第63話 許嫁は見えている
五限は国語の時間。
担当は二年連続で担任になった三波先生だ。
彼女の授業が特段つまらない訳ではない。わかりにくい訳でもない。むしろわかりやすい部類に入るのではないだろうか。
それなのにクラスの三分の一が頭を伏せているは生徒達に悪気がある訳ではない。
三波先生の授業の声は優しく包み込むようで、それはまるで天女がハープでも奏でながら歌っているかの様なものである。
そんな声と相まって、午後の授業は昼ごはんを食べた後というダブルパンチとくれば眠たくなるのは必須。
俺も、先の焼き鳥丼が体内を駆け巡る中、先生の声を聞いて、こっくり、こっくり船を漕いでしまっている。
しかし、三波先生は教師として好きな先生なので出来るだけ寝たくはない。
「――こうなるから、ここの主語は――」
教科書を読み上げる先生の身体に羽衣が――。
「一色くん」
「ひょ」
変な声が出ると、三波先生がジト目で見てくる。
「寝てた?」
「んえ? 寝ていません」
「じゃあ、ここの主語は?」
「えと……ゴンザブロウノスケです」
「正解だよ……」
おいおい。正解言ったのに悔しそうな顔をするな。
しかし、まぁ、なんとか耐えたな。
先生に当てられて、少し目が覚めたので、窓の外に視界を向けると、教室の窓から見えるグランドでは女子の体育が行われていた。
ついつい女子の体育なんて注目しちゃうよね。だって男の子だもん。
そんな変態的な目で女子体育を見ていると、どうやら本日の内容はサッカーみたいだ。
女の子達がグランドを縦横無尽に駆け巡っている。
しかし、本当にうちの学校は女子のレベルが高いな。男子はイマイチなのに。失礼だけど……。
そんな沢山の可愛い子が体操服姿でサッカーしてるなんて眼福だな。目の保養にもってこいだ。
その中でも群を抜いて輝きを放つポニーテールの女生徒はこの距離から見ても絶対的美しさを放っていた。
あの子絶対可愛いわ。後ろ姿で分かる、可愛いやつやん。
――って……もしかしてあれ……シオリか?
雰囲気が何となくシオリだったので、ポニーテールの子を目を凝らして見る。
身体を校舎側に向けた瞬間、間違いなくシオリだと理解出来た。
なんだ……シオリか……。そりゃ可愛くて当然だわ。シオリ超えの奴が現れたのかと思ってちょっとビビった。
しかし……。あいつを超える事ができるとしたら――。
俺は教室の廊下側の一番後ろをチラリと見た。
その席の主は何故か姿勢正しく寝ている。
――そんなんじゃまた赤点取るぞ……。――てか、シンプルにしんどくない? その体勢。
なんて、いらぬお節介を心の中で唱えても彼女には届かず、視線を女子体育に戻す。
ふむ……。それにしてもポニーテールのシオリも似合うな……。俺は別にポニーテールが好きとかではないが、シオリのポニーテールもアリだな。
そういえば……シオリって家でも髪の毛垂れ流しだよな。料理の時も括ったりしないし、かなりレアな光景かも。違う髪型も頼めばやってくれる?
そんな彼女は髪型通り、まるで馬が走る時に揺れる尻尾の様に、ポニーテールを揺らして、キャプテンつばめも驚きのドリブルを披露していた。
ボールは友達と言うより、ボールはストーカーみたいに彼女の足にピタッとくっついており、ディフェンスをかわす。
そして、そのままつばめくんのライバル日向(ひなた)くんの必殺シュートのティーガーショットの様に豪快なシュートを放ち、見事に周りの女子から引かれていた。
いや、あんなん普通に引くわ。サッカー部よりサッカーしてんじゃんかよ。
肘をついて苦い顔をしていると、シオリは立ち止まりジーッと校舎を眺めていた。
プロサッカー選手が点を決めた時にサポーターにアピールするみたいな感じ? いや、それにしてはジーッと見ているな。
――もしかして、あいつ、こちらの存在に気が付いているのか……?
いやいや、ないない。
教室からなら簡単だろうが、グランドから教室の特定の人物を見つけるなんてマサイ族かよ。
それに、あいつ最近目が悪くなってきたって言ってたし、ランドルト環で、ていっ、ていっ、なんてしてるくらいだ。そんな奴が見つけれる――。
――なんか……目……合ってない……? うそ……だろ……。
試しに手なんか振ってみたりして――。
ふりふりと小さく手を振ると、シオリも小さく手を振り出した。
は、はは……。たまたまだよな……。
次は変化球で、手の振り方を不規則にすると、シオリも同じ手の振り方をしてくる。
まじで見えてんの? あいつダチョウなの? 目が悪いとか嘘やろ。
彼女の視力に呆れていると「あ……」と声が漏れてしまう。
俺は慌てて、前を向け、とジェスチャーを送ると、シオリも真似してジェスチャーしてくる。
や! 違っ! そうじゃ――。
バホン!!
