第68話 部室でお昼
「あー……。そういう意味か」
夜になり、食事をしながらシオリと本日の昼の話をしたところでようやく俺のウィンクの謎が解けたみたいだ。
「ひたすらに気持ち悪かったから嫌がらせかと思った」
「悪かったな、下手くそで」
ほどほどに手を抜いた肉じゃがを箸で掴み口に運ぶ。
うんうん。手抜きなのに美味しいのは最早才能だよな。ダークマターで美味しいのも才能だけど。
「ごめんな。話の流れとは言え、何か弁当作ってもらう流れになって」
俺は頭を軽く下げて謝る。
よくよく考えれば勝手な事を言ってしまった。それも作ってもらう側が決めるなんて身勝手すぎる発言だ。
しかしながら、シオリはいつも通りの表情で「構わない」と簡単に言ってのける。
「どうせ朝ごはん作るついで。手間はほとんどない」
「そう? でもさ……俺も一人暮らし始めた頃はテンション上がって挑戦してみたけど、やっぱり面倒じゃない? 特に洗い物」
あの、学校が終わってからの弁当の洗いがひたすらに面倒なのだ。それにコストも学食ならほとんど変わらないし、何より洗い物がないのが楽だから完璧に学食派になってしまったな。
「別に問題ない」
そう言いながら豆腐とワカメの味噌汁をすするシオリが、お椀を置くと聞いてくる。
「何かリクエストある?」
「弁当の?」
「うん」
「そうだな……」
ここで「何でも良いよ」なんて言うのは簡単だ。しかし、先生の言葉が蘇ってしまう。
それじゃあ良い人止まりになるか……。
キャパシティの低い脳をフル回転させて捻り出したのが――。
「玉子焼き」
定番中の定番。王道中の王道の答えを出してしまう。
「入れるつもり」
いとも簡単にピッチャー返しをされてしまう。
「ですよねー」
焦って再度、脳の海馬からお弁当のおかずの記憶を検索する。
しかし、お弁当に関しての良い答えがヒットせずに沈黙を保っていると痺れをきらしたシオリが聞いてくる。
「玉子焼き好きなの?」
「好き……だな。普通に」
「そう。分かった」
シオリは頷いて次の質問してこなかった。
これで良いのかな……。と思ったが、これ以上のアイデアが浮かばないので助かった事にしておこう。
♢
翌日の昼に集まったのは昨日の宣言通り映画研究部の部室。
部員でもない俺とシオリも来慣れたものだが、やはり多少なりとも気は使う。
こうなればいっそ入るのもアリかと思うのだが、部活動に励むつもりもないのに入部するのは失礼なのでやめておく。
――いや……こいつらの入部の理由も不純なんだから気にする必要――いやいや、二人はちゃんと部活動に励んでいるもんな。大事なのはそこだ。俺には到底真似出来ん。
「新入部員は入ったのか?」
昨日と同じ席順に座り、向かいにいる二人に問うと冬馬は苦笑いをして答える。
「今年は不発だな」
「ゼーロー」
四条はテンションがおかしいのか、平日にやっているニュース番組のタイトルコールを真似してみせる。
「四条は物真似の才能ないな」
「えー。酷くない?」
「確かに」
シオリが追い討ちをかけると「うわーん。許嫁ップルにいじめられるー」と冬馬に泣き真似を見していた。
初めて聞いたな許嫁ップル。語呂が悪い。
「マジで下手だな」
「だね」
カメラの前で饒舌に喋れるからどちらかというとアナウンサー向きなのかな。少なくともお笑い芸人には向いてなさそうだ。
なんて思っていると「大丈夫だ」と冬馬が四条にフォローをしていた。
「俺は上手いと思うぞ」
「うわー。冬馬君紳士ー」
お……。なんだなんだ。良い感じなんじゃない? 二人。
そう思い、二人良い感じだな、なんてシオリにアイコンタクトを送るとシオリは、何見とんねん、みたいな目をしてくる。
ダメだ。こいつアイコンタクト通用しねぇ。
でもいつか通用させる様にしてやるから覚悟しとけ。
その念を送っても彼女は無視してお弁当箱を俺の前に出して無視される。
「それじゃあいただきまーす」
全員の前にお弁当が置かれた所で誰からともなくいただきますをしてランチタイムがスタートする。
「あれだなー。部室でご飯って良いな」
弁当の中に一つだけ暗黒物質を見つけたが、気にする事なく、昨日の客寄せパンダ的な視線を思い出し、ここの居心地が良いと言うのを言ってのける。
「そうだな」と冬馬が半分聞いていない様な返事をしてくれた後に四条の方を向く。
「純恋。このからあげめちゃくちゃ美味しいよ。ありがとう」
「良かったぁ。冬馬君の口に合って」
目の前の二人はまるで付き合いたてのカップルの様な会話をしている。
なんだよ。なんやかんやでやっぱりお似合いだな。
こちらも負けてはいられない。
「シオリ。このダークマター美味しそうだな」
「え……」と向かい側で初心なカップルっぽい二人が同時にこちらへ声を漏らしながら注目してくる。
「これは数時間前まで『卵』と呼ばれていた物質だよな?」
「そう」
つまみあげたそれを俺は、はいはいどうせ美味しいんでしょ、と言わんばかりの表情で食べようとするから、冬馬ップル達が摩訶不思議アドベンチャーを体験しているかの様な顔で見てくる。
「お、おい……」
「汐梨ちゃんには失礼だけど……それ食べるの?」
明らかにおかしいと言わんばかりの声で質問してくる。
確かに二人の反応は正しい。その反応は何の間違いもない。
でも、まぁ食ったら分かるっての。
みたいな雰囲気を出して俺は躊躇なく数時間前まで卵と呼ばれていた物質を口に運んだ。
「――ぶっ!」
口に運び、舌で味覚を感じた瞬間に俺は吐き出してしまう。
そしてそのまま俺は気が遠くなり後ろに倒れ込んでしまう。
「おい! 小次郎!?」
「大丈夫!? 一色君!?」
二人の心配する声が遠くから聞こえてくる。
「あ……やば……。気合い入れすぎた……」
薄れ行く意識の中、嬉しい言葉をもらったが状況が状況なので微妙な思いのまま気絶してしまい、俺の昼休みは過ぎてしまった。
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