二年生

第60話 許嫁とクラス替え

 ひらり、はらり――。


 満開の桜の花びらが舞い散る桜並木道。


 今年も通学路には満開の桜が咲き乱れていた。


 桜の花びら達はまるで二年生に進級した俺を祝福する紙吹雪の様に舞い踊る光景は神秘的で儚い。


 前方に桜並木道を歩く少女が見えた。


 少女はヘッドホンをして、まるで背中に羽が生えた様に軽やかに歩いていた。

 歩くたびに揺れる長い髪はサラサラでとても綺麗だ。つい手を伸ばして触りたくなる欲求にかられてしまう。


 そんな少女がふと後ろを振り向いた。


 そこには桜の光景が薄れてしまう程の――天使が立っていた。







「俺よりも随分先に家を出たと思うけど?」

「コジローが歩くの早いんでしょ?」

「いや、シオリが歩くの遅いんだろ?」


 桜並木道で振り返ってきた七瀬川 汐梨と共に校内に入って行く。


 彼女はまるで天使の様な容姿と、男子からの告白をバッタバッタと斬りまくる事から『冷徹無双の天使様』何て異名を持っている。

 そんな名前勝ちしている容姿の彼女と歩いていれば自ずと注目を浴びる訳で、周りがヒソヒソと何かを言ってきている気がするが、頑張って無視して昇降口前までやって来る。


 そこには沢山の生徒でごった返しており、壁の方は特に密になっていた。

 何故、ここがこんなにも人が溜まっているかというと、ここに新しいクラスが張り出されているからである。


「見えないな」


 見えないのは明確だが、背伸びしてみせても、やはり無駄であった。


「コジロー突入して来て」


 シオリの言葉に俺は、カッ、と目を見開いた。

 すると人と人の間にラインが――。


「――見えたっ!」


 俺は鞄をアメフトのボールみたいに持ち、ランニングバックの様に突っ込む。




 ――バイン。


「うわー!」


 簡単に弾き返されて、シオリの前に倒れてしまう。


「カッコわるい」

「ぐぬぬぬぬ」


 グゥの音も出ない事を言われて反論できずに唇を噛んでいると「朝から何をしているんだ?」と男の俺でも身震いする様なイケメンボイスが聞こえてくる。


「あ、六堂くん」


 シオリが彼を見て声を出したので、こちらも見ると、そこには声にピッタリな眼鏡イケメンくんの六堂 冬馬が眼鏡をクイッとしながらこちらを呆れた顔で見てきた。


「朝からお熱い事で」

「どっからどう見てそうなった?」


 俺は立ち上がり、嫌味たっぷりで言ってやる。


「進級出来たみたいだな」

「ふっ。余裕だ」


 何故、そこで余裕のある顔を出来るのか全く理解に苦しむ。


 そんな彼に苦笑いをプレゼントしていると「おーい」と可愛らしい声が聞こえ、やって来たのは、これまた天使の様に可愛らしい美少女の四条 純恋。


 彼女は誰にでも優しく、気配りが出来、ノリが良い。おまけに胸が超高校生級――という事から『慈愛都雅の天使様』なんて呼ばれている。


 そんな天使様は視線を集めながらも、特に気にする様子なくこちらまで走り切ると、中腰で息を整える。


「間に合ったー」

「純恋。珍しい……今、来たのか?」


 確かに珍しい。彼女が俺よりも遅く学校に来るなんて今まで無かったのだが――。


「ちょっとね……」


 その目の下には軽くクマが出来ていた。


 なるほど、不安と心配、そして期待が混ざった感情で眠れなかったのか。


「汐梨ちゃん。おはよー」

「おはよ。純恋ちゃん」


 天使が天使に朝の挨拶を済ます。

 朝から美少女二人の挨拶なんて見ていて目が癒されてしまう。眼福、眼福。


「汐梨ちゃんはクラス表見た?」

「まだ」


 そんな美少女二人の会話に乱入する眼鏡イケメン。


「欲しい情報はこれじゃないか?」


 そう言って手に持っていたスマホを見せて付け加えてくる。


「なんだ冬馬。お前はもう見たのか?」

「いや、この人集りだ。ゆっくり見るのは無理だと思ってとりあえず七組分撮って来たぞ」

「流石冬馬君」


 四条の言葉に嬉しそうに眼鏡をクイッとして「当然だ」とドヤ顔している。


 今回ばかりはそのドヤ顔を許して俺達は冬馬を中心に彼のスマホを覗き見る。


「まずは――一組から――」


 クラス替えの時の感情とは何とも言えないドキドキ感である。


 出来れば二年連続同じ数字のクラスは避けたい。

 仲の良い人がクラスにいて欲しい。

 担任は優しい先生が良い。


 そんな感情が渦巻いていると思われるが、やはり一番の感情は、好きな人と同じクラスが良い、では無いだろうか。


 そんな事を思いながら、べ、別に俺はシオリの事を恋愛感情で見ている訳じゃなくて……。なんて、誰に言い訳しているのか分からない言葉を脳裏に並べ、でも、シオリとは同じクラスになれたら良いな。何て矛盾的感情が湧いてくる。


「あ……四組……」


 シオリの言葉にドキッとして意識的に冬馬のスマホを見ると確かに四組の表の所に『七瀬川 汐梨』と名前が書かれていた。


「む。俺もだ」


 シオリの名前の下の方には『六堂 冬馬』と名前があった。


 四組には二人の名前はあっても俺と四条の名前は無かった。


「あー……」


 誰が漏らしたのか……。もしかしたら自分が無意識に出たのか分からない残念な声が聞こえてくる。


 シオリをチラッと見ると何だか少し悲しそうな顔をしている気がする。


「ふむ……。小次郎は六組か」


 五組をサラッと流して、六組の表を見ると一番に俺の名前である『一色 小次郎』の名があった。


 その六組の一番下の名前は「あたしもだ」と声をあげる人物『四条 純恋』の名前がある。


 何とも言えない雰囲気。


 ――流れを沈黙を断ち切ったのは四条であった。


「クラス離れちゃったね」


 ここで更に残念な空気が流れるが冬馬は眼鏡をクイッとする。


「仕方のない事だ。いつまでもここにいても仕方ない。自分達のクラスは行こう」

「そうだね」


 冬馬と四条が先に歩き出すが、シオリは立ち止まり無表情でボーッと立っていた。


「シオリ?」

「あ、うん。行こう」


 声をかけて歩き出すシオリの後ろ姿は、朝見た天使の様に軽やかな歩きではなく、羽に重りが付いたかの様にノロノロとした亀の様な動きであった。


 もしかしたら、俺とクラスが離れて悲しんでくれているのかな……。


 クラスは離れたけど、それなら――嬉しいかも。

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