シオリの顔面にストーカーが飛んできて、顔いっぱいでそれを受けてしまう。
ボールはそのままゴールネットを揺らして、シオリは二得点目となる。
あと一点でハットトリックだが、周りに人が集まってきたので、恐らく選手交代だろう。
シオリはキャラを守っているのかどうなのかわからないが、周りの人に一声かけてピッチをクールに去る。――鼻血を出しながら。
ちょっと笑いそうになったが、俺はグッと堪える。だって、シオリがこっちを睨んできているから――。
♢
国語の授業が終わっての休み時間。俺は教室内をそそくさと出て行った。
この微妙な休み時間に行くとしたら、トイレか自販機。
しかし、今はそのどちらでもない。
向かった先は教室棟の一階にある保健室だ。
「失礼します」
高校に入学して初の保健室のドアを開ける。
保健の先生がどんな先生だったか、おばちゃんなのか若いのか……。
そんな事を思いながらドアを開けた先にいたのは――。
「ぷっ」
鼻の穴にティッシュをぶっ込んだ冷徹無双の天使様であった。
その姿があまりにもミスマッチすぎてつい軽く吹き出してしまう。
「コジロー……」
その声はどこか冷たく不機嫌な声だったので、俺は「コホン」とわざとらしく咳払いをして彼女に近づく。
「大丈夫か?」
心配する様に問いかけるとシオリはジト目でこちらを見てくる。
「心配してないでしょ」
「いやいや。心配じゃなきゃこんな所来ないっての」
「嘘。だって笑ってた」
「わ、笑ってなんかないって」
「ホント?」
「あーホントさ……」
「じゃあ何で目を逸らすの?」
そりゃシオリの顔を見たら笑っちまうからだよ。
何て事は勿論口に出さずに「そりゃ……」と言い訳を考える。
「あれだよ。お、男がまじまじと女の子の顔なんて見たらいかんよ」
「そんな男気をコジローが持ってるはずないでしょ」
呆れた声を出すシオリに、見透かされた俺は周りをキョロキョロと見渡してみせる。
「あれ? 保健の先生は?」
「どっか行ったよ。戻るの放課後になるから、ベッドで休むならどうぞって言われた」
「適当だなぁ」
ここの保健の先生も雑な性格をしていると思いながら、ふと、シオリの顔を見てしまう。
「ぷっ」
油断した。普通に見てしまい、屁が出るみたいに口から吹き出してしまった。
「笑った……」
「ち、違う。これは……」
言い訳をしようとしても、笑った現場を見られたのだからもう遅い。
シオリはない胸を押さえて「うう……」と唸る。
「か弱い心がコジローによって傷つけられてしまった」
「おいおい。そんな大袈裟な……」
「これは……あれ……」
「どれ?」
「あの……うん。駅前。駅前に一緒に行ってくれなきゃダメなやつ」
「どんなやつだよ。てか、何で駅前?」
シンプルに気になった事を聞くと、シオリは詰めていたティッシュを取り出して、ゴミ箱に捨てる。
「眼鏡屋。目が限界」
「うそつけ!」
瞬間的にツッコミをいれてしまった。
「お前さっき、明らかに俺の事見えてたろ! それで目が悪いとかふざけんな」
「ふざけてるのはコジローのオーラ」
「どういう意味だよ!」
「あんなふざけたオーラを放っていたら誰でも気がつく」
「エスパーかっ! オーラで分かるわけないだろ」
「私はわかった。コジローのオーラは錆鉄御納戸色」
「何色だよ!? 想像つかんわっ!」
「ともかく」
シオリは立ち上がり俺をジッと見る。
「放課後付き合ってもらうから」
「まじで行くの?」
「これは罰。そして償い。コジローには眼鏡を買ってもらう」
「重くない? 笑った事の代償が重くない?」
「乙女の純情を傷つけた罪は重いのだ」
「乙女ってどこですかー?」
キョロキョロ見渡して煽る様に言うとシオリは無視して保健室を出て行こうとする。
怒ったかな? と心配しているとシオリは振り返ってきた。
その顔は怒りの顔ではなく、こちらに微笑みかけてきた。
「私の事心配してくれて来てくれたんだよね……。ありがとう」
その台詞には純粋な感謝の意が込められているのを感じ、俺は不意打ちをくらってしまう。
シオリはそう言い残して保健室を去って行った。
「いきなりそんなのズルいわ……」
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