第82話 慈愛都雅の天使様のお誘い
本日のLHRは体育祭についてである。
クラスの体育祭実行委員である男女二人が教卓に立ち、一生懸命に司会、進行をするが、積極性が欠けているクラスなので、誰が何に出るか決まらずに平行線を保っている。
今、決まった事――というか、お知らせ程度だが、我が六組は紅組らしい。それと、男子は騎馬戦、女子は玉入れに強制参加という事くらいしか情報は入ってきていない。
なかなか進まない会議の様な空気の中、俺の頭の中には体育祭の事ではなく、冬馬の『ライクじゃなくてラブだ』と言う暴露の事が渦巻いていた。
脳裏に『四条』→『冬馬』→『三波先生』という構図が浮かぶ。
――つまり、四条は冬馬が好きで冬馬は先生が好き……。映画研究部三角関係のドロドロ恋愛ドラマじゃねーかよ……。
そこでふと思ったのだが、四条は冬馬が先生の事を好きという事を知っていた、もしくは気が付いていたのではなかろうか。
所々で見せた四条の寂しそうな顔って言うのは、自分は冬馬の事が好きだけど、先生の事も好き。
そんな複雑な感情だったのではなかろうか。
一応授業中なのだが、自然と四条の方へ視線を向けてしまう。
すると、たまたま目が合い、彼女は軽く首を傾げて微笑んでくれる。
そんないつも通りの彼女を見ていると、無理している様な気がしていて、彼女を深刻な顔をしたまま見つめてしまっていた。
辛いよな……。四条……。
「――あの……。一色くん?」
ふと教卓から声がして、体育祭実行委員の女生徒の近藤さんが俺を呼んできた。
「え……。あ、はいはい」
すぐさま前を向き直すと近藤さんは申し訳なさそうに言ってくる。
「あの、一色くんは何か出たい種目とかある?」
「出たい種目?」
いきなりの質問におうむ返ししてしまう。
「うん。決まらないから名前順で希望聞いていこうと思って」
「あ、ああ。そうなんだ。――そうだな……」
そもそも体育祭の種目ってなにがあるんだ? 違う事を考えていたからなにがあるか分からない。
「えっと……。リレーと借り物競争出たいかな」
去年の記憶を呼び起こして適当に言うと「リレーと借り物競走ね」と返してくれた。
どうやら今年もそれらの競技はあるみたいだ。
男子体育祭実行委員の千葉くんが無言で黒板に書いてくれる。
「――じゃあ岩谷くん」
「俺は――」
自分の番が終わった所で「今、純恋ちゃん見てたでしょ?」と、俺の前に座って生徒の進行を見守っていた三波先生がまるで同級生の女子が男子の恋を囃し立てる様な言い方で言ってくる。
先生は体調が戻った――と言うより、酷いつわりが引いたのか、以前よりも元気に見える。
「見てませんよ」
「いやいや。あの体勢と視線でよく言えるね」
先生は手をブンブン振って笑ってくる。
「仲良いよね。君たち」
「まぁ……。それなりに」
「ふぅん。やっぱり純恋ちゃん狙いなの? 彼女いるのに」
「あいあい。私語は謹んでください」
答えるのが面倒なので適当にあしらう。
「あー。それ先生が今言おうとした事なのに先に言われた」
「生徒に注意されるなんて間抜けですね」
「むぅ。なんか負けたみたいで悔しい。次の授業、一色くんを集中狙いだな」
「こらこら私情を挟むな」
「あはは。冗談だよ」
こうやっていつも通りに接していると本当にこの先生が近い未来にいなくなってしまうのか、本当はやめないで学校にいるんじゃないかと思ってしまう。
♢
無事に体育祭の出場種目が決定した。
一人一人名前の順番に希望を聞いていくといった形を取り、全員が空気を読んでなのか空いている種目を希望するといった形で決まっていった。
最後の四条なんて「あ、あはは、空いてるのでいいや」と、コミュ力の高い彼女ですら、このクラスの雰囲気に呑まれてしまっていた。
いや、言い換えるなら、言い争いのないクラスと表現でき、面倒ごとがないクラスと言えよう。ポジティブに考えるとだが。
そんなだから、俺は要望通り『リレー』と『借り物競争』に出場する事になった。
放課後を告げるチャイムが鳴り響き、LHRなので三波先生がそのまま帰りのHRをさっさと済ましてくれる。
本日もお疲れさん、と自分に労いの言葉を唱えて教室を出ると「一色君」と教室の前の廊下で四条に呼び止められる。
「ん? どした?」
「今日って何か用事ある?」
四条は隣に立つと首を傾げて聞いてくる。
「いや、特にはないな。ま、バイトも部活もしていないからな」
苦笑いで答えると四条が頬に指を持っていき訪ねてくる。
「そういえばまだバイト見つけてないの?」
「いやー。派遣とか短期とかでなんとか小遣いは稼いでるって感じ。まじで長期のバイトしたいんだけど……中々」
頭をかきながら言い訳のような感じが出てしまう。
「本当に探してるの? 内心では『もう短期で軽く稼いだらいっか』とか思ってない?」
「うっ!」
「図星か」
「そ、そんなことはない! 長期で探しているんだ! 今年の目標だからな」
「フゥン」
興味なさそうに頷いてくるので俺は話を戻す。
「つか、四条は俺の事をいじる為に呼び止めたのか?」
聞くと「あはは」と可愛く笑う。
「違うよ。――この後予定ないなら付き合ってよ」
「え? ドキン」
お手製の擬音を付けて、手を胸に当てると彼女が呆れた声を出す。
「そんなトキメキな感じいらないから」
「いや、お約束だし、一応いるかなー? って」
「いりません」
はっきりと言われて「なんだ残念」と言うと「思ってないくせに」と返される。
「それで、どうかな? 大丈夫?」
「ああ。別に良いけど……。また部活関係か?」
聞くと四条は首を横に振る。
「一色君と二人っきりになりたくて」
軽く頬を染めてそんな事を言ってくるから、少しドキッとしてしまった。
「あ、勿論、汐梨ちゃんの許可はもらってるから安心して」
「べ、別にシオリの許可はいらんだろ?」
内心では言っておいてくれてありがとうと言っておく。
「ダメだよー。許嫁を借りるんだから言っておかないと」
「はいはい。――で? 付き合うってどこか行くのか?」
「あ、うん。付いて来て」
そう言って先を歩く四条の半歩後ろを付いていくことにした。
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