第69話 許嫁とゴールデンウィークの過ごし方

 カチッ……カチッ。


 早朝の道路に虚しく響く音。


 カチッカチッ……。カチッ。


 親指でひたすらにカウンターを押す。


 カチッ……。カチカチッとカチッ。


 目の前に車が通る度に親指を動かす仕事。それが今日の俺の使命である。


 あれは……そうだな……。シオリのダークマターを食べた後の事だ。


 捨てアドに届いた一通のメッセージ。そこには派遣登録している会社から仕事の依頼が届いていた。

 正確に言えば、前から依頼のメールは来ていたのだが、捨てアドなので全然見ておらず、何の気なしに開いた所に『交通量調査』の仕事のオファーが来ていた。


 そのメールを見て、ああ……あのカチカチの人か……でもあれって寒さに耐えながらやってるイメージなんだけどな、と思い、今の時期なら暖かいしやっても良いかな? と思い応募した。


 そして、本日一時間前から交通量の少ない国道の交通量調査を行っている。


 ちなみに、カウンターを渡してきた偉そうなおっさんが言うにはカウンターじゃなく数取器と言うらしい。聞いてもないのに偉そうに教えてきやがった。

 何でも良いやろボケ。と思ったが、マウント取りたがってたので好きにさせてやろう。おっさんにマウントを取らせるのも仕事のうちだ。


 しかし……たった一時間しか経ってないのだが、もう既に精神的に辛くなってきた。カチッカチッ。

 周りには喋る人はおらずひたすらに親指でカウンターを押す仕事。カチカチッとカチッ。

 確かに楽だし、これで日給一万円稼げると思うと大きい。カチッとカチカチ。

 しかし、黙々とカウンターを押すだけをやっていると虚しくなってくる。カッチーン。


 早くカチッと長カチッ期バイトカチッを見つけカチッとな。


 バイト仲間と一緒にカチッと働いて、カチッな賄い食べて、オフの日はカチッと遊びに行く……。めっちゃ憧れるわ。カチッ系の大学生は大体こんな感じなのだろうか……。カチッ。


「ええい! カチカチとうざいな! くそが!」


 あー……何かうざいな……カチッと飛ぼうかな……。


「ハッ!? いかんいかん!」


 ネガティブ思考になってしまった。


 こういう時は何故仕事をしているか思い出せ。


 シオリをデートに誘う為だろ!


 もうすぐゴールデンウィーク。折角の長い休みだ。シオリと何処かに行きたいと思い、それの足しにする為に短期のバイトを再開したのではないか。


 遊園地に水族館、映画館にショッピング。


 全部は無理でもどれか一個位は行っておきたい。その為の資金稼ぎだ。


 でも、冷静に考えて、もし断られたらどうしよう……。そこら辺考えて無かったな。

 その時は……冬馬と焼肉行こう……。それか寿司。







「ただいま」


 ようやくの解放。そして帰宅。


 偉そうなおっさんが数取器返す時に「カウンター汚してないだろうな!?」とかいきなり叫びだしたから、嘲笑しながら「数取器大丈夫っすよ」とせめてもの仕返しをしたつもりだったが「は?」みたいな顔をされてしまった。


 ま、もう二度と絡む事もない。俺はそそくさと帰って来た。


「おかえりなさい」


 リビングでは珍しく、ヘッドホンをせずに読書をしているシオリの姿があった。

 何故ヘッドホンをしていないのか、彼女の特徴とも言えるヘッドホンを何故――。

 まさか壊れた!? あれほど大事にしていたはずのヘッドホンが!

 これは俺が買ってあげるフラグか!? そうなのか!?


 ――とか大袈裟に思ってたら、普通に充電してるだけだった。大した理由じゃなくて少し笑った。


 俺は彼女の向かい――いつもの席に腰掛けると、シオリは本を閉じてこちらを見て首を傾げてくる。


「今日は朝から何処行ってたの?」

「ん……ちょっとな……」

「そう」


 どうやらそこまで興味は無かったのか、そこで会話が途切れてしまう。

 ゴールデンウィークの話題を出すチャンスだと思い、俺が口を開こうとしたら「コジロー?」と呼びかけられてしまう。


「ん?」


 先に彼女の要件を話してから誘おうと思い、首を傾げると「や……あの……その……」と、モジモジしだした。


「コジローからどうぞ」


 一瞬エスパーかと思ったが、俺は冷静に手を振りながら「いやいやいやいや」と声をあげる。


「俺は別に呼んでないぞ?」

「オーラが呼んでた」

「は?」

「コジローのオーラが私に呼びかけていた」

「電波系かよ……」


 ま、用があるのは確かだし、こちらから話題提供をする。


「もうすぐゴールデンウィークだな」

「だね」

「ゴールデンウィークさ……。その……」


 やはりいざ誘うとなると緊張してしまい、言葉が詰まったので深呼吸をしてシオリを見た。顔を見ると更に緊張してしまった。


「ど、どこか行かない?」


 自分でも震えていたのが分かる位に緊張していた声が出たが何とか言えた。


 シオリは目をパチクリさせていた。どうやら予想外の事だったみたいだ。


 は、早く何か答えをくれ。このままじゃ心臓が……。


「どこかって?」


 念願の答えが来たのだが、その事に少し安堵してしまった。


「どこでも。シオリの行きたい所」


 本当は具体的な場所を言おうとしたのだが、シオリに全振りした形となり、心の中で頭を抱え込む。

 

 これはあかんやつ。デートに誘ってるのに女の子に全振りはダメ男のする事。先生の彼氏パターンだ。


「コジローは行きたい所ないの?」


 チャンス! この人まじ天使! 


 落ち込んでいた俺に一筋の光が差し込んだ。


 ここでバシッと答えて男見せてやらぁ!


 答えは勿論! ゆゆゆ、US――。


「じぇ――」

「仕方ない」


 俺のほとんど答えた言葉をかき消して彼女は「やれやれ」と溜息を吐いた。

 

「自分で決めれないへたれのコジローくんの代わりに決めておいてあげるよ」

「うっ……」


 今答えようとしたのに。


 なんて女々しい事は言わないさ。だって本当の事だもん。


 それよりも、その答えはOKと捉えて良いみたいで、心の中でガッツポーズする。


 内心喜んでいるとシオリは立ち上がった。


「あ、シオリ? さっき言いかけたのは?」

「もう大丈夫」

「え? 良いの?」

「うん。もう済んだから」

「んー? そ、そう?」


 シオリはそのまま脱衣所へ向かって行った。


 彼女は何を言いたかったのだろうか。

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