郎と七瀬川さんの様子がおかしいけど……喧嘩でもしたか?」


 折角なので聞いてみると、彼女は少し俯いて「喧嘩じゃ……」と否定する。


 似た者夫婦だな……。答えが全く同じだ。


「私が……弱いから……色々……その……」


 ふむ……。彼女はかなり悩んでいるみたいだ。

 純恋にも喋っていないくらいだしな。


「許嫁なんて珍しい立ち位置の二人だ。そりゃ色々あると思う」


 なんとか上手い事グランドへ誘導させて借り物競走をしやすくしてやる作戦に出るとするか。


「七瀬川さんにとって小次郎ってただの許嫁?」

「え……?」

「ただの許嫁って聞き方もどうかと思うが……。どうなんだ?」

「どうって……?」

「特別な感情があるのか? それとも親同士が勝手に決めただけなのか」


 聞くと七瀬川さんは少し顔を赤らめた。


「こ……コジローは……その……あの……」


 冷徹無双の天使様がモジモジしている。人を容赦なく切り捨てるはずの天使様をモジモジさせるとは……小次郎……お前ってすごいな。


 彼女の態度、それが既に答えなので俺は言ってやる。


「こんなところで応援してても小次郎には届かない。するなら小次郎に声が届く位置まで行こう。リレーは終わったけど、まだ借り物競走が残っているし」

「コジローに届かない……」


 お……。どうやら俺の言葉が効いたみたいだ。


「せめて白組のテントまで行かないとな。届けてあげてくれ。小次郎に」


 最後に小次郎という彼女にとってのパワーワードをぶちこむと七瀬川さんは素直に「うん。そうだね」と言って一緒に教室を出た。


 小次郎にこっそり『白組のテントの端に彼女といる』と言うのと『校舎は入れる。そして誰もいないからベストだと思う』と教えておこう。







「後は頼むわ一色くん」


 言われて胸元に封筒を突きつけられる。


 その後、小次郎は七瀬川さんと共に走って校舎の方へ向かって走る。


「てか小次郎! これお題はなんなんだ!?」


 俺の疑問の声は届かず、二人は走り去ってしまう。


 ――全く……。お題を無視するのはいいが、せめて中を確認くらいしておけよ。


 ま、高校の体育祭だ。


『好きな人』とか、そういうのはコンプライアンス的なあれでないだろう。多分。


 そんな事を思いながら封筒の中身を開けると――。


「リボン……」


 いやっ! 普通かっ! そこはやっぱり『好きな人』だろうがっ! 面白くないっ! 


 ここはやっぱり純恋を選ぶ。いや、フラれたけど、借り物競走くらいは先生と――みたいなグダグダの葛藤させろや!


 文句をダラダラと並べた後に思うが、これは女子に借りるしかないな……。

 しかし、リボン……。シュシュをしている奴ならいるがリボンをしているやつなんて……。


「あれ? 冬馬君?」

「あ、ここにいた」


 何故か頭に大きなリボンをしている純恋が都合よく現れたので純恋の手を握る。


「え……え……」

「借りるぞ」


 そう言って俺は彼女に説明なしでグラウンドの方へ走る。


「ちょっ……ちょっと!? 冬馬君!? どこ行くの!?」

「グランドだ! このままゴールを目指す!」

「とち狂ったの!? そんなキャラじゃないよね!? 体育祭だから!? 体育祭マジックなの!? 冬馬君!?」

「俺は冬馬じゃない小次郎だ!」

「本当にとち狂ったんだね……。分かったよ……。冬馬君が狂うなら、あたしも狂い乱れるよ! 体育祭だもんね!」

「そうだ! 体育祭だ!」


 何だかよくわからないがともかく純恋は俺と共に走ってくれて、そのままグランドを走る。


 その間にバレた時の言い訳を考えておこう。


 ふむ……。無難に、小次郎がいきなりお腹壊したから代役で、って事にするか? いや、それだと面白みに欠けるな。


 家に荷物が届いたから急いで取りに帰った……。


 つまらん……。


 家の前で荷物が縛られた状態で置かれたらしいからすぐに取りに行った。

 家の前でデリヘル嬢が縛られた状態らしいからすぐに撮りに行った。


 これだ! この意味わからん感じで行けば俺に事情を深く聞いてこないだろう。


 そんな事を考えながらゴールすると「お疲れ様。お題は?」と先生が聞いてくるの紙を渡した後に純恋を見る。


「うん。はい、オッケー。これ、五位ね」

「ど……どうも……」


 いや! 疑わへんのかいっ! どうなってんねん! セキュリティー!






 あいつらは上手くやれたのであろうか。


 まぁ、何がどうあろうと、上手くいくしか道はないのだがな。あの二人は……。


「冬馬君?」


 借り物競走が終わったのにいつまでも純恋の手を握っているもんだから、彼女が俺の名前を呼んでくる。


「あ、悪い……」

「ううん……。冬馬君が良いならもう少し握っていても良い?」


 そう言われて少しドキッとした。


「す、純恋が良いなら……」

「ふふ。折角の体育祭だしね。――ところで、なんで冬馬君が一色君の体操服着て借り物競走出てるの?」

「あー……それは……」


 俺が答えようとすると純恋は勘が良いからすぐに分かったみたいだ。


「もしかして汐梨ちゃんと抜け出したとか?」

「まぁ……そんなところだ」


 答えると純恋は笑って言ってくる。


「あたし達も抜け出す?」

「ふむ……。それも一興だな」


 そう返すと純恋は「あ……」と思い出したかのように言ってくる。


「でも、あたしまだ競技あるんだった」

「ふむ……。それじゃあ純恋を全力で応援するか」


 純恋は嬉しそうに「冬馬君、あたし達敵同士だよ?」と言った。


「関係ないさ。俺が純恋を応援したいんだ」

「ふふ。そっか……」


 純恋は嬉しそうに笑ったあと、その微笑みのままで言ってくる。


「今日は……二人でお昼食べない?」


 そう言われて、それが小次郎と七瀬川さんの為にもなるし、なにより、純恋と同じ気持ちなので即答で「そうだな」と答えた。

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